第25話 コインの裏側

リンテル国の首都、ルニアの最北に位置する王城。

その『王の間』にある一報が届けられていた。


「国王様。報告いたします。王国軍と接敵したティナ・エルテルト・リグナーはかつての従者を殺し、国境を目指しております」

「やはり、あの娘は一筋縄ではいかぬようだな?」

「……申し訳ありません。現在、複数の部隊で追撃させております。捕まるのも時間の問題かと」

「うむ。だが、油断は禁物じゃぞ。帝国へ逃げられれば我が国の機密情報が漏れることになる。何としても捕まえよ」

「はっ!」


玉座に座り、頬杖をしながら報告を聞いていたリンテル国の国王、『マルス・ウィル・ルニア』は眉間にシワを寄せながら伝令兵を下がらせた。


「ティナよ。すまないとは思っている。しかし、情報を持っているおぬしは、王国の敵でしかないのだ。我を許してくれ」


マルスは一人、玉座で手を組みながら天井を見つめていた。



***



王城に伝令が駆け込んだ頃、俺たち3人は帝国へ向けて緑が生茂る道なき山道を登っていた。


「ティナ、どこからが帝国の領土なんだ?」

「この山を登りきったところに砦があるわ。そこを越えれば帝国の領土よ。だけど、妙だわ」

「何が妙なんだ?」

「王国軍がやってこないことよ。グレイの部隊と連絡が途絶して随分、経っているはずなのに兵士たちが山を探し回っている様子も無い。どう考えても妙よ」


確かにティナの言うように王国軍が俺たちを捜索していてもおかしくない頃だ。

それなのに気配すらしない。しかし、これは同時にチャンスでもあった。


「このまま進もう。罠かもしれないって確かに勘ぐることも出来る。だけど、追撃がない今なら、無事に逃げることが出来るはずだ」

「ティナさん、ここはヒロキさんの言うとおり、先を急ぎましょう」

「そうね――」


そうティナが頷いた瞬間だった。


「居たぞっ!!」

「クソ! 王国軍だっ!」


俺達はついに後ろから追って来た王国軍に捕捉されてしまった。一斉に山道を駆け上がりながら確実に迫ってくる王国軍の兵士を撃ち抜いていく。


「まずい……残弾が少ない!」

「こっちもよ! とにかく砦まで行くしかないわ! 走って!」


草木を掻き分けて山頂に到達した俺たちを待っていたのは赤茶色のレンガで建てられた圧巻とも言えるほど大きな砦だった。しかし、その砦の門は固く閉じられており、入ることができない。


「クソ! 閉まってるぞ! どうする!?」

「ここは私が話を通すわ」


ティナはそう言うと俺たちの前に立って大声で叫んだ。


「私はリンテル国、元上流貴族『ティナ・エルテルト・リグナー』! 帝国への亡命を希望する! 直ちに上官に取次ぎを願いたい!」


場がシーンとする中、後方からは確実に王国軍が迫り来る音が近づいてくる。

このままでは俺達は亡命前に取り押さえられてしまう。


「(頼む、早くしてくれ……!)」


そう俺が願う中、帝国軍の指揮官らしき人物が城壁上に現れた。

その男はまるで幾つモノ戦いを生き抜いてきたと思わせるほどの巨漢で右頬には何かで斬られた様な古傷が残っていた。俺たちを見る深き黒の眼光はまさしく、戦士そのもだった。


「リグナー殿! 残念だが貴殿の申し出は受け入れられない! 貴殿を受け入れれば我が国は王国と戦争に発展し、無垢な民の血が流れることになる! そのような事態は何としても避けなくてはならない」

「そ、そんな……私たちはここまで命辛々で逃げてきたのよ!」

「リグナー殿。力になれず申し訳ない。どうかお引取りを。以上だ!」


そう言い切るとその男は赤いマントを翻し、奥へと消えて行った。

それと同時にパッと見る限り、50人近い王国軍が迫ってくる。


「二人とも……ごめんなさい。もうここまでよ」

「ここまで来て、こんなところで諦められるか!!」


俺は怒りのままに砦の通用口へ移動し、持てる残弾を扉に向かって撃ちまくる。

しかし、無情にも通用口の扉は撃ち抜けなかった。その様子を見ていたティナは悲しそうな表情でこちらを見る。


「ヒロキ、もうやめて。帝国の筋は通っている。彼らが砦から出てくる事はないわ。だから、その砦から離れて。……でないと私たちだけじゃなく、無関係な人にまで被害が及ぶことになるわ」

「ちきしょう……。なら、仕方ないな」

「ヒロキさん!? ちょ、ちょっと何を――!」


俺はシェリーに抱きついてホルスターから銃とマガジンもあわせて抜き取る。そして、俺はぎゅっとシェリーを力一杯、抱きしめて酷く落ち着いた声で囁いた。


「シェリー、行け。お前だけでも生き残れ」

「えっ? な、何を言ってそんなの嫌っ――」

「イヤでも行けっ! 奴らの目的は公爵を殺した『俺の命』だ」


風が吹き抜ける中、俺は目を細めてティナに視線を向ける。


「(ティナ……お前に託す。あとの事は頼んだぞ)」


ティナはその意味を理解したのか頷き返し、シェリーの手を掴んだ。


「さぁ、行くわよ!」

「なんで!? 嫌っ! 嫌だってば! ティナさん放して!」


その光景を前に俺の眼からは自然と涙が溢れそうになっていた。

恐怖からか、悲しさからかは分からない。だけれど、ここでやるべきことは一つ。


少しでも迫ってくる王国軍をひきつけて二人を――シェリーを逃がす。


迷いを捨てるように涙を拭った俺はマガジンを入れ替えて素早くコッキングし、迫り来る王国軍に照準を合わせる。


「駄目っ……! このままじゃ、このままじゃヒロキさんが死んじゃう!」

「馬鹿言わないで……!! ヒロキはあなたのために命を張る決断をしたの! 誰にでもできることじゃない。あなた、ヒロキの思いを無駄にするつもり?」

「嫌っ! 嫌だ……私は……わたしは――!」


未だにシェリーが泣き叫ぶ声が聞こえるが、俺には後悔はない。

この選択にどれほど意味があるのか、俺には分からないが、それでも神への復讐よりも『好きな女の子を守りたい』という思いに嘘偽りはない。


「王国軍ども!! あのクソ野郎を殺したのは俺だ!」


そう叫びながら向かってくる迫り来る兵士に撃ちまくる。先頭を走って追ってくる人間を何人か打ち倒すが、敵の数があまりに多すぎる。俺は咄嗟に身を翻してティナたちとは逆方向へと走り、注意を引き付けて森の中へと逃げ込んだ。


森の中は日差しが通らないほど鬱蒼とした木々が生えていて、身を隠す場所も多い。いくら数に任せようともこれならばいけるかもしれないと思いつつ、木の裏に身を隠す。だが、突然パシューンと風を切る轟音がなり響く。


「なっ……!」


気付けば目の前にあった木が半分ほど抉られていた。確実に俺の位置を掴まれている。この状況では撃ち抜かれるのも時間の問題だ。慌てて俺が奥へと逃げ始めるとパパパッと弾をばら撒く音が聞こえ、周囲に銃弾の雨が降り注ぐ。


「くっ、そんなのありかよ!」


俺は必死に奥へ奥へと逃げる。しかし、ジャングルとも言える程の山中を逃げる体力は尽きそうになっていた。精神的にも絶え間なく鳴り響く銃声で狂いそうになって来る。被弾していないことが唯一の救いだ。


「はぁはぁ……くっ、まだやられるわけにはいかない……」

「フッ……やっぱり、お兄さんはカッコいいね」

「誰だ!?」


背後から聞こえた声に恐怖を感じて振り返り様に銃を抜く。しかし、黒きマントを羽織った赤毛の青年は銃を握った俺の手を両手で掴み、グッと引き寄せて腹部に膝蹴りを入れる。


「ぐはぁ……!」

「あ~あ~やっぱり。本当に近接戦闘はまだまだヒヨっ子だね? お兄さん?」

「っ……! お前は!」


俺を意図も容易く制圧した赤毛の垢抜けない青年。

その正体はグレイの下っ端のように動いていたリドだった。


「その節はどうも」

「っ……お前も王国軍の手先なのか?」

「いいや、違うよ? まぁ、あんなことがあったんだからそう思われても仕方ないか」


リドはそう言いながらも楽しそうにニッコリと笑みを浮かべる。彼が何者なのか、俺には全く想像が付かない。疑いの目を向ける俺に対してリドは前方を気にしながら、しゃがみこんだ。


「時間がないけど、改めて正式な自己紹介を。僕は帝国魔術師団、隊長のリード・アステルク。君たちを救いに来た帝国の番犬さ」

「……帝国? 帝国は俺たちを受け入れないってさっき……」

「うん、公式にはね? さっき、ウチの騎士団長が言ってたでしょ? 「受け入れたとなれば王国と戦争になる」って。要はバレずに匿えばいいってわけ」

「それってつまり――!」

「静かに!」


俺が深く聞こうとしたところで彼はグッと俺を地面に引き倒す。前方を見やれば酷く警戒した王国軍がそろり、そろりと森の中を進んでくる。その動きは洗練されているかのように無駄がない。


その動きを見たリド――いや、リードは黒の手袋を交互にはめ、頭の脇でグルグルと人差し指を回した。そこから数秒後、リードは小声で喋り始める。


「副長。敵の数は?」

「多くはありません。こちらに51人.ターゲットの方には34人が接近中です」

「そうか」

「(いつの間に……?)」


突如、後方から現れた小柄な少女に思わず、腰を抜かす。完全に接近されたことにきずかなかった。音もなく俺の後ろに現れたのだ。泡を食らったような表情で二人を見ているとリードはその少女に命令を下す。


「副長、各隊に一斉連絡。当初の予定通り、森に入った王国軍を殲滅せよ。この森から何があっても生きて返すな」

「了解。各隊へ。作戦を開始せよ。繰り返す。作戦を開始せよ。では、隊長もご武運を――」

「ああ。ナータシャ、お前も気をつけてな」


冷たいほど透き通った青きロングヘア―の少女――『ナターシャ』は瞬時にこの場から去っていった。彼女の存在が消えるとリードは鼻の前で人差し指を立てて、静かにするように俺へと指示を出しながら左手を開いたまま、前に突き出しゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


「<歌え・歌え・灼熱の業火よ・罪科たるかの者らに・死者の沈黙を響かせよ――」


言葉を紡ぐにつれてリードの左手前方に赤い六芒星が描かれ、魔術紋が浮かび上がってくる。


「燃えて・燃えて・燃え尽きよ・燃え尽きる身と罪とともに・烈火の如く踊り狂え・レストインプレッション!>」


そして、紡ぎ切った瞬間、リードは開いていた手をグッと握った。

それと同時に前方から苦しむ声とドタッと何かが倒れる音が次々に聞こえ始める。

恐る恐る、木の隙間から向こう側を見るとそこには追ってきた王国軍の兵士が苦しそうな表情のまま、死んでいた。


「……まさか、今の魔術で全員殺ったのか?」

「効果の範囲内に居た敵はね? ――というか、まぁ、全員なんだけど」


あまりの一瞬の出来事で目を疑う。これだけの力を見せられれば異次元の力を持つ男だということがよくわかった。目の前で起こったことに唖然としている俺を他所にリードは耳元に手を当てる。


「うん、了解。こっちも引き上げる。……どうやらあっちも戦闘が終了したみたいだ。ほうけてないで行くよ」

「行くってどこに?」

「そりゃあ、ティナ様とシェリーさんの所? ――というか、帝国に、だけどね?」


リードはそう言いながら俺に手を差し出したのだった。



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