第28話 深い亀裂

皇帝との謁見が終わった俺たちは城の一角にある客間に案内された。

客人としての待遇をしてくれるらしく、夜には晩餐会を模様してくれるらしい。


「最高に見えて最悪ね。要は逃げないための首輪じゃない」

「でも、もう軍におびえる必要はないし、ひとまずは安心だろ?」

「まぁ、それは……そうね」


ティナはその場で大きなあくびをしながら右側の扉に手をかけて振り向いた。


「まだ昼だし、晩餐会までは時間があるから私は寝るわ。あなた達も今のうちに寝ていた方がいいわよ。あっ……そっちの部屋はあなたたちにあげる。じゃあね」

「あげるって、おい!」


ティナは少しほくそ笑んだように部屋へと消えていった。

きっと、これはティナなりの気遣いだったのだろうが、今の俺たちには逆効果だ。


「……じゃあ、交代しながら眠ろう? その……シェリーが先で良いよ?」

「ではお言葉に甘えて。先に寝ますね」


シェリーはまるで事務連絡をするかのように話すとスッと動き出す。


「シェリー? その……まだ怒ってるよな?」

「……怒ってますよ。すごく、すごく怒ってます」

「どうしたら許してくれる?」

「そんなこと、自分で考えてください」


バンッと扉が閉まる音だけが客間のリビングに響き渡る。

それと同時に後方の扉が開き、ティナが慰めるようにトントンと俺の肩を叩いた。


「まぁ、そう簡単には行かないわよね? 女心ってやつはむずかしいから」

「なぁ、ティナ。俺は……どうしたらいい? このままじゃ、俺……」

「ふふっ。ヒロキってホント、初心よね?」

「うるせぇな……しょうがないだろ! こんな経験したことないんだから……」


そう弱腰に言うとティナはやれやれといった様子で俺と後方の扉を見比べて、にやりと笑みを浮かべた。


「じゃあ、私の部屋で作戦会議するわよ。酒のつまみにはちょうどいいわ!」

「お、おいっ……引っ張んなよ! しかも、酒のつまみって! 夜に晩餐会がある事、忘れたのかよ!」

「硬いこと言わない。恋バナにはお酒よ! ほら、いいから早く来る」


半ば無理やり、ティナの部屋に押し込まれた俺は部屋にあったテーブルセットの前に座らせられた。そして、ブランデーを注いだグラスを片手にティナが話を切り出す。


「で。一体何があったの?」

「何があったって……見たまんまだよ」

「そういうことじゃないわよ。あなた達、ただの喧嘩をしてるように見えないわよ? 見ていれば何となくだけどわかるわ。シェリーのあの怒り方、明らかにただ事じゃないでしょ?」

「……お見通しか」

「ええ。お見通しよ。大人しく吐いてスッキリしちゃいなさいよ」

「はぁ……俺が『約束』を破ったんだ」


俺はまたティナに問い詰められて、事情をしゃべった。

ティナにはどこか話しやすいようなお姉さん的雰囲気がある。それ故に俺は話したくなってしまうのだろうか。自分でもよくわからない。


「へぇ~? 甘酸っぱいわね、最高じゃない!」

「どこが最高なんだよ。ろくに話もできない状況だっていうのに……」


信用して話したにも関わらず、笑われてしまった俺は自棄になって置いてあった空のグラスにブランデーを注いでグイッと飲み干した。


「お? いくわね」

「……当たり前だ。自棄にならずにいられるか! 俺はシェリーを守りたかっただけなんだ。それがこんな結果になるなんて……」

「まぁ、それだけの約束を破ったのなら無理もないわね。でも、それで良かったんじゃない?」

「えっ? 何が?」

「結果的にヒロキはシェリーと喧嘩することなったかもしれない。けど、もしも、あの場でヒロキが何もしなかったら今頃、私たちはどうなっていたか分からないわ。それにそれだけ怒ってくれるってことはそれだけ思ってくれているってことでしょ?」

「……どうだろうな? そればっかりはシェリーにしか、わからないからな」

「ご最もな回答ね。まぁ、いいわ」


ティナはそう言ながらグラスをテ-ブルに置いて俺の手を握って顔を近づける。


「別に解決を焦る必要はないわ。あなたがあの子を思うように、あの子もあなたを思っている。だから、あなたが誠意を見せればきっと、あの子は振り向いてくれるわよ」


そして、ティナはグイッと俺の手を引っ張って立たせて足をひっかけて、ベッドに押し倒した。


「な、なんだよ……お前、酔っぱらいすぎだ……!」

「……ふふん、案外、こっちの経験も初心なの? もうここまで来て何をするのかなんて野暮なことは言わないわよね?」

「おいおい、冗談だろ!?」

「酔いの勢いよ。大丈夫――悪いようにはしないから」


その瞬間、部屋の外からドタッと何かがぶつかる音が聞こえた。


「ね? 悪いことじゃなかったでしょ? あなたはそれだけ思われてる。今の音が証明よ」

「……なぁ、ティナ。今ので一つ気づいたことがあるんだ。一つ頼んでもいいか?」

「何? この続きでもする?」

「まじめな話だ」

「あら、残念。で、頼みって?」


俺はティナにある事を一つ、頼んだ。その言葉を聞いたティナは「覚悟ができたのね」と一言、言って俺の頼みを受け入れた。

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