第22話 脱出作戦

あれから二日間が経ち、ついに作戦当日を迎えた。

シェリーはこの二日間、ティナとワンツーマンの訓練を行い、俺は射撃練習をしながらシェリーの頑張りを影から見守り続けた。


そして、今、俺達は出発の最終準備に取りかかっていた。

全員がカーキ色のズボンに黒い長袖を着こなし、緊張した面持ちで武装を整える。


銃弾を黙々と装填するティナを横目に俺はグレイからマガジンを収納するベルトを受け取り、ホルスターと合わせて体に装着する。柔軟性のあるベルトがほんのりと体を締め付けるが、着心地はまずまずだ。最後に銃をホルスターに仕舞い込んだ後、ティナに声を掛けた。


「よし、用意完了だ。いつでもいけるぞ」

「私も大丈夫です」


俺のすぐ横には緊張した面持ちのシェリーがぴたりと横に張り付いている。シェリーは黒色の帽子を被り、少しお洒落に着こなす。そんな茶目っ気のあるシェリーを俺が見ている中、ティナは静かに椅子から立ち上がった。


「では、作戦の最終確認よ! まず、救出を行う私、ヒロキ、シェリーは地下水路から侵入。次に奴隷の搬入が終わるのを待ってオークションの司会者を狙うわ」

「で、オークションの司会者を確保したら『契約を制御している石』を破壊するんだよな?」

「ええ。その通りよ。それが完了したら奴隷達を水路へ誘導し、敵勢戦力の網を突破して国外に脱出するわ。馬車の誘導はグレイ、あなたの仕事よ。分かっているわね?」

「はい、ティナ様。心得ています」


ティナはグレイの言葉を聞いて一度、目を閉じてから素早く銃をコッキングして口を開いた。


「さぁ、時間よ。始めましょう」


ティナの一言で全員が動き出す。

俺とティナ、シェリーの3人はこの基地に隣接する水路から目的地を目指すために射撃場の奥にあるマンホールから地下へと降り始める。


「滑るから気をつけて。水路に出るわよ」


梯子を降りるにつれて、微かに水が流れる音と鼻をつく汚臭がした。水路に流れている水の色や臭いから察する限り、どうやらこの水路は『下水道』で間違いない。そんな劣悪な環境でもティナは動じることなく、懐中ライトをつけて地図を片手に俺たちを先導し、素早く水路を進んでいく。やがて、ティナは鍵が付いた鉄製の扉の前で止まった。


「ここね。鍵を壊すわ。二人とも離れて」


そう言うとティナは後ろに背負った大きなバッグを降ろし、銃の射撃音を抑える消音器サイレンサーを取り出して銃に装着した。鍵穴に向けて放たれた銃弾は見事に南京錠を穿ち、薬莢の転がる音と共にカチャンと音を立てて鍵が落下した。


「さて、ここからが本番よ。あなた達も万が一に備えてサイレンサーを」


俺たちはその言葉に頷き、自分達の銃口にサイレンサーを付ける。黙々と俺たちが装着している間にティナはヘットレスのトランシーバーに声を吹き込んだ。


「今、入り口に到着したわ。これ以降、緊急のとき以外は外部との通信をカットする。次は奴隷達を解放した後、連絡を入れるわ。ティナ、以上アウト

「了解しました。ティナ様、ご武運を」


そんなグレイの声を最後に俺達は奴隷オークションが開かれる教会の地下へと忍び込んだ。教会の地下は石畳と壁に囲まれた無均質な場所で、至る所に鉄製の檻に閉じ込められている人が居た、捕らえられている全員がボロ布に身を包んでいる。


「(あの公爵の拷問場と同じだ……)」


これが人のやることなのかと思いながらもグッと感情を抑える。今、ココで騒ぎを起こせばすべてが水泡に帰してしまう。それはこの場にいた誰もが理解していた。


「(絶対、救おう。思いは同じだ)」


お互いに思いを共有するかのようにアイコンタクトを交わし、見回りを行っている兵士の目を掻い潜って階段を静かに上った。


上層はオークション会場になっており、人の出入りが激しい。俺達は予定通り、人目を避けて遠回りで司会者の部屋を目指す。途中でオークション会場の中が目に入ったが、中はシャンデリア煌く豪勢な会場で多くの人たちで賑わっているように見えた。その規模は俺たちが想像していた以上に大きい。


「これはまた……ちょっとしたパーティーね」


ティナはオークション会場を覗くなり、そうボソッと呟く。その鋭い眼光を見れば酷く憤っているのは一目瞭然だった。殺気すら感じさせるティナの雰囲気に俺は無理もないと思わざる終えなかった。


奴隷を平等に扱おうとしてきた元公爵のティナからしてみれば、目の前に映っているのは、自分が成そうとしている『真逆の世界』なのだから――。


「(報われないな……)」


心の隅でそう呟きながらも俺はティナの後ろ付いていく。やがて、グレイたちが調べ上げたオークション司会者の控え室に到着した。しかし、入り口には二名の警備兵がぴったりついていて、離れる気配がない。


「やむ終えないわね。るわよ。カバーして」

「了解……」


気乗りはしないが、初めからこうなることを予測していたのだ。俺はティナの左肩に手を乗せ、タイミングを合わせて壁から飛び出して銃を発砲した。「パシュッ」という音と共に空気を裂いた銃弾は確実に警備兵の胸や腹部に命中し、彼らはドタッと崩れ落ちる。


「悪く思わないでね」


ティナはすぐに近づいて両者の眉間目掛けてトリガーを数回絞った。俺は一瞬、ティナを止めようかと思ったが、ここで俺たちの存在がバレればシェリーの身が危ない。俺は黙ってその光景を見ていることしかできなかった。


ティナはピクリとも動かなくなった死体を前に酷く悲しそうな顔をしていたが、それは俺もシェリーも同じだ。


「(……誰にとってもこの光景はキツイよな)」


俺はシェリーにそっと『大丈夫か?』という意味を乗せて目配せをするとそれに気付いたシェリーが深く頷き、俺の目を見る。その様子から少なからず、俺たちに付いてきている時点で『覚悟』は出来ていたのだろう。


俺はそんなシェリーを背後に付かせて、ティナに目を合わせる。すると、ティナはハンドサインで『ドアを開けて』と要求しながらドア脇の壁に背中を預けて銃を構える。


「(よし、行くぞ。カウント、3、2、1――!)」


俺はハンドサインで示した『ゼロ』のタイミングで勢い良く扉を開き、ティナを先頭に部屋へと突入する。俺が部屋の中を視認した瞬間、正面のデスクに座った司会者の男が銃を構えていた。


「(まずい……! 間に合わない!)」


しかし、ティナはその様子に躊躇することなく素早く発砲した。放たれた銃弾は、対峙する男の銃に当たり、その反動で銃が宙に吹き飛ぶ。同時にティナは駆け出し、デスク上を滑走して椅子ごと男を倒した。


「ティナ!?」

「ティナさん!?」

「大丈夫よ。……おっと、あんたは動かないでよ? 命が要らないなら別だけど」


俺たちが銃を構えたままデスク裏に回りこむとティナは司会者を羽交い絞めにしていた。男は苦しさからか、すぐに根をあげ、口を開く。


「や、やめてくれ! お前らが欲しいのはコレだろ!? くれてやるから殺さないでくれ!」

「あら? ご丁寧にありがとうっ……!」


ティナはすぐに石を回収すると男が逃げ出さないように椅子に縛り、口枷をつけた。ティナは男を拘束し終えると数秒の間、爪を噛んで思案する表情をした後、急にバッグを下ろした。


「ヒロキ、シェリー。これを――」

「これは?」


ティナから渡されたのは口と鼻をスッポリと隠すことが出来る灰色のマスクだった。


「これは『リブルザー』っていう機材よ。毒物が空気中に散布された場合や呼吸ができない場所でも呼吸することできる便利グッズなの」

「えっ? でも、ティナさん、なんで私たちにこれを?」

「念のためよ。少し嫌な予感がするの。持っておいて」


ティナはそう言うとベルトにそのマスクを丁寧に付け始めた。俺たちもティナに習ってベルトにマスクを装着する。


「これでよし。それじゃあ、行きましょうか、とっとと、皆を救い出してこんな場所から逃げるわよ」

「ああ、そうだな。まだ終わりじゃない」


俺たちは気持ちを引き締めて教会の最下層、大勢の奴隷が捕らわれている場所を目指してティナを先頭に来た道を引き返す。その道中、兵士の姿は疎らで特に銃を撃つこともなかった。多分、奴隷の脱走などここに居る人間は誰一人、考えてすら居ないのだろう。やがて、俺達は最下層へと続く階段の前に辿り着き、ティナは歩く足を止めた。


「ココから先は敵が居たら容赦なく排除していくわ。二人には申し訳ないけど、覚悟しておいて」

「ティナ、それしか道は無いのか?」


ティナはその言葉を肯定するように静かに目を閉じた。既に二人を殺めているとはいえ、今ならまだ引き返せる。ここで何も言わなければ、多くの兵士を殺すことになる。俺は『殺すのはやめるべきだ』と進言しようとした。


「なぁ、ティ――っ!」


しかし、シェリーは悲しい目つきで俺の手を握り、首を横に振った。

もう、後戻りは出来ないのだと語るように。


「私は覚悟できています。例え、その先が血みどろでも」

「……。」


正直、俺としては言ってほしくない言葉だった。

それでも俺は――俺達はその選択肢を肯定するしかない。全員が生き残り、ハッピーエンドを目指すには立ちはだかる如何なるモノも葬っていくしかない。そうしなければ、俺たちの求めている未来は永遠に訪れない。自分をそう戒め、決意を固める。


「悪かった。何でもない。俺だってあの公爵を殺した時点でもう後戻りなんてできないんだ。だから、いまさら殺しごときで申し訳ないなんて思うな。それしか道はないんだろ」

「ええ……2人ともありがとう。じゃあ、行くわよ」


俺たち三人はすべての迷いを捨て、最下層に向けて階段を降り始めた。



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