第23話 動揺
階段を降りた私たちは再び、フォレスト教会の最下層に戻ってきた。最下層では大勢の奴隷たちがいくつもの檻に分けられ、閉じ込められている。周りには10人くらいの警備兵が居るが、全員がダラダラとしていて緊張感がまるでない。
しかし、その様子は必然でもあった。
貴族ご用達の闇オークションである以上、その商品を狙っている人間が居るなど思うはずがない。商品を狙うという事は『国家に仇なす』という事だからだ。
そんな弛んだ警備兵を俺とティナで静かにと始末して回る。途中で檻に閉じ込められている人と目が合うが、鼻に指をあてて『静かにして』とお願いすると彼らはそれに従った。
「(これが最後の一人。悪く思うなよ)」
最後は俺が放った弾丸で警備兵を撃ち殺し、完全に最下層を制圧した。ティナは制圧したことを再確認すると司会者から渡された石を地面に転がし、銃弾を数発、撃ちこんで破壊した。
「これでいいわ。あなたたちはすぐに檻の中から奴隷達を救出して水路へ! 私は階段を降りてくる敵を警戒するから!」
「わかった。ティナ、無理はするなよ」
「私を誰だと思ってるの? 無駄口叩いてる暇はないわよ!」
ティナはそんな軽口を叩きながら階段の方向へ駆け出した。それを見て俺とシェリーも檻の鍵を壊し始める。解放した者達には水路から逃げるように言い、『道しるべ』に従うように伝えた。水路には逃げ道を間違えることがないようにグレイが事前に用意した蛍光色の道しるべがある。
きっと彼らが間違えることはないはずだ。
奴隷達を逃がし始めてから少し時間が経つと銃声音がその場に響き出し始めた、それと同時に耳元のトランシーバーからティナの声が響く。
「こちらティナ! 今、奴隷達を水路へと逃がしているわ。グレイ、受け入れ態勢を取ってちょうだい! それと予想以上に敵の動きが早い、すでに交戦中よ!」
「了解しました。ヒロキさん、シェリーさん。奴隷たちを急いで水路に逃がしてください」
「分かってる! 今、やってるよ!」
俺とシェリーはこの状況に慌てながらも次々に檻の鍵を破壊して逃げるように伝える。ティナは退きながら撃っているのか、徐々に銃声が近づいてくる。そして、ついに俺たちの前まで姿を現した。その表情からして相当、焦っている。
「まだ逃がし終わらないの!?」
「今、ちょうど終わりました! ティナさん、逃げましょう!」
俺が奴隷を水路の方へと案内する中、シェリーはティナに駈け寄り、体を出して敵兵に向けて銃を撃つ。
「ヒロキ、カバーして! シェリー行くわよ!」
「了解だ!」
俺は物陰から銃を構えて敵が現れた瞬間に銃を数発、撃ち込む。しかし、またしても銃弾を弾く黒い盾を先頭に敵はジリジリと前へと進んでくる。しばらく三人での一斉射撃でけん制し続ける。
「よし、充分に時間は稼いだはずよ。二人とも逃げるわよ!」
そのティナの声で俺達は水路へと飛び出した。ココから先の水路は入り組んでいる。後ろの追手さえ、振り切れば逃げ切れるはずだ。
「(ここまではすべて完璧だけど、ここからが正念場だよな)」
俺は水路を駆けながらがそう思っていた。
しかし、そんな中、ティナはふと足を止めて後ろを振り返る。
「……。おかしい。気配も足音もしないわ」
「振り切ったってことじゃないのか?」
「そんな簡単に行くわけ――っ! 二人ともマスクを被って! 何か空気中に散布されてるわ!」
「え……!?」
その直後、嗅覚が甘いにおいを感じ取ると共に息が苦しくなった。それはシェリーも同じだったようですぐにマスクを被る。
「二人とも大丈夫?」
「ああ、でも、このガスみたいなのは一体……」
「話は後よ。急いで皆の後を追うわよ! みんなが危ない!」
「お、おい! ティナ!」
ティナが慌てて水路を駆け出し、俺たちもその後を追った。グレイ達と落ち合うポイントを目指していくと解放したはずの者達が何人も倒れていた。その様子は一様に元来た道へと戻ろうとした様子が見て取れる。
「駄目ね。息がないわ。皆、銃弾を浴びてる」
「銃弾だって!? 一体、何が起こってるんだ?」
「それは……。とにかく、進みましょう」
ティナは険しい目つきで前を見据えて歩き始める。水路の角を曲がって出口が遂に見えた時、俺たち三人は息を飲んだ。出口の先に見えたのは真っ赤に燃え盛る炎と出口に向かうにつれて増えていく夥しい死体の山だった。
「そんな……。みんな、しっかりして!」
「……ひどすぎる。誰がこんな事を」
ティナは水路に転がる何人かに声を掛ける中、シェリーはその場でガタッと崩れ落ちた。この光景はあまりに残酷だ。やがて、ティナは怒りを露にするようにトランシーバーに向けて叫んだ。
「グレイ、解放した奴隷達が倒れてる……どうなっているのか説明しなさいっ!」
「おや、生きていましたか。見ての通り『作戦』は大成功ですよ、ティナ様。さぁ、出てきてください。もちろん、手を挙げてね?」
グレイは少しにやけた声でトランシーバーでそう呼びかける。ティナはその声を聞いてトランシーバーを水路に思いっきり投げ捨て地に膝をつけた。
「やっぱり……。信用した私が馬鹿だった。完全にはめられたっ! どうして、どうしてこうなるのよ……! 私はただ、みんな平等にしたいだけなのに……なのに、また私は多くの人をっ……」
この時のティナの怒りや無念は計り知れない。その場に居た俺も何と声を掛ければいいのか、全く分からなかった。大きな動揺が俺たちの中に渦巻く中、トランシーバーからグレイの声が響く。
「ティナ様――いや、ティナ・エルテルト・リグナー! さっさと水路から姿を現せ! ……でないと30秒ごとに一人ずつ、奴隷どもを殺していくぞ」
その声を聞いた俺はシェリーの元に駆け寄りながらも、落胆しているティナに声を掛けた。
「シェリー、大丈夫か? ティナ、グレイの奴が水路から出てこないなら奴隷を30秒に一人ずつ殺すって……あの野郎……!」
「私が行かなきゃ……っ!」
「ティナ、おい待て! 一人で突っ走るな!」
ティナは力なく立ち上がると俺たちを置いて出口へと全力で駆け出して行った。
呼び止める俺の声にもティナは聞く耳を持たず、みるみる俺たちとの距離が離れていく。もし、その先に罠が待ち受けていたら一貫の終わりだ。
「ヒロキさん、私の事よりもティナさんを……」
「馬鹿言うな。こんなところに一人、置いていけるか」
「でも、ティナさんがグレイさんと対峙したら――」
「分かってる。ティナの奴は躊躇するだろうな。先を急ぐぞ」
俺はシェリーの肩に手を貸しながら一抹の不安を抱え、ティナの後を追った。
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