第50話 大博打

「うやあああああ!!」

「しっかり押さえろ!」


治療室の中にこの世の絶望を思わせるミアの絶叫が響き渡った。舌を噛み切らないように猿轡をされ、痛みにのたうち回る彼女を俺たちは必死に押さえた。いくら麻酔を打ったとはいえ、その痛みは尋常ではなかったはずだ。ミアは何とか痛みを耐え、一命をとりとめた。


「正直、わしは無理だと思っていたが、意外なほどにこの小娘は根性が座っておる。どっかの元公爵みたいじゃ」

「……。ありがとう、リゼル。恩に着るわ」


ティナが頭を下げたのを見て俺たちも一斉に頭を下げた。

しかし、ドクターリゼルは不満げに目を細める。


「馬鹿め。まだこれからじゃよ。腕を切断したんじゃから感染症などにも注意しなくてはな。しばらくは絶対安静の上、処置三昧じゃよ」

「わかってるわ。だけど……。よろしく頼むわね」

「フン、この借りはでかいぞ。出世払い……とはいかんな。まぁ、『誰に』とは言わんが、口利きさえしてくれればいい」


その言葉にティナは目を細めつつ、俺たちに目配せをして処置室を出て歩き始める。そして、ティナはポソリと口を開く。


「あの子はリゼルに任せておけばいいわ。さて、これから私の父親みたいな人に、会いに行くわ。しっかりついてきて」


そう言って振り返ったティナの目は少しだけ鋭さを感じさせる。そして、その手はホルスターの脇に添えられていた。つまり、いざという事態に発展するかもしれない事をボディランゲージで伝えているのだろう。


「分かった。シェリー、俺から離れるなよ」

「は、はい……」


ティナは自分の存在が気付かれないように顔を下げながら警戒するように王城内を進んでいく。そして、人の出入りも多い場所を何個も超えてやたらと広い空間に出た。


「……さぁ、ここにいるわ。ここからは――あなたたちは、離れた方がいいわ」

「どうして離れる必要があるんだ?」


俺は守れなくなるぞとホルスターにそっと手を置く。その行動に優しい目を向けたティナは少し考えるように喋り出す。


「それは……私が犯罪者だからよ。それにね、ここで私は勝負を掛けようって思っているの。一世一代のね」

「あのなぁ……ここまで来て犯罪者もクソもあるか。それに勝負ってなんのことだ?」

「まぁ、話を聞けば分かるわよ……。シェリー、あなたはどうする?」

「私も……最後まで付き合います。いえ、付き合わせてください」


どこかシェリーとティナは確信を持つような顔つきで頷き合う。

意志を確認し終えたティナは俺の方を強い眼差しで見つめて一瞬、目線をシェリーへと向けた。まるで、「あなたはシェリーを守ることに専念して」と言っているかのように。


そして、俺たちの前で一つ大きく空気を吸い込んだティナは声を張った。


「伯父様!」

「っ……!? ティナ・エルテルト・リグナー! 貴様、どこから! グズグズするな、王をお守りしろ!」


すぐに衛兵が俺たちを取り囲む。もしかしたら、最初に反応したこいつがティナの伯父なのかと考えを回した俺だったが、その思惑はすぐに外れた。


「やめよ。犯罪者であろうとも『王国の血縁者』に銃を向けるな。ましてや、『我』の目の前でな」

「しかし! こやつは我々の兵を殺しています。あまつさえ奴隷を匿い、国家反逆を企てた重罪人ですぞ!」

「それはその通りかもね? でも、現実はあなたが見るほど甘くない。――おじ、いえ、国王様、か急に報告したいことが」

「犯罪者から報告など聞いてはいけませぬ!」


そのやりとりに俺とシェリーは目を合わせた。シェリーが元公爵であることは知っていた。しかし、それが王の血を引く血縁者であることは知らなかった。一体、ティナはどんな生活を――人生を送ってきたのだろうか。


「……。聞くだけタダだであろう。さてティナよ、その報告とはどのようなものだ?」


そう言われたティナは一歩、前に出て王の前で片膝を付き、進言する。


「元上流貴族、ティナ・エルテルト・リグナーの名の元に報告します。今回の騒乱は帝国の皇帝と王国の公爵であるヨルテルが結託し、皇帝は王国への侵略。ヨルテル公爵は私、ティナを我が物にするため、騒乱を起こしたものと思慮されます」

「ふむ……ティナよ。裏切りが事実であるならば由々しき事態ではあるが、お主は公爵殺しの疑いを掛けられておる。その上、元公爵の身でありながら帝国へ機密情報を持ち出した罪にも掛けられている。故にお前の言葉に信憑性はない」

「確かに。私の言葉に信憑性は無いでしょう。ですが――」


ティナは一度、俺たちの方へ視線を注ぐ。するとシェリーがスッと歩き出し、ティナの横に跪いた。


「国王様。お初にお目に掛かります。シェリーと申します。私に発言をお許しください」

「ふむ……よかろう。話してみよ?」

「私は先ほど、城外でヨルテル様の軍をこの目で見ました」


そのシェリーの言葉に動揺が走る。

しかし、すぐに国王がその騒ぎを手で押さえる。


「そなたは見たと言ったが、それは間違いではないか? ティナに言えと命じられているから言っているだけではないのか? ここで虚偽を言えば極刑となるぞ?」

「承知しております。ですが、私は確実に見ました。証拠は私です」

「王よ、聞くに堪えません! いますぐ、この者らを――!」

「私はあのマルバの聖戦で! 母親を……ヨルテルの軍に殺されたんです! その私が、あの悍ましい人間を見間違えるわけがありません! これが証拠になるはずです!」


そう言って王様に向けてペンダントを見せる。そのペンダントはアテルザを信仰していた者が必ず持っている物で、正真正銘の信者であることを示すものだった。王国ではアテルザ教徒は『殲滅された』と報じられている。


それ故に手にしているペンダントは非常に重い意味を持つ。それを理解している王は言葉を無くす。それを良いことにティナが畳みかけ始める。


「今回の一件、『マルバの聖戦』と表立って言われる戦いから全て私、ティナを貶め、ヨルテルが自分の私欲の為に起こした争いです。今こそ、王の勅命を求めます」


その言葉に目を閉じた王様は静かに息を吸う。

それと同時に伝令が駆け込んできた。


「伝令っ! ヨルテル公爵のみ、登城していません!!」

「……。決したようじゃな。――これよりヨルテルを逆賊とみなす。なお、この件に関して自身の命を顧みず、我へと報告した功績は非常に大きい。よって、ティナ・エルテルト・リグナーが犯した罪をすべて不問とし、公爵の地位を与えるものとする」

「なっ! 国王様!! それはあまりにも身勝手なご判断ですぞ!」


近くに居た上官や公爵たちは大きな声で異議を唱える。

しかし、国王様はあまりにも冷静で強かだった。


「黙れ。今は戦時ぞ。頭の働く人材を野放しにしておくことはできん。それにな、お主らは公爵家としての責務を全うできず、このような事態を招いた。そこに責がある。ティナが公爵の地位にあれば、元よりこの事態は防げていただろう」

「っ……!」

「言い返せまい? 事実、ティナを公爵から『追いやった』後、国庫は減るばかりじゃからな。さて……その金はどこに消えたのか。今は追及せんでおこう」

「伯父様……すべて見越して――」

「ティナよ。虫が良いのはわかっておるが、また王国のために働いてくれるか?」

「はいっ! この身に変えてでも国益を――民を守ります」


国王と握手を交わしたティナは、この時より没落した名誉を回復したのだった。

しかし、そうは言ってもティナの公爵としてのイメージは『裏切り者』や『身内びいきに寄る登用だ』と言ったモノが先行してしまっている。


故に結局は、地位だけが戻ってきたという結果になった。――とはいえ、俺とシェリーにとってはティナの公爵復帰はまさかの副産物であったことに違いはなかった。


「ティナ! マジかよ! やったな」

「ええ。でも、まさか公爵に戻れるなんて……少し手が震えてるわ」

「これからはティナさんじゃなくて、ティナ様って呼ばなきゃですね!」

「シェリー、そ、それはやめてちょうだい。むず痒くてしょうがないわ」


王への報告が終わった後、俺たちはティナを少し揶揄いながら嬉しさを分かち合っていたが、すぐに装備品が提供された。


「3人分だ。使え、――無能公爵が」

「はいはい……しょぼい挑発ね。言いたければ言ってなさい」

「……。ああは言う癖に、弾薬と手りゅう弾、防弾チョッキに無線用のトランシーバー? 至れり付くせりだな」

「それは当然でしょ? 何も持たせずに行ったらチクられるって思っているのよ」

「なるほど、そういうことか」


俺たちが装備品を付け終わるとティナは一度、爪を噛んでから「ふぅ」と息を吐いて私たちを見た。


「この先はあなたたちは来なくていいわよ」

「言うと思ったよ。なぁ、シェリー?」

「はい。でも、付いて行きますよ? 私たちは」

「はぁ……私はもうあなた達に借りは返された。だから無茶をしなくたって――」

「無茶をしているやつに言われたくはないな。それにこの件に関しては俺とシェリーは退けない」

「『マルバの聖戦』絡みね?」

「ああ、シェリーが退く気なら退いたさ。だけど、そうじゃない」


シェリーに目を向けるとこくりと頷かれる。過去に母親を殺された恨みを晴らす。

それだけが今、ここに居る意味になっている。


一般的には「復讐なんてやめるべきだ」と言うべきだろうが、俺自身が神への復讐を諦めきれていないだけに、シェリーの気持ちは痛いほど理解できるのだ。


「ヒロキはそれでいいの? シェリーが苦しむことになるかもしれないのよ」

「分かっている。でも、立ち向かうことも必要なんだよ。ティナがそうだったようにな。分かるだろ?」

「分かったわ。あなた達が付いて来るのは否定しない。ただし、絶対に前衛には出て来ないで。でないと私が思いっきり戦えないから」


その言葉には今まで以上の殺気が乗っていた。まるで俺たちに一切の有無を言わせないほどの積年の恨みが感じ取られるほどに――。そして、ティナは両手にもった拳銃にマガジンを入れ、鋭い眼光のまま俺たちの前を歩き始めた。

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異世界転生~神の遊戯と約束された未来~ LAST STAR @LASTSTAR

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