第30話 幸せの二人
バルコニーから戻ってきた俺とシェリーの指には緑の宝石が埋められた指輪が光り輝く。その姿を見た瞬間、ティナは駆け足で俺たちに歩み寄り、ギュッと抱きしめた。
「二人ともおめでとう!」
「ありがとう。ティナ。こっちは大丈夫だったか?」
「ええ。子どもたちのおかげでね。あの王子、いいザマだったわ」
「アハハ……でも、あれはさすがにやりすぎだったんじゃないか? 恨みを買わなけりゃいいけど」
「……まぁ、買ったら買ったでその時はその時よ。さぁ、部屋に戻って3人で飲み直すわよ」
ティナは苦笑いしながら俺たちの背中を押す。こうして修羅場と化した晩餐会は子どもたちの活躍もあり、何事もなく終わった。
その夜、俺たち3人は部屋に戻ってから散々、飲み明かした。いや、正確には祝賀気分になったティナが強引に酒を勧めたというべきだろうか。そのせいもあってシェリーはある程度、お酒が進むとテーブルに身を預けて酔いつぶれてしまった、
「もう離しません……ンフフ……」
「この子、どんな夢を見てるのかしら?」
「さぁな? 俺にも分からないけどきっと、幸せな夢を見ているんだろう」
ウィスキーの入ったグラスを片手にシェリーの頬をツンと触れるとほくそ笑む。その姿は純粋で無垢だ。そんな姿を見たティナもブランデーを飲みながら笑みこぼす。
「フッ、そうね。……何というか、今ならあなたがこの子を好きになったのもわかる気がするわ」
「なんだよ。急に」
「いや、何というか……。まだ行動を共にしてそんなに長くないけど、あなたたちを見ていると二人ともすごくよく似ているのよ。融通が利かないところとか、他人の思いを大切に行動しようとするところがね」
「悪かったな。融通が利かなくて」
「別に悪いって意味で言ったわけじゃないわよ? それだけ芯を持っているって言いたいの。どれだけ相手の事を信頼していても嫌いだって思う一面はあるでしょ? それなのにあなた達と来たら、ぶつかっても折れずに相手の事をすごく心配してるんだもの。すごいなって純粋にそう思っただけよ」
ティナはそう言いつつ、酒をグラスにつぎ足し、グイッと飲み干す。
確かに俺とシェリーの関係は外から見たらそう見えるものなのだろう。もちろん、その関係に発展できたのもすべてお互いの過去があってこそだ。過去が無ければこんなにもシェリーが好きだと思うことなどできなかっただろう。
「まぁ、確かにある意味じゃ、異常なのかもな。でも、嫌いだって思える一面があっても俺は『それを好きになる』だけだからな……」
「えっ? どういうこと?」
「いや、結局さ……嫌いだって思う一面だってシェリーの一部だろ? なら、それも好きになっちまえばいいだけのことかなってさ。……今回の喧嘩だって正直、そこまで怒る事なのかって思ってたんだ。でも、シェリーにとっては意志確認のようなもので、強い覚悟みたいなものがあったと思う。だからさ……その、うまく言えないけど好きになるって、そういう心の通わせ合いなんじゃないかな?」
「まぁ、そうなのかもね。でも、その言い方じゃ、タダの惚気話に聞こえてくるんだけど?」
「いや、話を振ったのはそっちだろ」
「フッ。確かにそうだったわね」
ティナは笑みを零しながら不意に椅子から立ち上がる。
その視線の先には時計があり、午前0時を針が刻む。
「さて、明日からはどうなるか分からないし、そろそろ寝ないとね」
「おい、縁起でも無いこと言うなよ……」
「アハハ、でも、そう簡単に行かないと思うわ。ああも大々的に皇帝本人が『帝国は王国と戦争をします』って晩餐会の席で言ったようなものだしね。ヒロキも万が一に備えて寝れるうち寝ていた方がいいわよ」
ティナはまだ飲むつもりなのか、酒を2、3本持ち、千鳥足で部屋へと去っていく。そんな不格好な様相とは異なり、ティナの後姿はどこか悲しそうに見えた。
「なぁ。ティナ?」
「ん、何?」
「ティナに色々頼んでおいて今更なんだけど、その……大丈夫か? 俺には『あの時』からティナがずっと空回りしているみたいに見えるんだ」
「……心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。人が死ぬ姿なんてもう見慣れてるんだから」
その言葉とは裏腹に視線は泳いでいるようにも見える。それを悟られまいと満面の笑みを零しながらティナは部屋へと去っていく。彼女にとって『グレイの一件』が尾を引いているのは明白だった。
「(人の死は時間の流れが解決する……か)」
ティナに何かできないかと考えても結論として出てくるのはいつも『この答え』だ。だが、同時に今、ここでグレイの話をほじくり返しても仕方のないことだ。俺は静かに目を一度閉じてから彼女の名を呼んだ。
「ティナ」
「まだ何かある?」
「いや、何にもないよ。ただの挨拶。『おやすみ』」
「……ええ。おやすみ。二人ともいい夢、見なさいよ?」
そう言葉を残してティナは奥の部屋へと入っていった。残された俺はシェリーを起こさないように抱きかかえて部屋に連れ帰った後、床に入ったのだった。
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