第24話 孤高の狼
「(私が、わたしがみんなを助けなきゃ……)」
その思いを胸に『急げ』と私の心がそう叫び続ける。
水路の出口から飛び出すとそこは一面、焼け野原で地面には奴隷だった者達の死体と血だまりが至る所に出来ており、多くの人間が犠牲になったことを彷彿とさせる光景が広がっていた。
「そんな、こんなのって……!」
そして、その先には大勢の兵たちと共にグレイが銃を持ち、奴隷だった者達を横一列に並ばせて私を待ち構えていた。
「グレイ……どうして裏切ったの? 説明しなさいっ!」
「フッ。どうしてか、ですか? 笑わせんのもいい加減にしろ!」
そう言うとグレイは私の目の前で座っていた無抵抗な男を撃ち殺した。血潮がバッと飛び散り、体がドタッと崩れ落ちる。その場には悲鳴が木霊し、ティナは咄嗟に銃を抜こうとする。しかし、その行動をけん制するようにグレイがティナの足元に銃弾を撃ち込んだ。
「おっと、動くな! 銃を抜かれてしまうと折角の『パーティー』が台無しになってしまうじゃないか。銃をホルスターごと捨てろ! でないと――ふふっ」
グレイは薄っすら笑みを浮かべながら銃口を奴隷だった者達に向ける。銃口を向けられた者は恐怖からか身を震わせる。イチかバチかの勝負に出るにはリスクが高すぎる。人質を取られている時点で私には銃を捨てる以外に選択肢は無かった。
「わ、分かった。捨てる! 捨てるから撃たないで……!」
ゆっくりとグレイの要求どおり、ホルスターごと銃を外してグレイの方へと投げ捨てた。その様子に満足げな様子のグレイは笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。――あっ、でも、捨てるのが遅過ぎです」
パンッと乾いた音が再び、その場に鳴り響いた。グレイはまるで、虫を叩き潰すかのように躊躇なく目の前に居た人を撃ち殺す。もう目の前に立つグレイは私の知っているグレイじゃない。私は悲しさと怒りに塗れながら声を荒げた。
「なっ……なんで、こんな事を! グレイ、あなたの目的は何なの!?」
「私の目的? はぁ……分かりませんかね? あなたへの復讐ですよ」
「私への復讐?」
全くと言っていいほど身に覚えがない。グレイと出会ったのは私が公爵だった頃の話だ。だが、公爵時代を思い返しても悪い事をした覚えはこれといってない。理由が分かれば対処のしようもあるが、その『理由』が分からない。
「一体、この私が何をしたっていうのよ! 復讐するなら私にすればいい! この人たちは関係ないでしょ!」
「はっ……笑わせてくれる。しらばっくれるのもいい加減にしろ! お前は俺の家族を私兵を使って惨殺しただろう! だから俺はお前の大切にしているものを片っ端からぶっ壊すし、ぶっ殺す!」
「ちょっと待って! グレイ、あなた何を言ってるの? 私はあなたの家族なんて殺してなんていない! そんな事を『私がしない』ってことは一番、近くに居たあなたなら知ってることでしょ!」
「白々しいっ……! 俺の妻や子どもたちは俺が家に到着する三日前に、お前の手下に殺されたんだ。その証拠だってあるんだぞ!」
「証拠?」
「ああ、お前が出した『殺害命令書』がな!」
鬼のようなすごい形相で私を睨みつけ、彼は私に一枚の書面を突きつけた。その書面には私が公爵時代使っていた家紋の印が押されていた。紛れもなく公文書だ。しかし、私には一切、身に覚えが無い。何よりグレイの家族を殺して私が得になることなんて何一つ無い。
「そんな……私はそんな命令書なんて出していないわ!」
「嘘を付くのはよせ。このリグナーの『印』こそがお前が命令を出した何よりも証拠だ。今更、言い逃れできると思うな!」
「それはきっと捏造された書類よ! だいたい、私があなたの家族を殺したって何の得も――」
「黙れ……もう御託は聞き飽きた。簡単には死なせないから覚悟しろ」
私は反論しようとするが、グレイはそれを良しとしなかった。
銃をこちらに向け、構えた目つきは本気だった。
「(本気で撃ってくる……!)」
抵抗しようにも武器もなく、遮蔽物もないこの状況では私の分が悪い。グレイと私の距離はそこまで開いているわけでも無いし、グレイの射撃の腕は私が一番、良く知っている。例え、初弾を体捌きで避けられたとしても隙でも生まれない限り、2発目は確実に私の体に撃ち込まれる。
「(これは……さすがに終わったわね)」
情けなくも弱気に心でそう呟いた瞬間だった。私の後方からサイレンサーを付けた銃声が数発、鳴り響いた。その弾道はグレイの周辺に飛ぶ。
「なっ……!」
「(……! 今しかないっ!)」
動揺するグレイの隙を突いて咄嗟に投げ飛ばした銃に飛びつき、転がりながら銃を拾い上げた。そして、片膝立ちの状態で銃を構え、トリガーを数回引く。咄嗟の動きだったこともあり、放った銃弾はグレイの右上腕を抉った。
しかし、初弾以外はすぐに後ろに控えていた盾持ちの兵士たちがグレイをカバーするように囲み込んだことで盾に弾かれ、兆弾する。
「(この感覚はやり切れてない――!)」
「クソが!! 撃ち殺せ!!」
グレイの怒号が響くと一斉に兵士たちが防御から攻撃に転じようと銃を構えようとする。まずいと直感的に感じ、身を翻して後方へと駆けた。
「ティナ、急げ!」
「ティナさん! 早く!」
水路の入り口にはヒロキとシェリーが銃を構えて、敵兵に銃を撃たせまいと交互に射撃を繰り返していた。私も姿勢を低くしながら射撃を加えつつ、相手の射線をうまく切って水路の入り口に滑り込んだ。その直後、大量の銃弾が兆弾する音が鳴り響く。
音の大きさが攻勢の強さを物語っていた。
「クソっ! 一旦、水路を使ってここから退こう。このままじゃ、ジリ貧だ」
「……。」
「おい、ティナ! 聞いてるのか? 悩んでる暇はないぞ!」
ヒロキからの痛い言葉を聞きながら私は考えを巡らせる。完全に追い詰められている以上、取れる選択肢は強行突破か、撤退かの二つに一つだ。普通に考えれば、人質を取られている時点で前に進む事はできない、だから引き返すしかない。
だが、相手は私を良く知っているグレイだ。退く素振りを見せれば、さっきのように躊躇なく奴隷だった者達を殺すはずだ。その行為自体が『私をおびき寄せる餌』であることも良く知っている。
「(……それに、このまま彼らを見捨てて水路に戻ったとしてもいずれ、行く当ても無い私たちは簡単に捕捉される。そうなったらヒロキ達は無事じゃすまない)」
二人の姿を見ながら思案を続けたが、私には強行突破しか考え付かなかった。
多少の犠牲を覚悟してでも前に進むしかない。それに今の私は一人じゃない。
「……ここを強行突破するわ」
「おいおい、この状況で? 人数差を分かってるのか?」
「だったら、減らせばいいまでよ。この爆弾を使うわ」
私は背負っていたバックから丸みを帯びた5cm状の黒い球体をゴロゴロと取り出した。この黒い球体の正体は紛れもなく爆弾だ。ただ、普通の爆弾とは異なり、爆弾内部には殺傷能力を高めるために大量の針と爆発力を何倍にも高めるために魔術式が刻印されている。つまり、これは魔術が干渉すると大爆発を起こす『軍用高性能爆弾』だ。
「(これをアイツらの元に打ち込めれば勝機はある。でも、撃ちこんでしまえば最後――あの場に居た人質たちも巻き込むことになる)」
私は『二人を救うか、人質たちを救うか』という究極の決断を迫られていた。
でも、おかしな話で私の心はもう決まっていた。
「二人とも下がって……」
「おい、待て! 今、それを撃ちこんだらあいつ等が死ぬぞ!」
「分かっているわ……」
「ティナさん、落ち着いて考えましょう? 他にも打開策はあるはずです」
「……シェリー。ありがとう。でも、やるしかないの。それ以外に手立てはないわ」
私にとって奴隷たちの解放は悲願だ。ヒロキが止めようとしてくれるのも嬉しいし、シェリーの優しさもきちんと伝わっている。でも、今の私にはこの二人を守り、国外に逃がすこと。それがすべて――いや、違う。
「(……私って馬鹿よね。奴隷を救うだの、なんだのと言っておきながらこの二人こと、心の底から大切だって、守りたいって思ってしまっている。だから、私はやるしかない。綺麗ごとだけで生き残れるほど、甘くはないって知ってるから……みんな、助けられなくてごめん……せめて、私の手で――)」
苦しい心の思いをねじ伏せて水路の外に爆弾を転がし、手を前に突き出して言葉を紡いだ。
「<嵐の風よ・風魔を統べる精霊の理を以て・駆け抜けよ!>」
すると強力な突風が巻き起こり、一気に爆弾が上昇してその場を駆け抜けた。
その直後、眩い閃光が幾重にも広がって爆弾が炸裂する。光が収縮した時、その場で動ける者は盾で辛うじて守られていたグレイしかおらず、一瞬にして形成が逆転していた。
「くそっ、なんでこんな物をもってやがるんだ。リストからは外していたのに……」
「グレイ、もう終わりよ。あなたのミスは『RKAW』のシリアルナンバーを消さなかったことよ。その印字がなかったら私も気づかなかった」
「まさか、銃のシリアルナンバーでこの事態を予測したのか」
「ええ。そうよ。あなたが裏切る可能性をね。……私は否定したかった! でも、こうなったら、もう後には引けないわ」
私は涙を堪えながら至近距離で銃を構えてグレイを見下ろす。
「グレイ、あなたとはこんな別れ方……したくなかったわ」
「そうだな……俺もこんな別れ方になるなんて思ってもみなかったよ」
数秒後、私は静かにトリガーを絞った。彼の表情は撃ち殺されたにも関わらず、安らかで満足そうな表情だった。まるで、この時を待ち侘びていたかのように。
「(……グレイ、安らかに眠って。絶対に私が黒幕を葬ってあげるから。RKAW――リンテルキングダム・アーミーウェポンのシリアルナンバーが供与されているってことはこの国の公爵連中が私を消そうとしているに違いないわ。この攻撃の代償は高くつくわよ。何処のだれか知らないけど、覚えておきなさい)」
私は煮えくり返る思いを胸にしつつ、今はヒロキとシェリーを逃がすのが先だと言い聞かせて彼の死体から離れ、確かな足取りで歩み出した。
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