第33話 見えない手立て
「……忘れかけていた思い。それを私に思い出させてくれてありがとう。グレイ」
独り言のように牢獄の中で呟き、ネックレスをグッと握ったティナにはもう迷いはなかった。自分ができる最大限の仕事をしようと体を起こす。とはいえ、やれることは限られている。手始めに牢の入り口で五感を澄まして状況を探る。
「(警備は足音からして三人か四人……。巡回してるわね)」
しばらくの間、見える範囲で看守の動きを観察し始めたが、驚くことに彼らはほとんど私の方には近づいてこない。
「(見回りのくせにこっちを見に来ないなんて生ぬるい警備ね。これなら武器くらいは作れるかもしれない)」
静かに牢獄内に落ちていた土くれに目線を落とす
魔術を使えば土くれからでも刃を作ることはできる。強度に難はあるにしてもある程度の力は発揮できるはずだ。看守に気づかれないようにそっと足を使い、少しずつ土くれを集めていく。そして、最後に細長い形状に整えてから言葉を静かに紡ぐ。
『<廻れ廻れ・創造の論理よ・我が記憶を呼び起こし・財を成せ――
言葉を紡ぎながら土くれの上で六芒星を手で描く。
『時と知恵・我が炉と想いを以て・顕現せよ>』
紡ぎ切ると同時に虹色に発光していく。それは紛れもなく手投げナイフのような形状をしたものが出来上がっていく。だが、それと同時に体に違和感を感じた。
「なにこれ……力が、抜けていくっ……」
術式に集中しながら周囲に目を運ぶとそこには無数の魔術式が刻印されていたことを知った。恐らく、この術式が私のマナを吸っているのは間違いない。
「(でも、ここで諦めるわけには……いかない!)」
最大限、術式を維持し続ける。その結果、短剣一本を作り終えた時点で私のマナは吸われつくしていた。
「(できた。……っ、くらくらする)」
魔術使用によるマナの欠乏状態になり、その場にぺたんと寝転んだ。
でも、こんなところでくたばる訳にはいかない。あの二人を救い、奴隷たちに平等を与えるまでは――
「隠さないと……」
私は今にも途切れそうな意識を取り戻すためにナイフを左腕に当て薄く傷つけるように引いた。激しい痛みが走り、もうろうとしていた意識が徐々にもどってくる。
「大丈夫。私はまだやれる。いや、やらなきゃいけない……みんな……絶対に……助けるから……」
ナイフをそっと靴の中に隠した後、意識は再び、消えていった。
***
その頃、俺とシェリーは自分たちが住めるようにある程度、綺麗にしようと掃除を始めていた。別に軟禁されているわけだし、俺としては座って寝るスペースがあればいいと思っていたのだが、シェリーは徹底的にやるつもりらしい。
「こういう環境じゃ体に悪いですから掃除です! それに何というか、じっとしていたくないし……何もできないなら代わりに掃除でもしようかなって」
「まぁ、汚いところよりはマシか……。よし、二人で分担して無理のない範囲でやろう。じゃあ、俺は奥の部屋を綺麗にしてくるよ」
「はい、じゃあ……私はダイニングと入り口あたりをやりますね」
俺とシェリーは人質なのに自由が利くというどこか歪な感覚を覚えながらも掃除を淡々と行っていく。それはひとえにこの場に居ないティナの事がお互い、気にかかって仕方なかったからだと思う。
「はぁ……シェリーの言っている通りだよな。色々と考えないと……」
ため息交じりに何気なく掃除をしようと寝室らしき部屋へと足を踏み入れる。ベッドとデスクセットが置いてあり、床にはカーペットだけしか敷かれていない簡素な作りだった。
「これだけベットに埃が乗っているんじゃ、使えないな……さすがに落とすとかそういうレベルじゃないし」
ベットは元々、白地だったのだろうが、埃や油などで茶色く染色されていた。その様子から見ても相当、長い間使われていなかったことはすぐにわかる。ここは掃除しても無駄だと踏んで部屋を出ようとした時、ふと俺の足が何かに引っ掛かった。
「ん? なんだ?」
カーペットを捲ってみるとそこには引き戸があり、興味本位で取っ手を引っ張る。
すると、そこには地下へと続く階段が姿を現した。その入り口はさながらグレイの秘密基地に似ていた。
「これは一体……」
俺は得体の知れない地下へと足を踏み入れた。中はジメジメしていてカビくさい匂いが漂っている。階段を降り切るとそこには5畳ほどの空間が広がっていた。
机と一緒にナイフやボウガン、それから得体の知れない本など様々なモノが散在していた。長い間、人が足を踏み入れた形跡はないが、ここで何かをしようとしていたようだ。
「日記か?」
机の上に広げられたノートが目につく。
【これが最後だろう。今日、帝国の連中が俺を公開処刑するために連れ出しにくる。俺はこの最後のチャンスにすべてを賭ける。最初から分かっていたことだ。神なんて存在しなかった。国がなんだ? 身分がなんだ? 肩書きがあることで好きな女性と恋仲になる事が許されないなんて、あっていい訳がない。この手記を見つけたら君も抗ってほしい。試したことはすべてこの手記に綴ってある。君の健闘を祈る。そして、あわよくば理不尽な世界を造った神とここにぶち込んだ皇帝にあらん限りの苦痛と死の制裁を――ディアラン・ヘルテス】
そこには『神』に対する恨みを書き綴りながらもこの場から抜け出す作戦を練り続けたディアラン・ヘルテスの痕跡があった。
【魔術による結界の崩壊を試みたが、内部からの干渉は一切、受け付けないらしい。忌々しい魔術を作りやがって。こんなことが許されていいのか? 神よ、あなたは私を見捨てるのか、誰よりも神を信じ、神への信仰を持つ私を――】
ぺらぺらとページをめくっていくうちに、この手記を残したヘルテスの身に何が起こったのか、深く知り始めた。どうやら、彼は帝国軍の指揮官だったが、ある時から帝国第三皇女であったオリビアの警護を任されようになったらしい。それを機に二人は惹かれ合い、オリビアはヘルテスの子どもを身籠るまで至ったらしい。
「それが公に発覚。1兵士と貴族の間に子ども――それが異端児、悪魔の子……」
それはあまりに理不尽な話だった。ヘルテスは悪魔に魂を乗っ取られた極悪人として人里離れたこの場所に幽閉され、オリビアも魂の浄化として火炙りに処されたらしい。オリビアの死を知った日に書いたヘルテスの言葉がひと際目を引く。
【私はただ、生まれてくるはずだった子どもとオリビアと共に食を囲み、静かに日常を過ごしたかっただけだった。それ以外に何も望むものはなかった。それなのに神は私から二人を奪った。私のこんなにもちっぽけな願いすらも叶えてくれないのか? あの二人に何の罪が有ったというんんだ? ああ……そうか。神は私を『復讐の鬼』にしたいのか。いいさ、いいだろう。神の思惑に乗ってやる。この手で皇帝を殺してやる。精々、天上から指を咥えて見ているがいい】
神への恨みが滲み出るように殴り掛かれた文章からヘルテスは復讐に走ったようだ。
それが成功したか、否かは俺も知らない。これが何年前に作成された手記なのかすら判断が付かなかったが、ここにあるものは使える。それだけは確かだ。
「ヘルテスさん、色々とお借りします。どうか安らかに――」
俺はその場で手を合わせ、ヘルテスの魂を弔うように祈った。
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