第20話 愚か者の願い

ベットの上で俺の手を握りながら過去の全てを語り終えたシェリーは申し訳なさそうな顔を俺の方へと向ける。


「……正直に言うと私、最初は誰でも良かったんです。どうせ、私もイザベラさんみたいに殺されてしまうと思っていたから……。でも! 奴隷から解放されてエルダから逃げようとした時、思ったんです。やっぱり、嫌だなって……この人を離したくないって……」


そう語るシェリーは今までに見せたことのない辛い表情を浮かべる。そして、同時に決意を固めるように言った。


「だから、私はヒロキさんをそんな危ないところに行かせたくない――いや、絶対に行かせないから……!」

「シェリー……」


一段とグッと力がこもった手と俺を見つめる真っ直ぐな目がその意志の強さを物語っていた。しかし、そんな思いを真正面から受けても俺はすぐに答えを返せなかった。


「(……こんなの、決めるなんて無理だ。俺には決められない。ここまで言われたらシェリーの気持ちは否応でも分かるし、その思いを裏切りたくない。でも、ティナの思いも分かる。それにあいつ一人じゃ無理をしかねない。クソッ……どちらかを選べばどちらかを失う。俺が大切なのはっ――!)」


シェリーはじっと俺の言葉を待っている。何か言わなくちゃいけない。

仮にそれがシェリー本人が期待していない言葉だったとしても――。


「シェリーは強いな……シェリーの思いはよく分かった」

「じゃあ、このまま――!」

「でもっ……俺にはシェリーの思いも、ティナの思いもどっちも『正しい』と思う。ごめん、どっちが正しいのか俺には分からない! ごめんっ――!」


俺はシェリーの手を振り払って部屋を飛び出した。今まで「何か選ぶことで何かを失う」なんてシチュエーションを経験したことがなかったから――いや、俺はどちらかを決断する勇気がなかったから逃げ出したのだ。


「(クソッ……こんなの、あんまりだ。どうして必死に生きてる人間がこんなに苦しくて、辛い思いをしなくちゃならないんだ……!)」


そう思いながら俺は廊下を駆ける。食堂を抜けて少しでも人の居ない場所へ行こうとしていた俺だったが、食堂の出口でティナが腕組みをして立っていた。


明らかにその様子は俺を待っていたようでお互いに自然と目が合う。

ティナはその一瞬で結果がどうだったのか見抜いたような浮かない表情をする。ここで止まったら追及されると思った俺はティナを無視してすれ違おうとしたが、ティナは俺の服をグッと掴んだ。


「待ちなさい! ……シェリーとの話、うまく行かなかったのね?」

「ああ、そうだよ……。頼む、今は放っておいてくれ」

「そんな顔をしてる奴を放っておけるわけがないでしょ? いいから話してみなさい。一人で悩むよりきっとマシよ。それにそんな状態で作戦に参加するつもり? そんなんじゃ、成功するモノも成功しなくなるわ」

「……話をしたらお前を苦しめることになるかもしれないぞ?」

「フン……私を誰だと思ってるの? 覚悟ならあなたを見た時点で出来てるわ。ほら、こっちに座る!」


ツンと澄ましてみせるティナは俺を強引に椅子へと座らせ、ティナから問い詰められる流れでシェリーと話した内容を嫌々ながらも話した。


「そう、あの子にそんな過去が……同じ公爵だった者として何と言っていいか……」

「別にティナが責任を感じることじゃない。悪いのはマルバの公爵なんだから」

「そうかもね……。でも、私が公爵であったことに変りは無いわ」


重い空気が俺たちの間に立ち込める中、ティナは俺に向き合う。


「ヒロキ。やっぱり、あなたは今回の作戦を降りるべきよ」

「そう言うって分かっていたから言いたくなかったんだ。でも、俺は――!」

「少し冷静になって考えなさい。シェリーが自分の過去を何でこのタイミングで打ち明けたのかを考えて。……私が言わなくても分かるはずよ?」

「それは……そうだけど……!」


ティナの言うとおり、シェリーの気持ちは痛いほど理解した。シェリーは『俺』という存在を失いたくないと思っている。だから、あんなにも辛い過去を俺に打ち明けたに違いない。


「でも、お前は――」

「私なら大丈夫。無理をするつもりも無いわ。それにここで死んだらあなたたちに貸した借りを回収できないじゃない」


ティナは口角を上げてそんな事を言う。しかし、今回の作戦は何人かの人間が居ないと厳しい作戦であることは俺が良く知っている。それを単独でやる事は『死への道』を歩むことでしかない。


「借りがどうとか、そういう問題じゃないだろ!」

「そういう問題よ。あなたが自分で決断できなかった時点でね。……作戦からあなたを外す。これはもう『決定事項』だから」

「そんなの俺は認めな――!」


席を立ち上がろうとした瞬間、ティナは俺に対して銃を突きつけた。

その目は鋭さを増しているが、どこか悲しそうな目にも見える。


「ヒロキ、悪く思わないでね。<発動アクティベート>」


次の瞬間、ティナはトリガーを絞った。乾いた音が鳴り響くが、自然と痛みはしなかった。その代わりに視界がグニャリと歪み、一瞬にして俺は闇の底へと引き吊り込まれた。



***



机に突っ伏す形で横たわるヒロキの姿を見つつ、私は銃をホルスターに仕舞い込み、その場に置いてあった毛布を掛ける。


「こんなことも在ろうかと予め用意しておいて正解だったわ」


そう言いながら撃った薬莢を拾い上げる。薬莢の表面には魔術を行使する際に使われるルーン文字が描いてある。いわゆる、これは『魔術弾』というモノだ。


「完璧に寝てるわね。我ながら魔術の扱いはバッチリだわ」


魔術の出来に満足げでいると寝室側に繋がる廊下が勢い良く開いた。

そこに立っていたのは心配そうな顔をしていたシェリーだった。


「ティナさん、今の銃声――っ!」

「敵じゃないわ。私が撃ったの」


私はヒロキに目を配りながらシェリーを見やる。シェリーは驚いたように目を見開いて固まっていたが、数秒後にはヒロキの元へ駈け寄る。


「ヒロキさん、大丈夫ですか!? ……ティナさん! どうしてヒロキさんを!」

「シェリー、落ち着いて。ヒロキはただ眠っているだけよ。死んでないわ。数時間もすればきっと目覚める。この馬鹿を止めるためにはこうするしか無かったの」

「止める……ため?」

「そうよ、ヒロキから『作戦』のことを聞いたでしょ? それを無理にでもやろうとしていたようだったから眠ってもらったというわけ」


シェリーはその言葉を聞いて一安心したかのような表情をみせたが、表情は依然として複雑そうな表情を見せる。それも当然だ。母親を公爵に殺された過去を持つ以上、かつて公爵であった私をそんな目で見るのも無理はない。自分の領内ではないにしろ、同じリンテル国内の公爵だった私には責任を取る義務がある。


「まぁ、でも……それは建前で本当はシェリーにこれを渡したくて」

「えっ……?」


私は静かにホルスターから銃を抜いて実弾の入ったマガジンを差し入れ、チャンバーに弾を込めて前に差し出した。


「私の過去について聞いたでしょ? だから、あなたは私に対して復讐する権利があるわ。同じ国に属する公爵だった者として『あなたが苦しんだ責任』を私が取る。撃ちたかったら撃っていいわ」

「ど、どうして……? ティナさんは『マルバの聖戦』と関係ないじゃないですか!」

「それが、そうとも言いきれないの……」


私はシェリーに一歩近づき、銃を手に握らせて銃口を胸に押し付ける。正直、怖いのは事実だ。だけど、ここで逃げるわけには行かない。


「(私の命はもうあの屋敷で公爵の名と共に捨ててきた。……だから、この子の悲しみを終わらせることができるのなら私は命を捧げる。同じ公爵の立場でありながらマルバの聖戦を『止められなかった』のだから)」


マルバの聖戦は『アテルザを信仰する者が起こした反乱』と称されているが、シェリーはまだ、あのマルバで起きた『聖戦の真実』を知らない。


「マルバの聖戦が起こったのは異教の鎮圧が理由じゃない。本当の真実はもっと、もっと身勝手で残酷なの」

「どう……いうこと?」

「……あの当時、ヨルテル公爵には片思いのお相手が居たの。でも、ヨルテルの奴は何度もその思い人に振られ続けて、すがる思いであの教会へと熱心に通った。『アテルザの奇跡』を求めてね。でも、結局、思いは届かなかった」

「まさか、それで教会を燃やしてアテルザ様を崇拝する者たちを……私の、お母さんを殺したって言うの?」

「ええ……。そして、ヨルテルの思い人――それが『私』だったというわけ。私も事が起こってすぐにヨルテルの説得に奮走したわ。でも、間に合わなかった。だから、あなたは私に復讐する権利を持ってる。もし、私がヨルテルを受け入れていたらあなたのお母さんもあなたも、こんな目に遭わなくて済んだかもしれないんだから」

「そんな……そんな理由で私のお母さんはっ……!」


シェリーは私を恨むような視線を向けてトリガーに手を掛ける。

それでいい。私はそのときを待つようにそっと目を閉じる。


「(皆、ごめん……こんな事して私、本当に馬鹿だと思う。でも、後ろめたい思いをもったまま、奴隷制度の廃止なんてできる訳がない。たとえ、みんなの思いを無駄にしてもこの子からの復讐を受け入れなくちゃならないの)」


私をかつて慕ってくれた今は亡き奴隷達にそう心で告げる。それがティナの決断だった。だが、そんな思いと裏腹にシェリーは銃を放り投げ、ギュッと私に抱きつく。


「ティナさんっ……もうやめましょう? すべて終わったんです……こんな事しても、もうお母さんは返ってこないっ!」

「でも、あなたのお母さんは――」

「確かにお母さんは公爵の私兵に殺されました。でも、それはティナさんのせいじゃない。それにティナさんはヒロキさんと私を守ってくれた。そんな恩人に復讐なんてできませんっ……!」

「シェリー……あなた、優しいのね?」

「いいえ、私は優しくなんてありません。常に自分本位で、後ろ向きで、放したくない者はトコトン離さない愚か者なんです」


そして、涙目ながらも決意を固めたような目で私を見上げる。


「ティナさん……復讐の代わりにお願いがあります。聞いてくれますか?」

「ええ、もちろんよ。私に出来ることなら何でも言ってちょうだい」

「私に銃の使い方を――いえ、戦い方を教えてくださいっ!」

「えっ!?」


予想を遥かに越えたお願いを言われて、私はその場に立ち尽くすしかなかった。

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