第31話 人質
「ヒロキさん、大変です! 起きてくださいっ!」
翌朝、甲高いシェリーの声で目を覚ました。目の前には動揺しているシェリーの姿があった。その様子は明らかにただ事ではない。
「や、やめてください――!」
次の瞬間、シェリーの悲鳴を聞いた俺は枕下に隠しておいた銃を引き抜き、構えようとするが、構えきる前に鋭い剣撃で銃が弾き飛ばされる。
「お休みのところ申し訳ないが、『皇帝の命』で拘束させてもらう」
低い声でそう言いながら剣を突きつけたのは帝国魔術師団、隊長のリードだった。
俺とシェリーはリードの部下たちによってあっという間に縄を掛けられ、目隠しと口枷までされてしまった。そして、どこかに連れていかれる。
「何か、こいつらに言い残すことはあるか? 『元公爵』」
「……二人ともごめんなさい。でも、私を信じて。あと少しで『自由の身』になれるから」
ティナは俺たちの近くでそう言葉を掛ける。しかし、その言葉の意味が分からなかった。ティナは『何かとんでもないことを考えているのではないか』とすら俺には思えた。
「よし、行くぞ」
俺とシェリーは成すすべもなくどこかに連れていかれ始めた。そして、俺たちは馬車に乗せられ、確実に下り坂を走り始めた。城から出るのかもしれない。
「(皇帝の命と言っていたけど、いくら何でも不自然すぎる。俺たちを拘束して何の意味がある? まさか、ティナの奴……俺たちだけ逃がす約束でもしたのか?)」
あのティナならば――いや、昨日の今日だけにやりかねない。俺がシェリーへのプロポ-ズをしたこと自体が『この結果』を招いてしまった可能性がある。
「(でも、だからってなんでこんな変なタイミングで……)」
ずっと走り続ける馬車の中で疑心暗鬼になっていると馬車が止まり、俺たちはある場所で降ろされた。そして、首に首輪のようなものをつけられた。
「よし、いいだろう。縄も解いてやれ。俺たちの任務はここまでだ」
「っ……リード、これはどういうことだ?」
「どうもこうもない。お前らは人質だ。あの公爵が逃げないようにするためのな」
「俺たちがティナの人質……だと?」
「ああ。そうだ。お前たちが3人で固まっていれば何をやらかすか知れたものじゃないからな……皇帝はそれを危惧されたんだ」
「俺たちが皇帝に牙を剥くと……? そうお前も思っているのか?」
「俺の考えなどどうでもいい。頼むからそこの一軒家で大人しくしててくれ。何も罪のない人間を殺すのはこちらとしても気が引ける。必要最低限のモノは家の中に置いてあるから安心しろ。それと念のために言っておくが、逃げようなどと考えるなよ? この一軒家より100メートル以上離れようとしたり、その首輪を外そうとしたりすれば、首元の魔道具が作動する。死にたくなければじっとしていろ」
リードは酷く落ち着いた声でそう言いながら俺たちを横目に去っていく。武器もないこの状況では何も抵抗することができず、ただただ帝国魔術師団が引き上げていく様子を見ていることしかできなかった。あまりに突然すぎる事態に怒りを覚えて地面に拳を叩きつける。
「ちきしょう……。でも、どうしてだ? どうして、ティナはああも簡単に俺らを引き渡したんだ?」
「私もよくわかりません。ただ、ティナさんには何か考えがあるんだと思います」
「どうしてそう思うんだ?」
「拘束される前に一瞬、ティナさんの表情が見えたから……それに私たちが出ていく時、ティナさんが私の手を強く握ったんです。あれは絶対に諦めていない証拠だと思います」
「……そうだな。ティナが俺たちを見捨てるわけがない。いずれティナが行動に移すはずだ。その時を待つしかないか」
俺がそう言うとシェリーはじっとこっちを見つめる。
「ん? どうかしたか?」
「いや、その……ヒロキさんなら『助けに行く』とか言い出しそうだなと思っていたので……」
「まぁ、確かにそんな考えも頭を過らなかったわけじゃない。ただ、ティナが言ってただろう? 「化かし合いなら負けない」って。それにあいつ、あんなにも俺たちのことを祝福してくれたんだ。今、勝手に動いたらティナの気持ちを無駄にしてしまう。だから、ティナを信じてみようかなと思っただけだよ。それに……たとえ、そういう行動を起こすとしてもシェリーと一緒に決めないといけないだろ?」
「……ヒロキさん」
「まぁ、ともかく……やることもないし、あの一軒家を見てみるか。何かここから抜け出す糸口があるかもしれないし、武器とかもあるかもしれないしな」
「そうですね。行ってみましょう」
俺たち二人は湖が近くにある木造平屋の一軒家へと歩を進めた。
一軒家の中は割と綺麗に整理整頓されてあったが、しばらく使われていなかったようで床や家具など各部屋の至る所に埃が乗っていた。しかし、そんな状態とは裏腹に生活に必要な食糧や雑貨、設備等はすべて用意されている。
「水道や下水も整備されている。これなら確かに生活はできるな」
「食量も数週間は持ちますね。……その、すっごく不謹慎ですけど、なんかこういうの楽しいです」
「楽しいって……」
「あっ、いや、確かに状況が状況ですけど……こんな風にゆっくりできそうな場所に私とヒロキさんが二人だけ。そんな状況がどことなく嬉しくって……ううん、ほんと不謹慎でしたね。忘れてください」
「別に、その……少しは楽しんでもいいんじゃないか?」
「えっ?」
食器棚の中を黙々と漁るシェリーの手が止まる。
「いや、確かに「表面だけ楽しむのはどうなんだ」って思う自分もいるけどさ? 『つらい過去を生き抜いてきたシェリーが楽しめると思える状況なら楽しんでもいいのかな』って……。それに俺だってこんな状況でもどこか楽しいなって思う気持ちは……その、わかないわけじゃないんだ。ホント、人間って不思議だよな? 見方一つ、環境一つでも大きく変わっちまうんだから」
「そう、ですね。……ありがとう、ございます」
不意にシェリーが俺の腕を握り、体を寄せてくる。
「え? いや……俺は別に大したことは言っていないけど」
「それでも……うれしいんです」
俺たちはしばらくその場で身を寄せ合って、お互いがお互いを必要としていることを改めて認識したのだった。
***
ヒロキとシェリーが軟禁されたほぼ同時刻。
リンテル王国の『王座の間』に伝令が駆け込んでいた。
「国王様! 大変です。帝国が王国への攻撃準備を行っているようです!」
「なっ……それは本当か!?」
「はい。国境付近に大規模な人数が集結しつつあるとのことです」
「それはいかん。すぐに公爵たちを王城へと招集しろ!」
国王は座ったまま、伝令の報告に耳を傾けていたが、立ち上がり声を荒げた。
数時間後には王城へと公爵家の代表者が集い、帝国との戦争準備が始まっていく。
「では国境付近に各公爵家の皆様には私兵を出していただき、開戦することとする。それでよろしいか?」
「国王のご意見に異議などございません。ただ、勝った際の報酬は――」
「わかっておる。戦果を上げた者には『帝国の領土』をくれてやろうではないか」
その国王の言葉に公爵家の面々はニタッと笑みを浮かべる。
そして、その言葉に反応するようにある男がこういった。
「それでは何が、何でもこの戦を勝って見せましょう。ねぇ? 皆様?」
葉巻を手に持ったまま、ふてぶてしく立ち上がった男に全員の視線が集まり、多くの人間から拍手喝さいを受ける。その男の名は『ヨルテル』。公爵家の一席に籍を置く人間だった。
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