<サイドエピソード> 第49話 二人の根源
ヒロキ達が王城に入りこんでミアを治療している頃、ナターシャとリードは帝国軍の兵士たちを背に走り出していた。騎馬で接近している彼らを相手に走って逃げるのでは簡単に追いつかれてしまう。しかし、私たちは仮にも帝国を背負って立っていた魔術師団の隊長と副隊長だ。
こういう事態に対応できる策も考えてある。
「<竜風よ・神なる力を持って・穿てる力は我らと共に吹き荒れろ!>」
「<土の精霊よ・我らの力は元なる源へと帰還する・我らの力点を地に統べよ!>」
リードが圧倒的な風を巻き起こし、ナターシャがその力を精霊の力を借りて地に引き付ける。圧倒的な風を受けながらも地面を安定したまま、素早く駆けていく。
「ナターシャ、前方にも敵が居る。あれは帝国軍ではないな。――もう面倒だ。上から行くぞ!」
「はぁ!? そんな無茶言って――きゃああああああ!!」
リードがナターシャの体を抱きかかえて足を前に放り出す。すると、力点の魔術が消え失せて飛行機より急激に上昇していく。充分に上昇したところでリードは爆風を前方に吹雪かせ、展開していた魔術を解除し、一気に二人は降下を始めた。
「よし、行けるぞ!」
「何が、行けるよ!? わあああああああ!!!」
「「――<風の聖霊よ・我が体に障壁を造りて・我らを守れ!>!」」
二人で詠唱を合わせて二重の防除壁を張る。そして、王の間があるであろう最上部のステンドガラスを突き破って中へと突入する。無意識に力を込めていたこともあってか、力強い逆風が吹き荒れて周囲にゴオッという轟音が鳴り響く。
しかし、地面に着いた時には周りを数十人の兵士に囲まれていた。
「……まずいわ。あの紋章、王国の近衛騎士団よ」
「ああ、相当な手練れだな」
リードとナターシャは囲まれた状況の中でも冷静に会話をする。その堂々とした二人の様子に気圧されるかのように全員が剣や銃を持ち、臨戦態勢をとる。
「貴様ら、何者だ! 帝国の兵士か?」
「ああ、そうだ。『元』だけどな。――帝国魔術師団の隊長、リード・アステルクと副長のナターシャだ。我々に交戦の意志はない。ただ直接、王に伝えたいことがある」
「王に直接だと!? お前らのようなものが王と面会できると思っているのか?」
「この中に裏切り者がいるかもしれない――そう言ったとしてもか?」
「それは聞き捨てならぬな」
「王、お下がりください!」
護衛兵の制止を振り切ってリードとナターシャの前に現れたリンテル王国の国王は鋭い視線を二人へと向けた。
「こたびの死者蘇生は帝国の攻撃であろう? それなのにも関わらず、我らの中に逆心を持った者がいるというのか?」
「はい。死者蘇生の件に関しては間違いなく帝国の『死霊術』という魔術が原因でしたが、先ほどその魔術陣は我々の手で破壊しました。そのため、死者はもう動いていません。しかし、それと示し合わせるように正体不明の武装勢力がこの城を攻撃し、帝国軍も今、正門めがけてここに接近しつつあります。その数、およそ一万と言ったところかと」
「……。おぬしら、帝国魔術師団と名乗っておきながら自軍の策を潰したと言うのか? 数多さえ、情報すらも我々に渡すなど……」
疑心暗鬼といった様子で国王は首を傾げる。その様子を見たナターシャは少しだけ前に出て胸に手を当て、力強く声を発した。
「我々も正々堂々、王国と争うならば力を誇示し、戦うこともやむ無しと考えていました。しかし、この度の一件は我が皇帝が王国内部の人間に禁忌の死霊術を渡し、軍の人間のみならず、民への危害も顧みない作戦だったのです。そして、あまつさえ私たちも皇帝から命を狙われたのです」
「なるほどな。それで離反したというわけか。うむ……」
国王はその場で顎に手を置き、考え込む。
そして、声を張り上げた。
「この王国史において、これは由々しき事態だ。すべてこやつらが言ったことが正しいとは思わん。……だが、この情報には筋が通っておる。ゆえに我が王国内に『逆心ある者、あり』と判断する。すぐに王城の中に居る公爵を調べよ! 今、外に居る謎の兵力はこの場に居ない公爵の私兵である可能性が高い。裏切者を探し出すのだ!」
「はっ!」
周囲に居た数名の兵士たちが慌てた様子でこの場から離れていく。
これで間違いなく、王国内の裏切り者もじきに分かる。
「では、我々はこれで――」
「待て、お主らは私に雇われるつもりは無いか?」
「王! それはダメです。相手は敵国の士官ですよ!」
「黙れ、私は彼らと話をしているのだ。水を差すことは許さんぞ」
リードとナターシャは顔を見合わせる。まさか自分たちがひどく恨み続け、喉元に刃を突きつけたいと思っていた『王国の王』からそのようなことを言われるなど微塵も考えていなかった。リードがはっきりと嫌悪を伝えるように王へと言葉を発した。
「部下たちの事を考えればありがたい申し出だが、断る。俺たち二人はアンタを殺したいほど憎んでいる。今回、協力したのは皇帝が民の命を犠牲にしてまでも侵略しようとしたからだ。アンタらに媚びを売るためじゃない」
「そうか……。私はどうやらお前たち二人にとっていい存在ではないのだな」
「ああ、悪いな。次にあいまみえるときは戦場である事を祈ってるよ」
帝国人たるもの礼と節度をわきまえる。でも、その場を立ち去る二人の腹の内は悔しい思いでいっぱいだった。なにせ、自分たちの目の前に十年前、両親を殺した仇が居たのだから。
それゆにナターシャは王の間を出るとリードに食いついた。
「これで本当にいいのかな? これを逃したら見えたはずの王の首もまた遠くなる。それでも今の私たちならっ……ねぇ、リード! リードったら!」
「……今はまだその時じゃない。相手の弱さに付け込んで殺すことが――。そんな形で復讐を果たすことが俺たちのしたかったことなのか?」
「それは……そうだけど……」
確かにナターシャの言う通り、俺たちの目的は王への復讐だ。恐らく、ここで踵を返して王の命を狩ることもできるだろう。でも、同時にナターシャにも危険が及ぶ。この十年、幼馴染としてだけでなく辛い訓練も戦場も駆け抜けてきた仲だ。
だから、どうしてもナターシャだけは生き残ってほしいと思っている。
「(いや、俺が迷ってるだけだな。ナターシャは器用だし、気さくな奴だ。復讐だけじゃない、違う未来も作れるんじゃないかって思えちまうんだ。まぁ、ナターシャからしてみれば『復讐をしよう』――そんなことを言い出した俺が今更、何を言ってるんだって話だろうがな……)」
そう心で思っているとひゅーんという音ともに爆発音が鳴り響く。
どうやら本格的に王城の正面で戦いが始まったらしい。窓から状況を見れば城の城壁に帝国軍が張り付き、戦闘になっている。
「馬鹿め。帝国は今の一撃で終わりだ。皇帝は長年、争ってきた王国を窮地追い込めて万々歳だろうが、この戦いで勝とうが負けようが、『禁忌魔術を使用して侵略した国』を擁護する国家はないだろ」
「私たちを視認しながら攻撃をしかけるなんて浅はかよね。隣国に伝令でも送られたら一貫の終わりだっていうのに……」
「ああ。それにもし、攻撃せずに引き返せば『王国がしたことだ』っていい張れたかもしれないのにな。――っ! ナターシャ、アレを見ろ!」
リードが指さす方向では張り付いた帝国軍と所属不明の軍隊が交戦している。戦場は半ば混乱状態だ。
「一体、どうなっているの? 装具から見る限り……多分、帝国軍の前を走っていた部隊のはず」
「それだけじゃないぞ、南側を見て見ろ!」
「共和国軍の軍旗! まさか……いや、そんな!」
「こりゃあ思っていた以上にこれは血みどろかもしれないな。さながら大国三つの大戦だ。それどころか帝国もアルグラードから攻め込まれて戦火に塗れているかもな」
このどうしようもない戦場を前に2人は戦火を見つめる。
正直、もうリードたちは任務を遂行しきった。けれど、この戦場を前に。感じる「やりきれなさ」は二人を沈黙させた。
「なぁ、ナターシャ」
「ねぇ、リード」
お互いの言葉が被り、また沈黙が広がるけれど、結局のところはリードとナターシャが力を欲した理由は同じなのだ。だから自然と表情で考えが読めてしまう。
そう、力を付けてきたのは誰かを守る――そのために、力はあるのだと。
そこには帝国や王国、共和国なんていう枠組みなんて必要じゃない。
「ふっ、結局は考えることも同じか……。ヒーロー気取りなんて柄じゃないんだが」
「うん、そうだね。でも、ここで行かなかったら後悔すると思う。私達みたいに戦争で大切な人を失ってしまう人が出来ちゃうから。――そんな第三の私たちを作らない為にも国王の命令じゃなくて私たちの意志で動こうよ、リード」
「ったく、本当にもう、ナーシャらしいな?」
「そうかな? 私は至って普通の事を言っているだけだけど? あ――何らならこの際、この国から恩赦として報奨金をがっぽり貰って傭兵生活なんて……ありかもね!」
そしてナターシャは窓を開け放ってリードにニコッと悪い笑みを零す。
「まぁ、何にせよ。俺らがやることに国王の意志も、国同士の思惑も関係ない。俺たちの道はいつだって俺たちのものだ。きっと、あいつらだって同じように付いてきてくれるはずだと信じるさ」
そう言って空に目がけて赤色のフレアを打ち込む。これは帝国魔術師団の緊急呼集を知らせる信号弾だ。次期に部下たちもここへ殺到してくるだろう。それまでに少しでも敵兵を減らそうと――いいや、城の中で戦う一般市民を助けようと窓から二人は滑空したのだった。
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