第3話 現実主義者

「……ん?」


次に目覚めたとき、俺は全く知らない場所に寝転がっていた。そこは裏路地のような薄暗い場所で周囲の建物はレンガや木材を使った中世風の建物に見える。


「一体、何がどうなってる……?」


困惑しながら立ち上がろうとすると手が何かに触れた。その正体は白色の便箋でその中には『神を名乗る男』からの手紙が入っていた。


『君がこの手紙を見ているという事は、いよいよ私への復讐へ向けてスタート地点に立ったということだろう。そこでだ。手紙と一緒に挟んである紙に欲しいモノを願うといい。何でも一つだけ願いを叶えてくれるはずだ。だが、人を殺すといったことには使用できないからそこだけは覚えておくように』


俺は視線を落とし、もう一枚の紙をみる。その紙は画用紙ほどに厚く、表面には満点の星空をイメージさせるような柄が描かれている。


「敵に塩を贈るとはな……。こんなカードに頼らねぇーぞ」


俺は疑心暗鬼になりながらも再び、手紙を読み進める。


『君の事だ。決して、カードを使わないと決めているだろう。それこそ、憎悪すら抱いているかもしれないが、私がそのカードを送ったのは君という存在を舐めているからじゃない。君の居た世界とこの世界では次元が大きく異なる。生き抜くには厳しい環境だ。だから、勘違いだけはしないように。君が私のたもとまで来ることを心から待っているよ。神より』


「白々しい。にしても、生き抜くことが難しい世界って……?」


俺は若干の恐怖と好奇心に駆られながら騒がしい通りへ出る。

そこに広がっていたのは所狭しと並ぶ店や露店の数々だった。人の数も尋常では無い。まるで新宿駅の通勤帯と同様の量だ。


「至って、普通の世界にみえるけど……この世界は恐らく」


そう、この世界観に薄々、俺は勘付いていた。この世界は現実世界で言うところの『ファンタジー世界』といわれるものだろう。まだ、モンスターは見ていないが、高校の頃までやっていた数々のファンタジーゲームと雰囲気が、感覚が同じような気がする。


「ふぅ……。思い出すのも野暮か。今は情報を集めるのが先だな」


自分の記憶を一瞬、巻き戻すが、その記憶の先は『闇』なのだ。記憶を辿れば必ず、彩香の死に直結してしまう。かつて、ゲーマーだった頃の感覚を取り戻すように俺は動き出した。まず、最優先でしなければならないのは現在地の特定と寝床の確保。それから武器、資金の調達だ。


「(だけど、どうしたものか……)」


見知らぬ街を少し歩いてみたが、得れた収穫といえば数字が従来どおり存在していること。それから文字が読めない一方で人が話している言語は日本語だということくらいだ。


「(恐らく、文字は異国語。でも、言語は日本語で通じるって感じか)」


それからもうひとつ、街を歩いて気づいたことがあった。

この世界の人々は剣や弓、杖といった武器を所持している人が多いということだ。まるで、ファンタジー系のMMORPGに迷い込んだのではないかと錯覚させるほどにその形態は多種多様だった。


「(身を守る武器も絶対に必要だな)」


そうひしひしと感じていた時だった。


「ねぇ! お兄さん! 今日泊まる宿って、もう決まっていますか?」

「は、はい?」


急に死角から話しかけられて心拍が一気に跳ね上がる。

振り返ってみればそこには満面の笑顔を振りまく茶髪の少女が居た。


「あっ……! 急に話し掛けちゃってごめんなさい!」


ショートボブの髪をなびかせながら平謝りするその少女は、少し申し訳なさそうに水色の瞳で俺を見つめる。その振る舞いといい明るさといい、どこまでも純粋で気さくな少女である事は良く伝わってくる。


「あ、いや、あの……宿なら――」

「それでですね? 話を元に戻すんですけどお兄さん、ウチの宿”エルダ”ならすぐそこだし、一泊食事つきで銀貨二枚なんですよ? お得じゃありませんか?」

「(あはは……言い回しが早いな。……ってか、探すも何も俺、金持ってないんだよなぁ……)」


必死に捲くし立てるようにその少女は言うが、今の状況では宿の確保は難しい。

それにこの子が言っている宿が安全かどうか、安いのか高いかの区別もつかない。

とりあえず、俺はこの少女から情報を探ることにした。


「あ、えっと実は宿を探してはいるんだけど、遠いところから来たから相場が分からなくってさ」

「なるほど! 遠くから来たのなら分からなくて当然ですよね! ……って、まさか、ウチの宿がぼったくりか疑ってるんですか!?」

「まぁ、実を言うと……そうかもね?」

「失礼な人だなぁ~もう! まぁ、信用できないって言うならしょうがないけど、出来れば来てくれると嬉しいし、助かるんですけど……」

「え? 助かるってどういういこと?」

「あっ、ああ! 気にしないでください! こっちの話ですから! ええっと、相場の話ですけど安いところなら大体、一泊三食付きで銀硬貨3枚くらいで泊まれると思いますよ? まぁ、ウチの宿は知り合いのところから安い食材を仕入れているから破格の値段なんですけどね?」


覗き込むように見てくる目は、いかにも『泊まっていかない?』と書いているようなものだった。変に期待を持たせるのも野暮だろう。


「まぁ、その……気が向いたら行くよ」

「は、はーい! お待ちしてますね!」


その少女は笑顔で俺に手を降った後、駆け足で雑踏の中に去っていった。


「(まさしく嵐のような子だったな)」


人を明るくしてくれる存在はどこの世界でも好まれるだろう。

正直、俺もああいう子は嫌いじゃない。何より見ていて飽きない。


「……とはいえ、最悪な状況だな」


俺はある程度、街を見た後、最初に目覚めた路地裏へと戻ってきていた。

街を見て思ったが、神が手紙にしたためていたように『厳しい世界』だと自覚し始めていた。なぜなら、今の俺には情報や武器も無ければ、金も無い。ましてや、言語的には問題がないとはいえ、文字を読むことが出来ない。


「やむ終えない……か。背に腹は代えられないし、このカードを使うしかない」


俺は手紙と一緒に入っていたカードを手に取った。神の恩恵などに頼ることは屈辱だ。だが、この状況では何も行動することは出来ないのだから使うしかない。


「さて、何を願ったものか……」


地面に座り、じっくりと深く考え込む。


「(本来なら強い武器とか、チートスキルとかを願うんだろうけど……)」


確かにそれらの選択肢は魅力的ではある。でも、俺は現実主義者だ。

目に見えるものがすべて。ならば、万物でありながら人の心を掌握できる唯一無二のモノを望むのが妥当だろう。


「よし、決めた。俺が願うのは『巨額の富』。略奪不能な異世界の貨幣だ!」


カードに向けてそう告げた途端にカードは虹色に光り、そこには一枚の紙が残った。拾い上げてみればその紙は『金硬貨:10,000,000,000枚』と書かれた小切手だった。


「額がエグいな……。まぁ、でも、これでしばらくは資金に困らなくて済む」


貨幣の価値など全く分からないが、額が桁違いなのは理解できる。俺は意気揚々とその紙を手に小切手を現金に変える場所はどこにあるか街の人に話を聞き、小切手を現金に変えることが出来るという異世界の銀行へと赴いた。


「(なるほど……華やかな外装だな?)」


銀行の前には煌びやかな装飾品が飾られており、清楚さがここ一帯だけ違う様な気がした。街中での聞き込みで分かっていたことだが、この世界の銀行は貿易商の人間やお偉い貴族、王家の人間が取引を行う場所らしく、身分の高い者しか滅多に出入りしないらしい。


「(さすが、お偉いさんのご用達だな……)」


内装も豪華で床にはレットカーペット、天井にはシャンデリアがきらめいている。さらに建物に入ると同時にビシッとスーツで決めた男が早足にお客の元へ寄っていくのが見えた。だが、しかし、俺の場合は少し違った。


「ちっ……ご用はなんです?」


駈け寄ってきた男は明らかに浮かないような不機嫌ヅラをしてこちらを見ている。

まるで『外れを引いた』といわんばかりの表情だ。


「小切手を現金に換えて欲しいんですが、お願いできますか?」

「失礼ですが、本当に小切手をお持ちか、確認させていただきたいのですが、よろしいですか?」

「ええ。構いませんよ」


その時、周りを見回してその『不機嫌面の理由』に気付いた。ここに居る人たちはスーツやドレスを着ているのがほとんどだ。それに対して俺はワイシャツにグレーのパーカー、それから青のジーンズと、この場には不釣り合わせな格好だ。そりゃあ、そんな目でみられるわけだ。


しかし、残念なことに小切手は紛れも無く正真正銘の本物――。


「……た、た、大変失礼しました!!」

「謝罪はいいから金を出してくれないか?」


俺が少し威圧的に言うとその男は恐る恐る低姿勢で語りだした。


「ひ、非常に申し訳在りませんが、このような巨額な額をお出しする事は当方も出来かねまして……こ、小口での対応ならば可能なのですが」

「なら、金硬貨500枚くらいは出せるのか?」

「は、はい。その程度でございましたら可能でございます」

「なら、その額を引き出してくれ。残りはこちらに預ける」

「あ、ありがとうございますっ! し、しばらくお待ちください!」


にこやかな表情を浮かべるとその職員は慌てた様子でコケながら奥へと引き下がっていった。数分後には先ほどの職員の上司からクドいほどの謝罪と金硬貨500枚が入った袋を受け取り、銀行を後にしていた。


「よし、カネは手に入った。さて、次は武器と言いたいけど……日が暮れてきてる。野宿なんかしたくないし宿を探すか。さっき、声をかけてきた女の子の宿にでも行ってみるか」


俺は正直、あの少女を信用したわけじゃない。でも、他にツテがある訳でも無い。

それに『あの言葉』が心のどこかに引っかかっていた。


出来れば来てくれると嬉しいし、助かるんですけど――。


普通に考えれば誘い文句だと思うのだが、なぜか妙に気がかりでならなかった。

俺はその宿、“エルダ”に向けて太陽が傾き始めた街を歩き出したのだった。

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