第26話 帝都

リグラス帝国の帝都『アルラス』。


海と岩肌に守られた大きな海城はアルラスのシンボルであり、皇帝『デレク・アーサー・ブラッド』の威厳ある居城だ。その謁見の間に今、吉報が持たされていた。


「陛下。報告いたします。魔術師団のリードが目標を確保しました」

「そうか! よくやった! ようやく我が帝国にツキが回ってきた。速やかにティナ・エルテルト・リグナーを帝都へと連れてこい! 何があっても逃がしてはならんぞ!」

「はっ!」


部下にそう命じた『皇帝』は不敵な笑みを浮かべた。彼は幾重もの戦いを潜り抜け、自らの力で皇帝にまで上り詰めた恐ろしい男だ。ゆえに彼の表情を見たその場の者は『これから良くないこと』が起こると恐怖で震え上がった。


***



それと時を同じくして、俺たちはリード率いる帝国魔術師団に守られながら馬車で帝都に移動していた。何でも皇帝が直々に俺たちの到着を歓迎したいらしい。


しかし、俺たちの雰囲気は窮地を脱したというのに湿っぽいままだった。その原因は俺がシェリーとの『約束』を破ったからだ。


「なぁ、シェリー。さっきのことは悪かったって思っている。でも、あの場じゃ、ああするしかなかったんだ」

「……そんな謝り方、最低です。その言い方、自分が悪いなんて思っていないんですよね?」

「いや、そんなことは――」

「もし、あの場ににリードさんが来なかったらヒロキさんは死んでいたんですよ? あの基地で『約束した言葉』は嘘だったんですか? 今回はたまたま運が良かっただけで本当は死んでいたかもしれないんですよ?」


俺はそれに対して何も言い返せなかった。彼女が言っていることそれがすべて正しかったからだ。だけど、俺はあの決断をしたことに対して後悔はない。あの場であの決断を下せなければ3人とも死んでいた。なにせ、俺らは帝国魔術師団が陰で動いていたことを知らなかったのだから。


それでも『お互いを守りあう約束』を破った俺が悪いことに変わりはない。


「……ごめん。本当にごめん」


シェリーは何も喋らず、そっぽを向く。

そんな俺たちの様子にティナはため息を吐いた。


「シェリー? ヒロキも頭下げて謝ってるんだから許してあげなさい? そんなにカッカしていたらシワシワのおばさんになっちゃうわよ?」

「部外者は黙っててください。余計なお世話です!」

「ぶ、部外者って――はぁ……」


完全に拗ねてしまったシェリーを前にティナは『お手上げ』と言わんばかりに手を上げ、首を左右に振る。今はそっとしておいた方が良さそうだった。


「(何か仲直りできる方法を考えておいたほうがいいかもな……そう簡単にいくとは思わないけど、ティナにでも相談して――ん?)」


ティナへ目線を向けたとき、また爪を噛みながら何かを思案するように車窓の外を眺めていた。仲直りの方法でも考えてくれているのかと一瞬、頭を過ったが、遠くを見つめていて、ひどく嫌な予感がした。


「ティナ、どうかしたのか?」

「えっ? あ、いや何でもないわ。少し――その、帝都ってどんな場所だったかと思って。公爵だった頃は王国の使者として来ていたんだけど、ここ最近はご無沙汰だったから」

「王国の使者か。すごいな。……というか、そういうのも公爵のお役目なんだな?」

「ええ。そうよ。他の国だと外交官や大臣なんていう役職の人がいるけど、王国の場合は公爵家がそこら辺の役職を担っているの。だから、公爵だった頃はいろいろと苦労したわ」


ティナは公爵だった当時を思い出しながら車窓の外を指さした。


「見えてきたわね。あれが帝都『アルラス』。海の上に立つあの城こそが『冷徹皇帝』のいる居城よ」

「冷徹皇帝?」

「ええ。民間人から成りあがった切れ者よ。それだけヤバい奴ってこと」


馬車は街道から街中の大通りを通って城へとつながる橋を通り、城門を抜けると道は円を描くように少しずつ城へと近づいていく。おそらく、敵に侵略されにくくさせる仕組みなのだろう。それだけでもすごいのだが、城壁の上には銃座のようなものが所々につけられている。


「すごい警備体制だな……少し怖くなってくる」

「無理もないわ。数時間前の出来事を考えればね。でも、帝国と敵対関係にならない限り、問題はないし、ここは安全よ。なにせ王国と帝国は戦争し合っている仲なんだから」

「せ、戦争!? 帝国と王国って戦争しているのか?」


俺が驚いたように食らいつくとティナは窓に肘を付いて呆れたと言わんばかりの表情を向けてくる。


「そうよ、今は停戦中だけどね? そうでもなきゃ、『帝国に逃げた方が良い』なんて言うわけないでしょ? 味方が敵になったら敵を味方にすればいい。それだけのことよ」

「でも、それだとティナの身が危ないんじゃないのか? 元公爵なんだし……」

「確かにそうね。でも……」


ティナは自分の側頭部を人差し指でトントンと叩く。


「ココの――特に対面での化かし合いなら負けない。だから、心配はご無用よ」


笑みを浮かべながらティナはそう語った。正直、ティナの言葉がどこまで本気なのか、俺にはわからない。ただ、この場所ならば王国に追われることもなく、シェリーと共に生活を営むこともできるかもしれないと俺はそう思っていた。



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