第2話 神への憎悪

あの惨劇から7年という月日が流れた。


俺たちは時が経つに連れて少しずつではあるが、過去と向き合いながら前に進みつつあった。俺こと、石山いしやま 弘樹ひろきは私立の福祉大学に通い、『ソーシャルワーカー』を目指し、親友の隼は医大で『医師』になるための勉強をしている。


そう、すべてはあの惨劇を二度と繰り返さないために。


あの日、あのバスに乗っていた俺と隼は彩香の葬儀の時、棺の前で誓い合ったのだ。必ず、俺たちは『誰かを救える存在になろう』と。

それが今、俺たちが進んでいる進路の理由だ。本当は俺も医者を目指したかったが、隼とは違って頭脳明晰でもないし、運動が得意なわけでもなかった。だから、俺は人に寄り添えるソーシャルワーカーを目指したのだ。


正直、ソーシャルワーカーの国家試験を突破できるか心配ではあるが、就職活動も上手く行って来年の4月から児童養護施設で働くことも決まっている。今は合格できるように最善を尽くすより他にない。


――とまぁ、俺たちの『夢』は確実に現実のモノになりつつあった。


まだ実感は無いものの、これからの人生は『得るモノ』がきっと沢山あって、沢山の人に「ありがとう」と言ってもらえるはずだと俺は信じている。ただ、そんな一方で俺には未だに煮え切らない過去への思いがある。


あの日あの時、何かもっと別の手段、方法を取っていれば彩香は助かったんじゃないかという思いが7年経った今も燻っているのだ。もちろん、過去の出来事はもう変えられないということはわかっている。それでもあの時、彩香を助けられなかったという後悔の念は根深い。


それ故にいつしか俺は彩香を助けてくれなかった『神』に対して憎悪を募らせていた。神への憎悪や復讐なんて馬鹿げているように思うかもしれないが、どんな事象も極論突き詰めていけば、神が創造した世界であるという事実に行き着く。


つまり、この世界を外から操る人間が居るのではないかと俺は考えている。もちろん、それを肯定すれば復讐など果たせない。でも、そんな憎しみが俺の活力になっている。


「(神に祈ることなど二度とするものか。自分の道は自分で切り開く)」


そう決意しながら今日もまた自分が使うことになるであろう福祉六法の本を片手に事例集や教科書を広げ、人のためにこの命を、運命を使い切ってみせると心に誓いながら勉強に勤しむ。しかし、そんな思いとは裏腹に大学の勉強スペースは遅い時間になれば閉まってしまう。今日のような休日なら17時前には大学の図書館から叩き出されてしまうのがオチだ。大学の図書館には色々な本があるから勉強が捗るのだが、学生である以上。ルールには従わなくてはならない。


「仕方ない……。今日は切り上げてまた明日やるか」


俺は渋々、帰り支度をして図書館を出て見れば、空は茜色に染まっていて夕暮れから夜へと移り変わっていく最中だった。


「また一日が終わる……か」


そう嘆きながら俺が駅に向けて歩いていると若い母親と小さい女の子が大学のロゴが入ったボールを持って俺の前を歩き出した。恐らく、何かの実習に協力してもらった後なのだろう。その小さい女の子は大はしゃぎでボールを撫でたり、掲げたりしている。


「(いい笑顔……だな。差し詰め、心理学の実験とかか? あ、いや……案外、保育の方かもな)」


心理学実験室などがあるウチの学部か、保育士の実習生が運営の大半を占める大学の保育所に通っている子どもかもしれない。そんな想像をめぐらしていると女の子はボールを地面に叩きつけ始めた。


「(おいおい、さすがに危なくないか? やめた方が――あっ……!)」


女の子が地面に叩きつけたボールが車道に転がり、女の子がそれを追って無邪気に道路へと飛び出る。しかし、不幸なことにその子の正面からトラックが迫ってきていた。突然の出来事でその子も、その母親も反応できていない。


その様子をみていた俺は考えるよりも先に体が動いた。


小さな女の子を、未来ある子どもの命を助けなければとその一心で飛び出した。しかし、俺が道路に出て女の子に飛びつこうとした時、タイヤが滑るスキール音が近づいて来るのを感じた。それでも俺は諦めなかった。


「(俺はどうなったっていい。この子だけでも助けなきゃ)」


姿勢を落としながら女の子を自分の体の前に抱え、トラックを避けようと横飛びで飛ぶ。だが、その直後、背中から凄まじい衝撃が俺を襲い、意識が一瞬で刈りとられてしまった。


――。

――――。

――――――。


そこから先は永遠に暗く、自分に意識が有るのか無いのか分からない時を彷徨い始めた。その時間は体感にしてものの数秒だろうが、とてつもなく長い時を深い闇の中で過ごしたように感じた。


「はっ……!」


気付くと俺は真っ白な空間に居た。その場所には奥行きや広さといった概念は無く、ひたすら真っ白な世界だった。


「ここは一体……」


状況をつかめずに居ると目の前に黄色の光が広がり、その中から一人の男が出てきた。その男は黒のスーツを身に纏い、手にはバインダーというどこかの相談員のようなしっかりとした身なりの男だった。


「……あ、あなたは?」

「はじめまして。石山 弘樹さん。私は“転生の間”を預かる者です。……そう。あなたの世界で言うところの『神様』という者でしょうか?」

「……! アンタが本当に神、なのか?」


俺は殺気を帯びた声でそう問い正しながら自分の拳に力を入れる。

『神』だと名乗る男の言葉を聞いて一瞬で怒りと憎悪が湧き上がった。


「私が神であるか否かは解釈次第ですが、その存在に近いことには間違いは在りません」

「なら……!」


俺は飛び起き、一気に神を名乗る男に肉薄した。今までの恨みを晴らすように、生きた意味を記すように全身全霊の拳を叩き込む。


ドンッ!


しかし、その一撃は男の前に張り巡らされていた透明なバリアによって防がれた。


「っ……!? クソ! なんだよこれ!!」


何度もそのバリアに拳を打ち込むが、そのバリアはびくともしない、

そして、神はその様子をみて俺へと問いかける。


「私に対しての復讐……ですか?」

「ああ、そうだ! まさか、お前。自分がした事を覚えてないなんて言うつもりか?」

「フッ……まぁ、いいでしょう。若き青年。私に挑むというのならその資格を示しなさい。あなたが『望む理想』というものを自分で勝ち取ってみるといい」


男はそれだけ言って、再び光の中へ戻ろうとする。


「おい、待て! 逃げるつもりか!!」

「いいえ、私はあなたがたもとまで来るのを待つだけですから……」


そういい残すとスッと男は光の中へと消えて行った。それとほぼ同時に世界は輝きを増して行き、俺の意識も再び無くなったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る