第32話 弱音と思念の夢<ティナ視点>
ヒロキとシェリーが拘束されて連れ出されていく。
思わず、その姿を後ろから呆然と眺めながら自分の警戒力の無さに落胆していた。
「(……完全にやられた。寝ているところを急襲されるなんて……。相手は帝国の魔術師団。侵入を検知できる魔術が解除されることを考えておくべきだった)」
二人を救う術はもう無かった。5人に囲まれ、銃と魔術でけん制されてしまってはさすがの私も動けない。ただ、目の前で起こったことを目に焼き付けるしかなかった。
ヒロキとシェリーが拘束されて連れていかれた後、私にも当然のように縄が掛けられ、数名の兵士によって『謁見の間』へと連れていかれた。当然のように玉座には皇帝が座り、微笑を零していた。
「いいザマだな、ティナ・エルテルト・リグナー。さぁ、王国を我が物にするための策を話してもらおうではないか」
「……私の忠告をやぶったわね?」
「忠告?」
「あの二人に指一本でも触れたらタダじゃ済まさないって言ったでしょ? あなたに協力する理由はもうない!」
「ほぉう?」
玉座に座り、頬杖を突くと私の右側に居た黒フードの人間が銃口をこちらへと向ける。それと同時に皇帝が付け加えるように言った。
「言い方を間違えたな。最初から拒否権など存在せん! 王国を我が手中に収める策を話せ! さもなくば、あの二人の命も、お前の命もここで散ることになるぞ?」
「……こんなの、卑怯極まりないわ」
「何とでも言え。お前が置かれている状況に変わりはないのだからな」
謀略においては相手の弱みに付け込んで尋問するなど日常茶判事だ。
いざ、自分が『やられる側』になって初めて恐怖の意味を心から知った。
「(どうすればいいか分からない。ここからどう話を持っていけば切り抜けられる?)」
頭の中で思考を回すが、隣に立つ『人間』はそれを良しとはしなかった。
「協力とかそういう問題じゃないの。お願い。私に撃たせないで」
酷く冷ややかな女性の声がその場に響く。
その者の様子を見れば、ずっとトリガーに手を掛けたまま、こちらをギッとにらみつけている。その視線にはまるで隙というモノを感じない。
「(この子、本気だわ。乗るか、反るか……交渉するしかないわね)」
私は正面に居る皇帝を見据えて強気に打って出る。
「……降参よ。いいわ。話してあげる。でも、私はそんなに軽い口は持ち合わせていないわ」
「この状況でも強情な態度を取るつもりか?」
「皇帝、昨日の晩餐会は楽しかったですよ? 旧友とも多く会えましたし」
「急に何を言っている? ん? まさか貴様っ……王国に情報をリークでもしたのか? いや、それはさすがにないか」
「そのまさかよ! 私の名は地に落ちたっ! でも、その『名』の影響力はまだ、帝国にも少なからずあったということよ。私からの連絡が数時間以上、途絶すれば私の持つ作戦情報が王国に流れるわ。さぁ、どうします?」
「チッ、それが本当なら厄介な……! 一体、何が望みだ?」
皇帝は私の話を鵜吞みにして口をゆがめる。感情がむき出しになっているときほど、人の心に付け込みやすい。だが、この皇帝に『身の安全』を願ったところで反故にされるはずだ。ならば――と思考を変える。
「作戦は王国と帝国の境にある砦で伝えるわ。でも、作戦を話す前に私とあの二人を会わせて。それが飲めないというのなら話はこれでおしまいよ」
「……解せんが、いいだろう。ナターシャ、軍の準備が整い次第、動かせろ。この女とあの二人も忘れずにな」
「はっ! 承知いたしました。さぁ、立って!」
ナターシャと皇帝から呼ばれたその女は私に銃を突きつけたまま、牢獄へと連行して強引に押し込んだ。
「っ……」
「しばらく、ここで大人しくしていて。あとこれで外部と連絡を取るといいわ」
そう言い残すとナターシャはトランシーバーを置いて足早にその場を去っていった。
一人、牢獄の中に残された私は壁にもたれかかりながら作戦を考え始める。
「(仮に、二人と合流することができたとしても何も対抗策がない……)」
周囲を見回しても手に入りそうなのは土くれが関の山だ。例え、ヒロキと同時に動いて突破しようにも武器も無ければどうにもならない。
「(それにヒロキには銃の扱いしか教えてない。だから近接格闘は選択肢に入れられない。あとはトランシーバーだけど……助けを求められる相手もいない。……ダメだ。わからない)」
牢獄の中に差し込む僅かな光に目を向けながら静かに涙を流しながら右手をギュッと握りしめる。
「(グレイ、あなたならこの状況でどうした……? あなたならきっといい答えを作り出して、私をアッといわせたんでしょうね)」
あの時、自分で引き金を引いたこと。それは後悔していない。
それでも彼と長い時間を歩んできた以上、消せない傷でもある。あの時、本当に撃ったことは正しかったのか、生かす道もあったんじゃないのか、そんな気持ちがこのどうしようもない状況下で止めどなく湧き上がってくる。
「ごめんね……グレイ……」
打開策を考えもせず、私は泣き続けた挙句、その場で眠ってしまった。
***
ふと、目を開けるとそこには存在しないはずの人間が立っていた。
「ティナ様、泣くなんて可愛らしい。そんな姿は『マルバの聖戦』以来ですかね?」
「……グレイ? どうしてあなたが……あなたは死んだはずじゃ!」
「ここはあなたの夢の中です」
周囲はただ真っ白い空間。でも、確実に感覚は起きているときと同じだ。
これはきっと悪夢に違いない。それも自分を戒める類の悪夢だろう。
「そう。……ということは、あなたは私を殺すのね?」
「どうしてそうなるんですか? 私はあなたに殺されたことを恨んでいません」
「そんな気休めを私が望んでたってこと?」
「はぁ……今更ですが、本当にティナ様は純粋で馬鹿な人だ」
「……馬鹿って、どういうことよ!」
ただ、ひたすら『私が見せるグレイ』を睨みつける。
すると、彼は急に私の胸元を指さした。
「ティナ様、そのネックレス、覚えていますか?」
「覚えているも何も、あなたがくれたモノじゃない」
これはグレイが私の傍に仕えるようになって半年ほど経ったころ、私にプレゼントとして渡してくれたものだ。綺麗な青色に染色された石がきらびやかに光る。この存在を忘れたことはない。
「その石こそが、この夢の起点です」
「えっ……? つまり、あなたの思念がこの夢をみせているってこと?」
「その通りです。ご自分が作り出した悪夢ではありません」
そうキッパリと言い切ったグレイは私に1歩、近づいた。
「ティナ様、この夢はいつまで続くか分かりません。だから、言わせてください。私が起こした今回の1件、本当に申し訳ありませんでした」
グレイは静かにそう言い、深々と頭を下げる。
「今更、そんなことを言うのはやめてちょうだい。……それに私が最後、あなたの命を奪ったのに変わりはないんだから」
「ティナ様、あなたは優しい。でも、どうかご自分を責めないでください」
グレイはそっと私に近づき、グッと抱きしめる。それはかつての主従の枠を超えた関りだった。彼の体温は日差しのように温かくて今まで張りつめていた心が緩んで涙が自然と浮かんでしまう。夢の中だからか、その涙が止められない。
「くっ、ううっ……グレイ……ごめん……私、あなたをこの手で……」
「私がすべて悪いんです。怒りを抑えきれなかった。誰かにぶつけなければ気が済まなかったんです。そんな時、ヨルテル公爵が私の元に持ってきた『あの命令書』を見て、居てもたっても居られなくなってしまった。恩人でもあったあなたに牙を剝いてしまった。だから、あなたが私を殺したことを気に病む必要はないんです」
「待って……。ヨルテルがあなたにあの命令書を?」
「ええ。妻たちを失った私は血眼で犯人を探し出そうとしていたんです。そんな時、彼と『マルバの聖戦』ぶりに再会したんです。馬鹿な話ですよ。最初に気づけばよかったし、ティナ様を探して相談すべきだった。そうすればあんなモノ嘘っぱちだと分かったはずだった。でも、気持ちが先に先にと動いてしまったんです」
そこまで言うとグレイは私を抱く力を緩め、まっすぐに私を見る。
「だから、ティナ様。私を撃ったことを後悔しないでください。私がティナ様を誰よりも知っています。あなたはこんなところで下手るような人間じゃない。まっすぐで常に清らかで皆を導く星の光ように優しい人だ。このチューリップのように――」
グレイが私の胸元にあったネックレスに触れると一面がチューリップ畑に変わった。
花の香りと土、太陽の香りが充満していく。まるで公爵だった頃、二人でともに歩いた園庭にたたずんでいるかのような感覚がする。
「ティナ様、この風景、覚えていますか? 本当に懐かしですよね」
「……本当ね。本当になつかしいっ……」
「もうティナ様、泣くなんてらしくないですよ? いつだってあなたは不可能を可能にしてきたはずだ。私がこの夢を見せる事ができたように突破口なんて案外、簡単に見つけられるものです」
「グレイ、あなた……何が言いたいの?」
「いつまでも私のことを引きずらないでください。泣きたくなるのもわかります。でも、今は目の前のことに集中すべきです。私は常にあなたと共に居ます。それだけはわすれないでください」
グレイがそう言いきると次第にチューリップ畑の景色が白んでいく。
「おっと……どうやら、タイムオーバーのようですね」
「グレイ、あなたが出てきてくれたおかげで少し気持ちが軽くなったし、勇気も貰えた。本当に何から何までありがとう」
「いいえ、それが主人に――いや、違うか……。『ティナ様の騎士』として当然のことをしたまでです。我々の悲願のために頑張ってくださいね。ティナ様」
グレイがにっこりと笑って白い霧の中に消えていき、その場は深い闇に包まれた。
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