第4話 宿屋『エルダ』
“エルダ”はこの街でも有名な宿らしく、街を歩いている人間に聞いただけで簡単に宿の目の前まではたどり着くことが出来た。そこは“アルグラス通り”といわれるこの街で五本の指に入る大通りに面していた。
「ここがあの子が居る宿か」
木製のドアを開けて入るとチャリンと鈴がなり、さっき会った茶髪の子が笑顔で俺を迎える。
「いらっしゃいませ! あっ、お兄さん、来てくれたんですね!?」
「まぁ、色々見たんだけど良さそうな宿が無くって……」
「またまたぁ! そこは最初から来る気だったって言ってくださいよ!」
「アハハ……」
「あ、あれ? ウケなかったかぁ~はぁ……。まぁ、仕方ない! で、お兄さん、何泊されます?」
茶化すように言いながら手首をパタパタさせて少女はにっこりと微笑んだと思ったら俺の乾いた笑いで少女は冷静さを取り戻したのか、真面目な目つきで帳簿をぺらぺらと開き始めた。
「うーん、とりあえず、一週間泊まらせてもらおうかな?」
「はーい! 食事代はお食事の時に頂くのでいいとして……七日間で金貨1枚と銀貨4枚になりますけど大丈夫ですか?」
「構わないよ。コレで足りるかな?」
俺は金貨2枚をカウンターの上に出した。
「ええ! 足りますよ! はい。おつりの銀貨6枚です!」
「ありがとう」
今のやり取りで分かったが、銀貨10枚で金貨1枚という事らしい。
「あ、そういえば名前! まだお兄さんの名前、聞いてませんでした……」
「俺の名前はヒロキだよ。えーっと君は……」
「あああ!! そうでした……! そもそも私も名乗ってないじゃん」
帳簿に筆を走らせながらその少女はガクッとうな垂れたが、すぐ元気を取り戻したかのように名乗った。
「私はシェリーといいます! これから宜しくお願いしますね! ヒロキさん!」
「ああ、こちらこそよろしく」
「よし、これでOK……っと。夕時なのでご飯も出せますが、どうします?」
シェリーに言われて気付いたが、良く良く考えれば現実世界とこっちの世界での時間も合わせれば結構な時間、飲まず食わずだ。すでに腹も喉も飢えきっていた。
「じゃあ、ご飯を頂いちゃおうかな?」
「はい! かしこまりました。では、適当に座って待っててくださいね!」
シェリーはにっこり笑いながら軽快な動きで奥へと去っていった。
俺は食事が出てくるまでの間、窓際に座って景色を眺めた。通りは夕暮れから夜へと移り変わっていく。時間の経過につれて、人の往来が多くなっていく。
「(この世界の帰宅ラッシュってやつか……)」
それから外を眺めること20分後、シェリーがご飯を運んできた。
「じゃーん! 今日は魚三昧です! 提携している業者さんのところで魚が大量に捕れたらしくて、アルメイドのお刺身とリグライのから揚げに、ファングラ貝のお味噌汁です! これは全部、私が作ったんですよ?」
「おお~! うまそう!」
赤身の魚の刺身と開いた魚をそのまま天ぷらにした香ばしい臭いが食欲をそそる。
ましてや、女の子の作ってくれた料理なんてことを堂々と言われたら初心な俺にとってはたまらないスパイスだ。
「で、では頂きます!」
「んんっ! まずは御代の銀貨1枚を頂戴します! タダ食いは犯罪ですからね?」
意気揚々と箸を持った俺に対してシェリーは盛大に咳払いをしてじっと見つめる。
「はい。これでOK?」
「はーい。まいどあり! では、冷めないうちにどうぞ! あ、お酒は飲まれますか?」
「うーん、甘くて飲みやすいモノなら呑みたいかな?」
「甘いやつか~。あっ! 確かぶどう酒があったはず! ちょっと持ってきますね!」
再び、シェリーは駆け足で奥へと行き、木製のコップとボトルを持ってテーブルまで戻ってきた。
「はい。では一杯、どーぞ!」
「ああ、ありがとう」
笑顔でシェリーは俺の隣に座り、コップにぶどう酒を注ぐ。こんないい思いはいつ以来だろうか、少し心をくすぐられる思いで勺をして貰い、グイッと飲み干した。
「なかなか呑みやすいお酒だね? コレ」
「そうでしょ!? このお酒は結構、甘いから私も好きなんですよ! 気に入っていただけて何よりです!」
「(え? 待て待て!! その歳で飲酒できるのか……!?)」
シェリーは紛れもなく年齢的に高くみても15、16くらいの子だ。とてもじゃないが、酒を呑んでいい歳じゃないような気がする。
「どうかしましたか? ジーッと私のほうを見て。あ、もしかして私に惚れちゃいました?」
「あ、いや……その歳で酒は呑んでいいものなんだ~と思って」
「軽く流されたっ……!? ううぅ……お酒は男女ともに16歳から呑めますよ? ヒロキさんはそんな事も知らないんですか?」
正直、『この世界の常識を知らないのか』と突かれると痛いが、シェリーが顔を膨らませてブーッとしながら言う姿がなんとも可愛らしくて、反応を見ているだけで楽しくなる。
「あ、いや……その、ウチは20歳になるまで駄目って言われてたからさ?」
「ふーん。世知辛いご家庭だったんですね」
「まぁ、そんなところかな? (さすがに『異世界から来ました、実はもう、一回死んでます』なんていえない……)」
俺は誤魔化すように二杯目の酒を呑む。その時、チャリーンと宿屋の扉が開く鈴の音が聞こえると同時にフードを目深に被った人が入ってきた。そして、次の瞬間、パンッ!と乾いた音が店内に鳴り響いた。
「全員、動くな!!」
「(おいおい、強盗か……? ってか、声からして女……だよな)」
宿屋に押し入ってきたフード女の手にはオートマティックの拳銃が握られている。
ジワリ、ジワリと銃を握った女が俺たちを見て距離を詰めて来る。
「オーナー! 出てきなさい! どこに居るの!」
「オ、オーナーは今、寄り合いに参加していていません!」
シェリーは恐怖に駆られながらも正面からそう言い放った。
「そう。じゃあ……オーナーが帰ってくるまで待たせてもらうわ。決して妙な気は起さないでね! コイツは鉄の球体を飛ばす武器なんだから!」
フードの女はシェリーの説明に納得したのか、俺たちの動きを警戒しつつ、銃を向けながらシェリーに向かって懐から出した紐を投げた。
「これでそこの男を縛りなさい!」
「…………。」
「早くやりなさい! でないと……!」
カチャと銃口をシェリーに向ける。本気なのか、嘘なのかは分からないが、このままではフード女が激昂し、撃つ可能性は否定できない。
「……シェリー。気にせずやってくれ」
「すみません。私が宿にお誘いしたばっかりに……」
申し訳なさそうにシェリーは俺の手を縛った。その時、再びドアの呼び鈴がなる。ドアから入ってきたのは小太りで40歳くらいの男だった。
「オ、オーナー!!」
シェリーの大声と銃を持つフード女の様子で状況を理解したのか、慌てて小太りのオーナーは踵を返す。しかし、それをフード女が見過ごすわけが無い。乾いた銃声が再び、鳴り響く。
パンッ!
「あ、あしがぁぁぁ!!」
フード女が撃った弾丸は見事にオーナーの足へ命中し、オーナーは地面に崩れ落ちた。フード女はオーナーの襟を掴み、ズリズリと俺たちの元に引きずって来てからオーナーの眉間に銃を当て、冷酷に告げた。
「逃げるなんて許さないわよ? ここであなたが生きるか死ぬかは私の手の内にあることを忘れないこと。いいわね?」
「わ、わ、分かった!!」
オーナーは首を縦にブンブンと振る。
「じゃあ、私の要求を伝えるわよ? 私の要求はココで雇っている『奴隷達の契約解除』よ」
「そ、そんなことは出来ない……」
ポソッとオーナーが言うとフード女は俺がさっきまで座っていた場所に銃口を向けてトリガーを引いた。乾いた音と同時にカシャンとぶどう酒の瓶が割れた音が響く。瓶は粉々になってテーブルからは黒紫の酒が滴り落ちる。まるでその光景は人の血のようだった。
「あなたが契約を解除しないなら契約主であるあなたをこの銃で
「ヒィ……! そ、それでも無理なんだ! 今日の夜、ザルド伯爵家にこの娘を渡す約束になってるんだ! もし、それに歯向かったら殺される!」
オーナーはシェリーを指差し、ひたすら命乞いをする。
「(シェリーが奴隷……?)」
その話に驚きながらシェリーに視線を向けると彼女は顔を背けた。
やがて、シェリーはふぅと息を吐いてポツリ、ポツリと語り出した。
「本当の……話です。もう既に話はまとまっていると聞いています」
その一方でフード女は何か考えをめぐらせていたようだが、オーナーの眉間に銃口を突きつける。
「だから、何? ここで死にたいの? 私は本気よ……!」
そのフード女は撃鉄を下げる。そのカチャッという音はまるで、死の宣告を告げるような音だった。見ていられなくなった俺はここでイチかバチか、賭けに出ることにした。
「(この世界に来て早々に人助けなんて馬鹿かも知んないけど……人が死ぬのをみるのはもう懲り懲りだ)」
少なからず、勝負するための切り札は手の内にある。
「オーナー。あんたの奴隷は何人居る?」
俺が横から話を突っ込むとフード女の銃口はすぐにこちらを向いた。
「アンタ、妙な事を考えているんじゃ――!」
「俺はこの場を丸く納めたいんだ。アンタだってコイツを撃ち殺したくないだろ? 質問を続けさせてくれないか?」
場が静まり返るが、俺はフード女をじっと見つめる。
すると、女は銃を再び、オーナーに向けた。
「まぁ……いいわ。続けなさい。逃げようとしたらこいつを撃ち殺すわ」
「(手を縛られて逃げられるわけねぇーだろ。馬鹿か?)」
心の中でそう叫んでいるとフード女は気付いたように話を付け足した。
「……言っておくけどこの建物自体、防音加工がされているから外に聞こえるように言ったって無駄だから」
「別に逃げようとか、誰かを呼ぼうって訳じゃないから安心していい」
「……どうだか?」
疑いの目を俺に向け続けるが、俺は二度、質問を投げかけた。
「ここでは何人の奴隷を雇ってる?」
「さ、三人だ!」
「じゃあ、一人当たりの単価は?」
「き、金貨50枚だ! なぜ、そんな事を今、聞く!?」
「(一人の価値がたったの金貨50枚? 人間をたったそれだけの価格で売買するなんてふざけてる)」
俺は怒りを抑えながら切り札を切る。
「ならオーナー、俺と取引だ。その子達の所有権を俺に譲渡しろ。報酬は金貨300枚だ!」
「「300枚!?」」
全員が驚愕した表情を浮かべる。相場の倍額を提示したのだから無理も無い。
「ああ、売却額と合わせて伯爵家から逃げ遂せるためのカネに、口止め料だ。交渉に乗るなら今すぐ、奴隷契約を解除しろ……でなければ――」
フード女に目配せをするとフッと笑いながらオーナーへと銃を向けた。
「……ここで殺されるか。もう選択肢は無いみたいよ? さぁ、選びなさい!」
「わ、分かった。君の話に乗る……! 乗るから撃たないでくれ!」
「じゃあ、すぐに奴隷契約を解除してやれ」
俺がそう言うとオーナーがシェリーに奴隷として扱っている者を集めるように言った。しばらくすると、シェリーに連れられ、2人の少女が現れた。そして、オーナーは一人、ひとりに向けて呪文を告げ始める。
「<奴隷の主たる我が命ずる・呪を以て束縛せし理をもって・契約を解除する>」
告げる度にオーナーの手先には紫色の紋章が浮かび、砕けていく様子を俺は眺め続けるのだった。
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