第5話 シェリーの思い
すべての奴隷契約を解除し終えた宿屋『エルダ』のオーナーは、俺から報酬の金貨300枚を持って脱兎の如く逃げていった。
「礼は言わないわよ?」
「別に……。オーナー以外、誰も傷つかず済んだからそれだけで満足だよ」
フード女は銃をホルスターに仕舞いながら、フードを取った。その相貌は金髪のロングヘアーで全身が細く、色白で顔立ちが良い美貌の持ち主だった。しかし、そのフードの人物を“大人の女性”と言うにはまだ幼さが残っていて、見た目からしても高校生くらいの少女だ。
「さぁ、奴隷だったあなたちはもう自由よ。元の生活に戻りたくければ逃げなさい、あなたもそれでいいわよね?」
「ああ。元からそのつもりだ」
「よし、行って! 今すぐよ!」
「ありがとう……ございました!」
そういい残してシェリーたち三人は奥へと去っていった。
「さて……公爵家の人間がじき、ココに来る。あなたも早くココを出た方が良いわ」
「お気遣いありがとう。そうさせてもらうよ」
触らぬ神にたたりなし。人を助けるのと面倒事に巻き込まれるのは別問題だ。
俺はすぐに店を出て、次なる宿屋を探すべく大通りをブラブラと歩き出す。
しかし、そんなとき、不意に後ろから声を掛けられた。
「ヒロキさん! 待ってください!」
後ろを振り返ればそこには小さなバックを背負ったシェリーが居た。息が上がっていて、必死に追っかけてきた様子が見て取れる。
「お願いします……! 私を連れていってください!」
「待て待て。なんでそうなる? 奴隷から解放された今なら――ああ、そうか! 金が無いからどうしようもないのか。なら、少しだけだけど――」
「そういうことじゃ、そういうことじゃないのっ……!」
「おいおい、急にどうしたんだよ?」
シェリーはその場で俺に抱きつき泣きじゃくる。崩れ落ちるシェリーを抱きかかえるが、泣いている理由が分からない。
「(自由になったのなら俺からカネを貰って、うまいこと生活すれば良いだけじゃないか)」
そう思っていると乾いた音が後方から鳴り響く。
振り返れば3人の男が拳銃の銃口をこちらに向けていた。
「そこの男! その女をこちらに引き渡してもらおう!」
「お前ら一体、何者だ?」
「我らはザルド公爵の親衛隊である! その娘は我らが主の婚約者だ。抵抗するならば撃ち殺す!」
「……本当なのか?」
シェリーにそう問いただすと全力で首を横に振った。
「違うって本人は言ってるみたいだが?」
「何を言っている! その娘はザルド公爵の慈悲深いお心によって奴隷の身分でありながら嫁ぐことを許可され、正式に妻になることが決まった娘だ!」
「馬鹿を言うなよ、こいつはもう奴隷なんかじゃないぞ」
「婚約すると既に契約を結んでいるのだ。今更、拒否権などない! ガタガタ言ってないで、さっさとその娘を引き渡せ!」
親衛隊の男達はジリジリと近づいてくる。
「連れて行かれたらきっと、殺されるっ……!」
「シェリー、お前……」
グッと弱々しく俺の腕に掴まる様子を見て腹を決めた。
『この子を、シェリーを助けよう』と。もうここまで来たら俺も退けない。
「……逃げ切れなかったらすまん。それでもいいか?」
そう小声で言うとシェリーはコクリと頷いた。自分にどこまでできるのか分からないが、逃げる手段を見極めるために男たちの動きに注意を払う。正直、銃で撃たれたら間違いなく動けなくなる。男達の配置は横並びに広がって射線を通せるように計算されているようだったが、まだ距離はある。
「(勝機は薄い。でも、逃げるなら距離がある今しかない!)」
俺はそう決意を固め、咄嗟にシェリーをお姫様抱っこで抱えて走り出した。
「逃げたぞ! 撃て撃て!!」
男達は容赦なく銃を撃ち、乾いた音が鳴り響く。体を掠めるように銃弾が飛びぬける中、的を絞られないようにジグザグに走りながら俺は路地裏へと駆けこむ。攻撃の手段を持たない以上、とにかく逃げるしかない。だが、運の悪いことに数回、路地を曲がって逃げた先は行き止まりだった。
「ああ、クソッ! 行き止まり!? ……ここまでみたいだ」
「ううん、ありがとう。逃げてくれただけで本当に、本当に嬉しかった。最後にちょっとだけ『本当の恋』を実感できたから……」
「えっ?」
シェリーは抱っこされたまま俺に抱きつき、これが「別れの言葉」だと言わんばかりに涙を浮かべ、笑みを零す。その時になってようやくシェリーが俺に好意を抱いていたことに気付いた。そして、また俺も『自分の思い』に気づき始めていた。
「(最初は哀れだと思ったから逃げるのにも手を貸そう――そう思った。でも、今は違う。シェリーは明るくて優しくて、面白くて……俺はそんなシェリーが――)」
それは正しく、俺が恋に落ちた瞬間だった。しかし、無常にも1発の銃声がその場に鳴り響く。その銃弾は俺の左太ももに着弾し、焼けるような痛さが足を襲った。
あまりの痛さに俺はシェリーを抱えたまま、崩れ落ちるように倒れこむ。
「ぐあっ……!」
「……!! やめて! この人を撃たないで! 大人しく付いていく……だから、お願いっ! お願いだから撃つのはやめてっ!!」
シェリーは素早く俺の腕から抜け出し、庇うように後ろに立った。
男達はその姿に銃を降ろし、強引にシェリーを連れ去ろうとする。
「ほら、来い!」
「くっ……ふざけんな、やめろっ!」
俺はシェリーを男達に連れて行かれまいと間に割って男たちの手を振りほどこうとする。しかし、終焉を告げるように再度、乾いた銃声がその場に鳴り響く。その瞬間、凄まじい痛みが胸部を襲った。今度は至近距離から胸部に一発、銃弾を浴びた。
「げぅっ……」
「いやぁぁぁ!!」
「いいから来い! このクソガキが!」
シェリーが連れ去られていく中、俺はひたすら虚空に手を伸ばすが、シェリーの手はあまり遠かった。男達によってシェリーがドンドン引き剥がされていく。
「シェリー……待ってろよ。必ず、助けに……行く……から……」
そこまで言いかけたところで俺の意識は落ちた。
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