第48話 旅の代償
手綱を握るティナは馬車を王城へと走らせる。
しかし、馬車は路地を曲がり、アルグラス通りに入ったところで急に止まった。
「この先はさすがにマズそうよ、見て」
そう言ってティナは右側を指さす。その先には王城が微かに見えているにも関わらず、死者がうごめいている。
「一体、何人いるんだ? うじゃうじゃいやがる」
「一斉に襲われたら一貫の終わりよ。っ――! 何か来る!」
ティナは何かの気配を感じて銃を引き抜いて振り向くとその先からは馬に乗った大勢の武装兵が接近してくるのが見えた。
「あれは救援か何かか? どう思う――って、ティナ?」
俺が問いただすようにティナの方を向くと彼女は青ざめた表情をしていた。そして、その反応は覗き込んでみていたシェリーも同じだった。
「そうだったのね……全部、あいつが――」
「どういうことだ?」
「いいから逃げるわよ! この馬じゃ軍馬にすぐ追いつかれる! ……っ! 持てる弾薬を持ってこっちに! けん制射撃は私がやる! あなたたちはここから地下に入って!」
ティナは素早くマンホールを開けてから銃を構えて乱射する。よく分からないが、シェリーの怯え具合も尋常ではない。俺たちにとって敵なのは間違いないらしい。
「ミア、お前は先にシェリーと下に。俺が上から弾薬とかを落とすから受け取ってくれ」
「了解です。シェリーさん、先に降りてください」
「う、うん……」
依然、シェリーは心ここに在らずといった具合ながらもミアと共に地下へと降り始めた。俺はその間に武器や弾薬を詰めた袋を地下へと運ぶべく、荷台から引きずり出す。
「落とすぞ!」
「きゃあ!」
「ミア、大丈夫か?」
「大丈夫です……!」
そして、俺はその武器の一式を地下へと投げ込んだ。ミアは悲鳴を上げながらも俺の指示通り、武器の袋を受け取る。それを確認した俺は小銃に弾を込めてティナを援護し始める。
「ティナ、行けるぞ! 下がれ!」
「くっ!
武装集団は俺のけん制射撃で馬を捨てて物陰に隠れながらじりじりと攻めよってきていた。それでも反撃の隙を与えないように弾をばらまく。そんな撤退している最中、地下から銃を乱射する声と悲鳴が上がった。
「きゃぁぁあああ!!」
「今のは!」
「ティナ、先に行け!」
ティナが弾倉を込め直し、先行する形で素早く下へと降りる。ティナが降りている間、俺は時間を稼ごうと盛んに撃ち続ける。しかし、その場にパシューンという音と共に弾が飛来し、土煙が巻き上がった。
「(狙撃!?)」
その音に恐怖を感じて俺もすかさず、身を翻して地下へと滑り込む。降り立った後、数十秒後には多数の銃弾の雨が地上から降り注ぐ。間一髪のところでかわした俺は銃口を梯子に向ける。しかし、それ以上は敵も攻めては来ず、その場に太い声の男の声だけが地下に響き渡った。
「ティナ、あと少しだ。あと少しでお前を迎えに行くからな。楽しみにしてろよ! アハハハハ!」
狂ったように笑う声を最後に一切の攻撃は収まった。その代わりに地上では銃弾や魔術の音が響き渡る。一体、彼は何者で何をしようとしているのか俺には分からなかった。
「ミア! しっかりして!」
「どうした! う、嘘だろ……何があったんだ!?」
俺が振り返るとそこには血だらけで倒れているミアの姿があり、シェリーが過呼吸になって座り込んでいた。その周囲にはスライドオープンの状態になった銃と何人かの死体が倒れていた。そんな中、シェリーがたどたどしく、途切れながら話始めた。
「………あいつらが……この地下にも……居て……それで……ミアが……」
「分かった。分かったからゆっくり呼吸をするんだ」
「……私が……私がしっかりして……いれば……」
「大丈夫だ。大丈夫。シェリーのせいじゃない……」
慌ててシェリーの元に駆け寄った俺は彼女を抱き寄せながらティナに視線を向けると必死に治癒系の魔術を掛けて応急処置をしている最中だった。だが、こっちの視線に気づくと目をオロオロとさせる。状態は非常に悪いらしい。ミアはそんな状況でティナを抱き寄せる。咄嗟の行動に動揺した様子のティナだったが、顔がみるみる青ざめていく。
「あなたは……それでいいのね?」
「はいっ……」
ミアの言葉にティナは静かに一言だけ「分かったわ」と言うと立ち上がった。その目は悲しくも真っすぐミアを見つめながら銃を手に取り、銃口を彼女へと向けた。
「おい! ティナ、何やってんだ! 馬鹿な真似はよせ、やめろっ!」
「くっ……ヒロキ、放しなさい! ミアの意志を無駄にしないで!」
「何を言ってる!? ミアは仲間だろ!」
俺は力づくでティナの銃を奪い取る。するとティナは力なくその場に倒れ、地面をグッと握りしめる。
「ミアはアンデッドに嚙まれて血が止まらないの……。もう長くは持たない。ここで死んだらいずれ、この子もあいつらと同じようになる。なら、今やるしかないじゃない!! クソっ……クソっ……!」
ティナはこの不条理に苛立ちをぶつけるように目を殺気立たせる。それでも、その目は涙で溢れていた。だが、ミアはその様子を見ながらたどたどしく声を捻りだす。
「ヒロキさん……ありがとう、ございます。でも……付いて行く、そう言ったのは……私だから。それに……シェリーさんを守れた。だから……それだけで私の命には意味があった……。そう、思うんです」
「よ、弱気なことを言うな! そんな自己犠牲で『命を使った』だの、何だのなんて言うんじゃない! 絶対に死なせてたまるか!」
俺はシェリーから離れてミアへと駆け寄り、ミアが噛まれている地点を探す。どうやら左前腕をアンデッドに食いちぎられたようで傷が深い。
「……こうなれば乗るか、反るかだ」
「ヒロキ、何をするつもり?」
「あ!? 簡単な応急処置さ。最もティナ以上に原始的なモノだけどな!」
素早く俺は銃をまとめていた縄をナイフで切り、ミアの二の腕に回す。
「……ミア、痛むけど我慢しろよ!」
「んっ……!!」
ミアが歯を食いしばる中、俺は思いっきり力を込めて縄で腕を縛る。
即席の止血帯だ。だが、これでも完全に血が止まるわけではない。それにこの状態で30分以上縛り続けるわけには行かない。血流が流れなくなっている分、肉体が壊死してしまうからだ。
「でも、これだけの傷なのよ!? 治る可能性は――もう……」
「ティナ、お前が弱気でどうする! 王城になら医者の一人や二人は要るだろ! こいつには一刻も早く処置が必要なんだ! グダグダ言ってないで先行しろ!」
「っ……! こっちよ!」
ティナは俺の怒号を聞いて我に戻ったように前々へと進みだす。ミアを負ぶった俺はシェリーへと近づき、言葉を掛けた。
「シェリー、悪いがここでゆっくりしている暇はない。起こってしまった事にはもう取り返しはつかない。でも、今ならまだ巻き返せる。それとな……シェリー。これだけは履き違えないでくれ。――もし、ミアが死んだらシェリーだけの責任じゃない。俺たち全員の責任だ」
「でも、私が油断したせいで――」
「なら、ミアを助けるために全速力で走れ。そして、ミアを救うんだ」
「っ……!」
その言葉にシェリーは涙をながしながらふらつきつつも銃を片手に俺の前を歩き、少しずつ駆けていく。その後ろを追いながら王城の入り口を探す。だが、ティナはココを知り尽くしているかのように一つの迷いもなく、進み続ける。
「ミア、大丈夫そうか?」
「……なんとか」
「あった! ここよ! ここを上がれば王城の中庭に出れるはずよ!」
ティナがそう声を上げ、やたら長い梯子を上っていく。
そして、上りきったところでロープを下ろす。
「それでミアを固定して上って!」
「わかった! シェリー、俺たちは先に行くが、気を抜くなよ?」
シェリーが頷くのを見て俺は素早くミアの体に縄を括り付けてから負んぶしたまま、地上へと上げ始めた。
「ミア、死ぬなよっ……ここで死なれたら後味が悪すぎるからな」
「……そんなこと普通……けが人に言いますか……もう……」
ミアは冗談交じりに言うが、声に弾みがない。痛みが強くて冗談どころではないのだろう。長い梯子を上りきるとそこは広い庭園になっていたが、周囲はそんなのどかな風景とは異なり、怒号と銃声、魔術がさく裂する音がひしめき合っていた。
「ったぁ……。登り切ったはいいが、一体、周りはどうなってるんだ?」
「さぁね? でも、大よその見当はついているわ。シェリー、あなたも早く!」
「はいっ……」
シェリーが上り切ったところでティナはすぐに「こっち」と叫んで俺たちは王城内を駆ける。お尋ね者の俺たちではあるが、王城は今、戦火に包まれている。それどころではないのだろう。ほぼ顔パス状態で傷病人がたくさんいる『ある部屋』へと俺たちは入った。
「ドクター! ドクター・リゼル!」
「なんだ! こっちは今、負傷者の手当てで忙し――って、ティナ!? なんでここに! 衛へっ、ひぃ――!」
「黙りなさい! 急いでこの子を治癒して! でなきゃ、撃つわよ!!」
「か、勘弁してくれ! 俺は犯罪者の片棒なんて――うぐっ……」
「私が本気じゃないとでも!? 足に銃弾をぶち込んで試してもいいのよ!!」
カチャリと撃鉄が下がる音を前に縮こまったドクター・リゼルはおどおどしながらもミアの容態を見る。
「死者たちの動きが止まったからある程度の治癒はできるっ……! でも。完全な完治は無理だ」
「それでもやるのよ! 『オールマインドヒール』を!」
「ひぃ! わ、わかった、わかった! ったく、人使いの荒い女だ」
ミアを下ろして診療台に乗せるとリゼルと呼ばれた医者は手をかざし、言葉を紡ぐ。
「――<古より伝わりし精霊の加護よ。我が力の理は先祖代々の血と英知より湧き出でる。この身の生命があらん限りすべての者に癒しを与えよ。我と契約せし神々の精霊たちは今、盟約を果たせ! オールドマインドヒール!>」
ミアの体を虹色の光が包んでいく。そして体の至る部分が治癒していく。
しかし、噛まれた部分だけは治癒はしなかった。むしろ、そこだけ黒ずんで虹色の魔術を弾いていた。
「……どうして!? あなたの『オールマインドヒール』は王国最強の治癒魔術でしょ!? そんな傷をなんで治せないの!!」
「これは呪詛だ! 単純に言ってしまえば治癒魔術が利かない。別分野の問題だ! まぁ、それでも? 方法は……無くはないが――」
「じゃあ、その方法を教えなさい!!」
ティナがリゼルにそう食いつくと彼はそっと目を閉じて一言だけ言った。
「腕を切り落とすしかあるまい」
「……!? そんな……!」
「当然、リスクもある! 腕を切り落とすということはこの子がその痛みを味わうことになる。それにこの子が耐えられるかどうかわからない! 最悪、ショック死になることだってある……」
この言葉に全員が凍り付く。これだけ衰弱しきっているミアにこれ以上、痛みを課したら本当に死んでしまうかもしれない。刃を体に入れる痛みは俺たちが一番、知っている。
「ヒロキ……今、戦場と化しているこの場所で取れる手段――望みをかけるならそれしかない。どうする……? どうしたら……」
ティナは捻りだすように言葉を出す。だが、ミアはまだ若い。
この歳で左腕を無くすのはあまりにかわいそうだと思った。
でも、この場所で残された道は――生き残るための道はそれしかない。
「なぁ、ドクター。もし、この状態でミアが死んだら動き出すのか……?」
「いいや。さっき、この死者の群れを動かす魔術陣が破壊されたという情報が入っている。だから、動き出すことは限りなく少ないだろう。ゼロではないとは思うがな」
その言葉を聞いてミアの方へと視線を移した。
「ミア、俺はお前に生きてほしい。俺たちの身勝手な行動でお前を巻き込んだ責任がある。それにまだお前との約束も果たせてない。……だけど、腕を切り落とすなんて決断を強要は出来ない。お前は……どうしたい?」
「私は……生きたい……まだ、見て無いもの……たくさん見て、たくさんの人を救いたいっ……!」
「っ……分かった。充分に分かったよ」
その言葉を聞いた俺はシェリーとティナを見つめると二人ともその意志を受け止めるように静かに頷いた。
「ドクター、やってくれ」
「本気か? この状態で――」
「いいからやるのよ! あなたに選択権はない。この子を助けるの!」
ティナはリゼルに銃を突きつける。
それが全員の総意だと知らしめるように――。
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