第34話 絶望と矛盾する信念

俺はディアラン・ヘルテスが残した地下室を出て掃除をしていたシェリーを呼び、ヘルテスの地下室を見せた。最初はおどおどしていたシェリーだったが、手記を手に取ると注意深くその文面を眺め、ぽつりと呟いた。


「これ……このディアラン・ヘルテスって『悪魔を宿した魔術師』のことかな……?」

「ん? シェリーはこの手記の人物、知ってるのか?」

「知っている……というか、私が知っているディアラン・ヘルテスの話は神話のお話ですけどね?」

「神話? どんな話なんだ?」

「えっと……ヘルテスという軍人が『美しき花に魅入られ、悪魔を魔術で呼び起こし、大虐殺を行った』というお話です。最後は確か……神の業火に焼かれて浄化される話で、世間では【美しきモノには裏がある。用心しろ】という意味で子どもとかによく読まれている神話です」

「……そのヘルテスがこいつなら多分、目的を果たせなかったんだろうな」


独り言のように喋りながら周囲に目を凝らす。


「まぁ、その神話の話はどうであれ、ここには少なからず、俺たちにとって役立つものがたくさんあるし、二人で使えそうなものを手分けして探してみないか?」

「そうですね。武器になりそうなモノもありますし、脱出の手がかりがあるかもしれません」


俺たちはそこから黙々とヘルテスが残した手記や脱出計画を練った紙、製造したであろう武器を手に取っていく。どうやら、ヘルテスの手記を読む限り、最初はヒット&エラーを繰り返していたようだった。


しかし、ある手記の最後には結論付けるようにこう書かれていた。


【この家を周辺に張り巡らされている結界を内部から壊し、脱出することは不可能。それにどういう仕掛けなのか分からないが、この付けられた首輪――解錠を行おうとすると魔術具が発動し始める。行動を起こすのなら首輪を外された瞬間しかない。だが、その前に私は拘束されているだろう。ならば打破する手段は一つ。奴らが来た時、術者と思われる人物を殺し、魔術具を無力化して結界の外に出るしかない】


つまり、結界の破壊以前の問題としてこの首輪の術式を発動させた術者を探し出し、殺す必要がある。だが、それは俺たちにとって打開策とは言えない。


「(――なぜなら俺たちの場合、攻撃の手段がない。リスクが大きすぎる)」


魔術が使えない上に武器も銃ではなく、ボウガンとナイフという勝率の薄いものばかりだ。こんな貧弱な装備で殺されてくれるほど『帝国魔術師団』の連中は甘くない。


「(……考えろ。打開策はあるはずだ)」


俺が必死に考えている最中、不意にシェリーが俺の肩に手を置いた。


「ヒロキさん、やりませんか?」

「えっ? 何を……?」

「剣の練習です」

「おっと……!」


シェリーは壁に掛けてあった木刀を俺に放り投げてきた。幾年の時を経た遺物なのにも関わらず、腐ることもなく状態はしっかりとしている。


「でも、剣術なんて練習したところで俺たちには……」

「分かってます。私にも剣術の心得なんてモノはないから無駄かもしれませんけど……その、少しくらいは何というか……努力してみたくありませんか?」


少しでも前向きに話を進めようとシェリーは笑みを浮かべる。


「ああ……そうだな。無駄なあがきかもしれない。それでもやるか。自分たちの身を守るために」

「はいっ」


それから俺たちは小一時間ほど外に出て手に付かない剣を振った。正直、これに意味があるとは思えない。でも、シェリーは真剣に剣を振るい、必死に頑張っていた。


「えいっ! えぃ! こうかな?」


その姿を見ていると彼女が本当に『強い心』の持ち主だと改めて思ってしまう。

かく言う俺はこの状況を打破するプランが思いつかない。それに問題はそれだけじゃない。


「(リードの奴は俺たちをここに連れてきた時、『皇帝の命令』だと言っていた。つまり、それはいずれ、リード本人が責任をもって俺たちを迎えに来る可能性が高いってことだ……)」


ここから逃げ出すとなればリードを倒さなくてはならない。あんな桁違いにやばい人間をナイフ一つで相手にするなんて不可能だ。


「ヒロキさん? 顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」

「あ? ああ……大丈夫。少し考え事をしてただけだから」

「……そろそろ日も暮れてきましたし、何か食べましょうか? 私、腕を振るっちゃいますよ?」


湖に夕日が反射する中、シェリーは俺の心中を察したのか笑顔を振りまく。

どうやら、知らずしらずのうちに変な気を使わせてしまっている。


「ごめん……シェリー。ありがとうな、俺もなんか手伝いするよ」

「はいっ! こういう苦しい時は笑顔です! さぁ、行きましょう!」

「(……ほんと、シェリーには敵わないよ)」


そう思いながらシェリーと家の中に戻った俺は二人で要領よく夕食の用意を始めた。

シェリーはエルダでの経験もあるから割とサクサク調理が進んでいく。俺もその速度に合わせるように目線を配りながら料理を手伝っていく。


「ジャガイモの皮むき、終わったよ?」

「あっ……ありがとうございます。でも、すごいです……」

「えっ?」

「あ、いや……ヒロキさんって結構、料理できる方だったんですね? 初めて知りました」

「ああ。まぁな? 一人暮らしだったし、これくらいはできるよ」

「一人暮らしってことはその……ご両親は?」

「両親? 両親は健在だよ。今はどうか知らないけど」

「あっ、その、ごめんなさい……」

「いや、何も謝る事じゃないよ。あっ……それよりもそっちの火、少し強めた方がいいな。醤油は要る?」

「あっ、ありがとうございます」


会話が回らなくなるのは避けたかった俺は強引に話を塗り替える。正直、俺の過去をシェリーに話したところで信じてもらえるはずがないし、人に話すほど良い話でもない。静かに料理をこなしていく。


「よし、ご飯も炊けたし、これでいいかな?」

「じゃあ、ヒロキさん。料理を運ぶの、手伝ってもらっていいですか?」

「ああ、お安い御用だ」


テーブルにご飯と肉じゃが、簡単な青菜の和え物を並べ、みそ汁を置く。

本当にごく一般的な家庭の夜飯だ。日差しが沈み、部屋の中の光源はろうそくの淡い光だけで何とも幻想的な雰囲気が滲みだす。


「いただきます。うん、おいしい。やっぱり、シェリーは料理が上手いんだな?」

「ふふっ、褒めても何も出ませんよ? でも、よかったです。正直、実際に火を使って作る料理は久々で、心配だったから」


馬鹿みたいな話だが、こうしてシェリーが作ったものを食べている今、この時間が俺にとっては何にも代えがたい時間に感じてならなかった。


「(お互いのために頑張って時間を共有する――当たり前の様で当たり前ではない景色……か)」

「と、突然ですけど、ヒロキさんの趣味って何ですか?」


ご飯茶碗を片手にシェリーの方を見つめていると視線が合い、シェリーは急にそう質問を振ってきた。


「あっ、いや、やっぱり言いたくないならいいんですけど……その――」

「なぁ、シェリー? どうしたんだ? なんか料理してる時から何か変だぞ?」

「えっと……その、ヒロキさんのことを色々と知りたくて。私ってヒロキさんのことをあまり知らないなって思って。その……話したくないなら本当にいいんですけど……」


シェリーの目が明らかに泳いでいる。

多分、この感じからしてこの場で逃げてもいずれ、根掘り葉掘り聞いてくるだろう。


「……いいよ。話そう。何から話せばいい?」

「えっと、じゃあ……その、ヒロキさんってどんな子ども時代を送ってきたんですか?」

「子ども時代か……」

「やっぱり、話し辛いことなら――」


俺が言葉を濁すとシェリーは慌てて質問を変えようとする。彼女なりの気遣いだったのだろうが、隣を歩く最愛のパートナーには知っておいてもらわなくてはならない。


「いいや、話そう。ただ、俺の話は現実味に欠ける話だから理解できないかもしれない」

「現実味に欠ける……?」

「ああ。信じられないかもしれないけど俺はこの世界の人間じゃないんだ。元々、違う世界で死んで『神』の力でこの世界に飛ばされたんだ」

「死んでいるってどういう――」

「言ったままの通りだよ。まぁ、それだけで分かれって言うのも横暴だよな……少し俺の辿ってきた人生について話すから聞いてくれ」


俺はそう前置きをして話始めた。自分がこの世界には存在しない人間であること。

そして、前世での出来事を包み隠さず、分かりやすく掻い摘んで話を始めた。時間は腐るほどある。俺はシェリーにすべてを打ち明け始めた。真の意味でお互いを理解し合うために――。


シェリーは全てを聞き終わると静かに涙を流した。


「っ……」

「シェリーありがとう。でも、泣かないでくれると嬉しいな? もう終わった事なんだから」

「別に私は泣いてなんて――」


そう口走ったときにはシェリーは椅子から立ち上がり、俺に抱きついていた。


「ヒロキさん、ヒロキさんはもう一人じゃありませんから。だから――っ……」


シェリーは何かを言いかけたが、それ以上は何も言わず、俺のことを抱きしめ続ける。彼女が何を言おうと思ったのか俺には分からなかったが、シェリーなりの愛と暖かさを確かに感じた。シェリーの体温が放つ優しい匂いが鼻孔に入り、心がひどく落ち着き、なぜか涙がこみあげてくる。


「(俺は……何のためにここにいるんだ……?)」


涙をこらえながらそんなことを考えてしまう。この世界に来て、シェリーと関わりを持つようになってから『自分の目標』がぶれ始めている。


「(いや、それでも俺は神への復讐を――しなくちゃならないんだ……)」


臭いものに蓋をするように心を理性で引き止めながら、シェリーの体を抱き返した。

まるで、自分の心に嘘を抱えたまま、線引きでもするかのように――。

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