第21話 守りあう誓い
「戦い方を……教えて欲しい?」
私は思わず、シェリーが話した言葉をそっくりそのまま聞き返していた。
当のシェリーは頷くと真剣な目つきで一直線に私を見る。
「私、さっきヒロキさんに言われたんです。私の思いもティナさんのの思いも分かるけど、どちらが正しいのか決められないって……それで少し部屋でいじけてたんですけど今、気づいたんです。守られる側のままで居たら私はヒロキさんの隣に立てないんじゃないかって……」
「いや、待って。そんな事しなくてもヒロキはあなたの隣に立ってくれるわ。ヒロキはあなたのことを思っているわよ」
「でも、同時にティナさんの事も大切に思ってる。……今の私はヒロキさんの枷になってるんです。もちろん、ティナさんが言うようにこのままでも問題ないかもしれない。だけど、このままじゃヒロキさんを苦しめることになるし、何より私が苦しい。だから、私に戦い方を教えてほしいんです」
鋭さを増すシェリーの目線を見れば既に決意を固めているが分かった。これは何を言っても『どこかの馬鹿』と同じで聞く耳を持たないと悟った私はため息を一つ付いた。
「はぁ、分かったわ。でも、私の教え方は厳しいわよ?」
「はい! 覚悟は出来てます」
「じゃあ、こっちに付いてきて。いろいろとテストしてから決めていくわ」
ティナはシェリーを連れて奥へと消えていくのだった。
まだ眠りの中に居た俺はこんなことになっている事など知る由もなかった。
***
「んあっ……!」
俺が目覚めた時、目の前には誰もいなかった。辺りを見渡す限りここはシェリーが寝ていた場所と同じような作りの場所だった。
「えっと、俺は……」
未だにどこかフワフワしていてボッーとする頭を切り替えて何が起こったのか整理をするが、良く状況が分からない。意見が食い違ったところで急にティナに銃口を向けられたところまでは覚えている。
「(あの時、確実に俺はティナに撃たれたはず……だよな)」
だが、恐る恐る頭に触れてみても傷は見当たらないし、痛みも無い。この奇妙な状況を不思議に思いながらもベッドから起き上がって作戦を練っていた部屋へと向かった。そこにはティナとグレイたちの姿があり、何やら資料を見て話し合っているようだった。
そんな中、最初に俺の存在に気付いたのはグレイだった。
「あっ、ティナ様。ヒロキさんが目覚められたようですよ?」
「ん? あら、おはよう」
「『おはよう』じゃないだろ!? 一体、どういうつもりだ!?」
そんな俺の追及にティナは何のことか分からないように振舞いながら、グレイと視線を合わせた後、俺に対して不敵な笑みを浮かべた。
「な、なんだよ? 二人して気持ち悪い笑みを浮かべて……」
「フッ、あなた本当に良い子に好かれたわね? 私もヒロキも、もう悩む必要性が無くなってスッキリよ」
「は……? 言っている意味が分からないんだが……」
「私のお喋りはここまで。あとはシェリーから直接、聞いて頂戴。こっちよ」
ティナはグレイに持っていた資料を押し付けて俺を奥の部屋へと案内した。まだ一度も入ったことがない部屋ではあったが、その重厚そうな扉からその先にはお馴染みの射撃練習場があるような気がした。
「(でも、待て。俺の予想が当たってるとしたらシェリーはこんな所で何をしてるんだ? えっ……?)」
扉が開いた瞬間、数発の乾いた音が俺の鼓膜を振動させる。その射撃音の正体は射撃ゾーンの一番奥に居たシェリーだった。黒いフレームの拳銃を手に持ち、的へ向けてひたすら撃っている。マズルフラッシュが此処からだと良く見えるから間違いない。しかし、シェリーがどうして銃を握り、射撃練習をしているのか、俺には理解できなかった。
そして、何より『シェリーが武器を持つ』こと。それだけは避けたいと心のうちで思っていたことだ。そう思っていただけに俺はすぐにティナに食いかかった。
「おい、ティナ! これはどういう事だ!? なぜ、シェリーが銃を持ってるんだ! お前がそそのかしたのか!?」
「……落ち着いて。あなたの事だからそんな風に怒るんじゃないかと思ってたわ。でもね、これはあの子の意志なの。私はその意志に共感した。だから、私はシェリーに武器の扱い方を教えたの」
「だからって。なんでシェリーに――!」
ティナは静かに銃を撃ち続けるシェリーを見てから俺の顔を見る。
「私だって馬鹿じゃない。もちろん、何度も聞いたわよ? 『ヒロキなら止めるわよ。それでもやるの?』ってね。でも、あの子はどこかの馬鹿と同じで首を横には振らなかったわ。まぁ、後は二人で話し合ってちょうだい。邪魔者は帰るとするわ」
そうシラッと言い放ったティナは何事もなかったかのようにグレイの元へと戻っていた。その場に一人、取り残された俺はシェリーの方へとゆっくり近づいていく。
その間も絶え間なく、銃の射撃音が鳴り響き続ける。
的の方を見やれば半分以上が外れているように見えたが、それは必然だった、銃の反動についていけていないのだ。腕でうまく反動を制御しようとしているが、それでも発射直後の姿勢がぶれる。
「ん~……当たらないっ!」
「(シェリー、どうしてそこまで――)」
俺はシェリーの射撃の様子を後ろでそっと見続けて、全弾撃ち切り、銃がスライドーオープンの状態になった所で声を掛けた。
「シェリー」
「あっ……え、えっと、目覚めたん……ですね?」
「ああ。その……ちょっと話さないか?」
「はい……」
シェリーはどこか後ろめたそうに視線を下げた。その様子を見て俺はすぐに後ろの椅子にシェリーを座らせた。だが、どう切り出して良いものか分からなかった俺はストレートに聞いた。
「シェリー、ティナから少しだけ話は聞いた。でも、どうして銃の練習を?」
「……私、実はヒロキさんが寝ている間にティナさんを殺しそうになったんです」
「え!? ティナを?」
「……自分は元々、この国の公爵だったから『あなたには復讐する権利』があるって言われて」
「(あの馬鹿、何やらかしてんだ!? そんな話聞いてねーぞ!?)」
俺は思わず、心の中でそう突っ込みながらシェリーの言葉に聞き入る。
「だけど……私には出来ませんでした。お母さんを殺したのはティナさんじゃないから。でも、皮肉なことにそんなティナさんの行動で初めて気づいたんです。自分を守るだけじゃ、守る姿勢だけじゃ駄目なんだって」
「だから、銃の練習を?」
シェリーは静かに頷き返して俺を見る。
「このままじっとしていたらヒロキさんが私の見えないどこかに行っちゃいそうな気がして……ううん、私が置いていかれちゃうような気がしたから。私もヒロキさんの近くに居続けたい。そう思ったんです」
「でも、俺は銃を持つシェリーを――戦うシェリーを見たくない」
「そ、それは私だって同じです! 私だってヒロキさんが銃を持って戦いに行くのなんて見たくないし、それを黙って見ていたくもないんです!」
そう強く言われてしまうと俺は何も言い返せなかった。いや、言い返すだけの言葉が思いつかなかった。その思いの本質を俺も良く理解している。
「(結局は俺もシェリーも色々、間違えているかもしれないけど譲れないものがあるって事だよな)」
シェリーは母親の死と宿屋『エルダ』で知り合った先輩、イザベラの死を――そして、俺は幼馴染だった彩香の死を経験をしてお互いに失いたくない思いがある。人の死は俺たちを醜くさせながらも成長させてくれている。
「分かった。武器の練習をすることは否定しない。だけど、何があっても無理はしない、危険な事はしないって俺に約束してくれ」
「ぁ……わ、分かりました」
シェリーは反対されると身構えていたのか、さっきまでとは一転して拍子抜けしたかの様な顔をしていた。
「もしかして、俺が反対すると思っていた?」
「……その……まさか、二つ返事で納得してくれるなんて……てっきり、何が何でもやめろって言うのかなって」
「正直に言うと怖くもあるんだ。もし、この決断でシェリーを失ってしまったらって思いもある。でも、シェリーが前に進もうとする姿は嫌いじゃない。それにこの決断をすることで『俺が絶対、シェリーを守る』っていう誓いになるのかなって」
「え、えっと、あの……それって……」
「あっ……! えっと、そろそろ時間だし、行こう」
「は、はい……! 私もヒロキさんを守りますから。えへへ」
俺は勢いでとんでもないことを言ってしまったことに気付いたが、シェリーはにっこり笑って見せた。まるで、『すべて分かっています』と言わんばかりに――。
「い、急ごう……!」
顔を背けながらそっとシェリーの手を取った俺はティナたちの元へ向かい始めた。
きっと、顔は真っ赤になっているだろう。恥ずかしさで頭から湯気が出てしまいそうだ。しかし、同時に確実なものになったこともある。
それはこの時を機に『お互いに守り抜く』という誓いが立ったことだ。
これは今までにないほどにゆるぎない誓いであることは間違いなかった。
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