第27話 賭け引き

「陛下。ティナ様一同を連れてまいりました」


帝国の居城――皇帝が鎮座する謁見の間に俺たちはリードによって案内された。

俺たち三人は片膝をつき、首を垂れる。


「皇帝陛下、お久しぶりです。もう3年ぶりでしょうか?」

「ああ。王国との和解交渉以来だな。ティナ・エルテルト・リグナーよ。歓迎するぞ?」


皇帝が手を挙げるとリードが瞬時にティナに向けて銃を構えた。


「動くな。動けば撃つ。君らも同じだぞ」


俺たちをけん制するようにリードは鋭い目線を向ける。

その鋭さに俺たちは微塵も動けない。動けばリードは間違いなく撃つつもりだ。それがわかるほど強い殺気を感じ取っていた。しかし、こんな状況でもティナはリードから向けられた銃口に目を向け、強かに薄ら笑みを浮かべていた。


「陛下? 一体、これは何のおつもりで?」

「お前は元公爵とはいえ、我が帝国の敵だ。亡命など望めると思っていたのか?」

「ふっ。アハハハハ! あ~あ~面白い」

「陛下を笑ったな! 貴様――!」


リードは引き金に手を掛ける。しかし、ティナはその銃口から身を一つ外してリードの下に潜り込み、組手で銃を奪い取って銃を向け返す。


「軽率ね。私に銃を向けるなんて百年早いわ。たかが、あれしきのことで感情が高ぶって迂闊に近づくなんて基本もなってない。これが新しい帝国魔術師団の隊長と聞いて呆れるわ」

「くっ……」


だが、ティナは銃でリードを撃たず、コッキングをする要領で弾を抜き始める。その場にはカラン、カランという薬莢が落ちる音が木霊する。皇帝もまさかの事態にど肝を抜かれていた。


ティナはその様子を見て好機と踏んだのか数歩、皇帝へと歩み寄る。


「陛下。私は敵国の――いわば、元上官。だから、あなたの望む答えを用意できる」

「ふっ、俺が望むのはお前の命だぞ?」

「ご冗談を。それならば最初からこの男に『撃て』と言えばよかっただけのこと。銃を向けるだけに留めたのは、私に利用価値があるから。だから、あなたは私を殺さない。違いますか?」

「ほお? そう来たか。ティナ・エルテルト・リグナー! やはり貴様は只者ではないな フハハハハ!」


皇帝はひとしきり笑った後、ティナに対してひどく冷静な声で言った。


「よかろう! お前たち『三人』の亡命を認めようぞ。ただし、ティナよ。お前には王国への道を開いてもらうぞ?」

「はい。ありがとうございます。……ですが、最後に一つ」

「なんだ? 言ってみろ」

「もし、この二人に指一本でも触れたら……条件は帳消しにさせてもらいます。それだけはご覚悟ください。さぁ、二人とも行くわよ」


ティナはギッと皇帝をにらみつけると俺たちにそう声を掛けた。その『脅し』はさながら、火薬庫の中を火をつけて歩くかのような雰囲気を醸し出していた。



***



「やはり、あの女は面白いやつだ。こちらの条件を飲みながら俺の動きを一言で封じるとはな」


ティナたちが居なくなった謁見の間で顎に手を当てて、皇帝はほくそ笑む。だが、その目線は鋭く厳しい。その理由は紛れもなく謁見の間に取り残されたリードが原因だった。


「それよりもだ。貴様、帝国の魔術師団の隊長でありながら我によくも恥をかかせてくれたな? ああも簡単に銃を奪われおって!」

「大変申し訳ありません。女性相手でしたので、その――」

「黙れ、言い訳など要らん! 早く王国へ進撃する部隊の編成をしてこい! この無能が!」

「……か、かしこまりました」


すこぶる機嫌が悪い皇帝を前に僕は逃げるように謁見の間から去った。今回の失態はデカいが、僕にとって皇帝の罵倒はいつもの事でどうでも良いことだった。ここまで苦しい思いを耐え抜いてきた理由は今日のためだったのだから。


「(急がなくては――)」


皇帝の意向を伝達すべく詰め所へ戻ろうと廊下を進んでいくと幼馴染であり、僕の右腕であるナターシャが待っていた。


「リード? また皇帝に怒られたの? ここまで怒鳴り声が聞こえてきてたよ?」

「いつもの事さ。なんてことない。それに僕たちの目的がついに叶う時が来たんだ」

「えっ? それって……」

「ああ、遂に復讐の時が来たんだ――帝国魔術師団、ナターシャ・エルネス副長に命じる。皇帝陛下よりリンテル王国への出撃準備命令が下った。直ちに部隊の編成を行え!」

「……はっ、承知しました。隊長」


ナターシャはその言葉に目線を鋭くして駆け出して行った。

彼女と僕、リード・アステルクの目指すこと。それは十年前、僕らの家族を殺した王国をぶっ潰すこと。そして、その頂点に君臨する王の喉に剣を突き立てることだ。


「俺たちの悲願はそこまで来ている。必ず、やりとげてみせるからな」


確かな足取りで覚悟を秘めたリードは詰め所へと向かって行った。

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