第29話 晩餐会

日が暮れ、帝国での夜が幕を上げようとしていた。

俺はタキシードに身を包み、晩餐会へと参加する用意を整えていた。


「さぁ、そろそろ時間ね。行くわよ」

「ああ。というか、ティナは何というか、その……気合入ってるな?」


ティナは青のドレスに身を包み、緑の宝石がはめられた首輪をつけた簡素なコーディネートだが、素がいいだけにすごく際立っているように見えた。


「そこは『綺麗』だとか、『可愛い』とかほめる言葉を言う場面でしょ?」

「ああ。悪い。綺麗だと思うよ」

「そんな取って付けたように言われてもね? まぁ、いいわ。シェリー? 準備できた?」


ティナはまんざらでもない様子でシェリーがいる部屋の扉をノックする。


「はい……」

「ふふん。ヒロキ、シェリーの姿、どう思う?」


そう言いつつ、控えめに扉を開けて出てきたシェリーは薄ピンク色のドレスに身を包み出てきた。こういう場に慣れているティナがコーディネートをしただけあって、その姿はまさしく、『お姫様』そのものだった。


「すごく可愛い……よく似合ってる」

「本当ね。これじゃあ、私よりもシェリーの方が目立ちゃいそうだわ」

「ぁ……えへへ、ありがとうございます」


そんな言葉とは裏腹にシェリーは相変わらず、俺とは視線を合わせようとはしない、その様子にティナは薄ら笑みを浮かべつつ、爪を噛む。そして、『仕方ないわよ』と言わんばかりに俺へと視線を送りながら俺たちを晩餐会の会場に連れ出した。


晩餐会が催される大きな会場は様々なドレスコードをした老若男女であふれかえっていた。さすがは皇帝主催の晩餐会といったところだ。


「すごい人の数だな」

「それも当然よ。城内で執り行われる規模の晩餐会ともなれば国の中核を担う者や国内の領主、それから主立った商人なんかも参加する催しものよ。権力をかさに着たい人間で溢れかえってる。でも、皇帝の狙いは違う。これは私を張り付けにするための事前準備よ」

「事前準備? どういうことだ?」

「まぁ、いずれわかるわ。それよりもヒロキはシェリーの事を心配した方がいいわよ。これだけの人間が集まっている以上、女性目当てで寄ってくる輩もいるんだから」


ティナはそういうと懐から『ある物』を取り出し、俺に差し出した。


「はい。頼まれていた物よ。……ったく、たまたま知っている商人がいたからよかったけど、手に入れるの大変だったんだから。この貸しはデカいわよ? お代は付けだからね?」

「ああ、わかってる。ありがとうな」

「どういたしまして。さぁ。ここから本番よ」


そう言い、ティナは正面上方を鋭い眼差しで指さす。

その方向を見れば2階に皇帝の姿があった。その姿に気づいた者たちは上を見上げ、皇帝の言葉を今か、いまかと待ちわびるように注目を注ぐ。その数多の視線を受け、満を持したように皇帝は前に一歩踏み出す。


そして、そのタイミングと同時に俺たちの元にスポットライトが当たった。


「臣下臣民の諸君。今日はよくぞ集まってくれた。今宵はリンテル王国に長年仕えたティナ殿が祖国を追い出され、亡命なされた悲しき日である。だが、明日からは彼女の力こそが我が帝国の繁栄のカギとなり、悪しき国が滅ぶ標になるであろう。今日はその祝いの宴だ。短き夜ではあるが、存分に楽しんでくれ」


拍手が沸き上がる中、多くの人がこちらを見てティナの元へと殺到してくる。


「はぁ……ほら来た。体の良い監視員たちのお出ましよ。秘密裏に、かつ大々的に私たちを逃がさないための保険ね。要は逃げてもいいが、これだけの臣民がお前らを見ているぞって言うメッセージよ」


あっという間にティナの周りには人が群がる。その目的は人それぞれだろうが、多くの人間は皇帝との深き繋がりを求めての事だろう。あれだけの演出を加え、敵国の元大臣クラスの人間を紹介したのだからこの反応は必然だった。


「よくも悪くも皇帝の術中というわけか」

「……ヒロキさん。その――あっ……いえ、何でもありません」


シェリーは急に何かを言いかけたが、何も喋らないまま手に持ったシャンパンを口に含む。その悲しげな様子を見ているとひどく胸が締め付けられる。


「あ、あのさ、シェ――」

「お嬢さん? おかわりのシャンパンはいかがですか?」

「えっ? あ、ありがとうございます」


話しかけようとしたとき、そこには金髪のイケメン君が立っていた。その男は腰に長剣を差し、いかにも王子様気取りでシェリーの手を取り、掌にキスをする。


「な、何してんだ!」

「フッ、何と言われてもね? このかわいらしいお姫様が悲しそうな顔をしていたから交流を深めているだけだよ。初心な少年」

「……ふざけんなっ! 手を離せ!」

「へぇ? 僕に手を出すつもり? この『ウィルク・アーサー・ブラッド』に!」

「アーサー・ブラッドってお前、まさか――!」

「そうさ、僕は皇帝の息子、継承権第一位の王子だ。庶民ごときが私を軽々しく呼ぶな! この下民がぁ!」


咄嗟に右ストレートが俺の顔面に飛んでくる。決して防げないスピードではなかったが、あえて俺は殴られた。その場が一気にざわつくが、こんな大衆の面前で戦いに発展すれば関係のない人まで巻き込んでしまう。だからこそ、俺は痛みに耐え、必死に自分の理性を保った。


「……くっ」

「はっ! 雑魚が! せっかくの気分が台無しじゃないか。さぁ、お嬢さん。こんな馬鹿は放っておいて、あちらでゆっくりと飲みなおしましょうか?」


そう言いつつ、シェリーの手を掴んで連れて行こうとしたが、シェリーはその手を弾き、王子の顔をフルスイングで叩いた。会場にはどよめきが上がる。


「気安く触らないで! 庶民を蔑む人と交わすお酒はありません!」

「この女……私の顔を叩いたな? 声を掛けてやったのになんだその態度は!!」


王子が怒りのままに手を振り上げ、握りこぶしを振り下げようとする。


「そこまでよ――!」


しかし、その拳が振り下ろされることはなかった。

ティナが王子に銃を突きつけたのだ。そして、ティナは俺に言った。


「よく我慢したわね。もう大丈夫。ここからは私に任せて」


だが、そんな言葉とは裏腹に護衛の兵士たちが俺たちの元に殺到してくる。

身を守るために腰に巻き付けたホルスターに手を掛けるが、その様子にティナは首を横に振って薄ら笑みを浮かべる。


「こいつらはやはり、所詮は敵国の士官だ! 差し詰め、私か皇帝を殺しに来たのだろう。銃を向けているのが、何よりの証拠だ。こいつらを捕らえろ!」

「アハハハハ! ばっかみたい!」

「何を言っている! この刺客風情が――冷たっ!?」


王子がしゃべっている中、ティナは銃のトリガーを引く。すると同時に銃口から水が噴き出し、王子の顔面に当たった。


「最近は帝都の中でも『皇帝の軍事教育』がよく行き届いているらしいいですよ? さぁ、みんな? 王子様が相手してくれるって!」

「えっ……? あ? おいっ! やめろぉ――!」


次の瞬間、大勢の子供たちが四方八方から王子に水鉄砲で攻撃し始めた。

そして、ティナは2階にいる皇帝に対してキッと視線を送る。すると、皇帝は立ち上がり笑い出した。


「フハハハ! 良きことではないか! ウィルク、しっかりと相手してやれ。それも次期皇帝の役目ぞ」

「ち、父上……! そ、そんなことがあるわけ――ぬわぁ! やめろ!」


茶番のような状況に会場全体がほくそ笑んで、会場全体の緊張がほどけていく。

そんな状況の中でティナは顎で『今のうちに』と合図を送ってくる。


「シェリー、ちょっと話がある」

「えっ……?」


俺はシェリーの手をつかみ、バルコニーへと手を引っ張った。外に出るとそこは水平線まで続く海が月明かりに照らされている。静かな闇の中、海のさざ波が静かに聞こえ、自然と心が落ち着きを取り戻していく。


「……私に話って何ですか?」


互いの呼吸が聞こえる静かな場所だけに、居づらくなったのかシェリーが顔を背けつつ横目で俺を見る。


「シェリー。その、あの時は約束を破って済まなかった。でも、俺はシェリーを守りたかったんだ。それに嘘偽りはない。それは……わかってくれるか?」

「……はい。でも、私は……ヒロキさんと共に在りたかったんです。もう一人ぼっちになんてなりたくなんてなかった! それなのに……。もう私にはヒロキさんを失ったら何もないんですよ!」

「ごめん……本当に、本当にごめん。それは俺だって分かっていたはずなのに……」


俺は涙ぐむシェリーをぐっと抱き寄せる。夜風が冷たいからお互いの体が重なり合うとその温かい体温がじわりと伝わってくる。


「(お互い、最初から分かっていたことだ。心の傷を背負って生きることがどれだけ難しくて苦しいことなのか。それでも……今なら自信をもって未来に進める。悲しい過去や苦しい思い出は決して忘れられない。それでもシェリーと一緒なら全て薄めて笑い合える――そんな関係をきっと築けるはずだ)」


俺はそっとシェリーを抱く力を緩め、胸ポケットに手を伸ばした。


「シェリー、間違いばかりの俺だけど……これからは何があっても二人で乗り切ろう。仮にそれがどんな困難でも俺は君を守る。だから、シェリーも俺の事を近くで守ってほしい」

「これって……」

「これが、俺の見せることができる『最大の誓い』だ。シェリー、俺と結婚を前提に付き合ってほしい」


そう言って俺は指輪をシェリーに見せた。その瞬間から一気に時間の流れが止まった。静かな夜が一段と静寂に包まれる。


「(こんな言葉だけじゃ、やっぱり無理かもな……。あんな喧嘩の後だし、こんな思い付きみたいなプロポーズじゃ、受け入れてくれるわけがないよな)」


夜特有の冷たい海風が二人の頬をかすめていく。

悪い予感だけが俺の頭を過る。


「絶対に約束……ですからね? 本気に……しちゃいますからね?」


シェリーは涙で頬を濡らしながらやさしい笑顔で俺を抱きしめる。それに答えるように俺もシェリーを抱きしめ、そっと左手の薬指に指輪をつけた。

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