第6話 フードの少女
「はっ! 痛ってぇ!」
目が覚めたとき、俺は処置をされた状態でどこかの建物内のベッドに寝かされていた。ほのかに香る木の香りや奥行きのある天井から察するに民家のようで部屋の中は暖炉の火とランタンの光だけが薄暗く照らす。状況が読めずにいると不意に横から視線を感じた。
「まだ傷が傷むでしょ? 安静にしていたほうがいいわ」
「ど、どうして君がここに?」
不意に横からもたらされた声の方を向くとそこには宿屋『エルダ』のオーナーを襲った少女がいた。少女は銃の部品を掃除しながら視線だけこちらに向けて呆れたように喋り出す。
「それはこっちの台詞。どうしてあなたが公爵家の私兵にやられていたのよ?」
「そ、それは……」
「いいから話してみなさい」
俺は宿屋エルダを出てからの一連の出来事を彼女に話した。
「つまり、あなたはあの子、シェリーを守ろうとしたけど守りきれず、連れ去られたという訳ね?」
「ああ、見っともないがその通りだ。何もできなかった……」
「で、これからアンタはどうするつもり? まさか、公爵家に乗り込んで『シェリーを返して』って直談判しに行くとか言うんじゃないわよね?」
俺は思わず、押し黙る。少女は銃の部品を組み立てながら「そんな事だろうと思った」と言わんばかりの表情で俺を見る。
「図星? はぁ……やめておきなさい。殺されるだけよ」
「そんなのやってみなきゃ、わからないだろ? カネを積めば――」
「あなたがどれだけの資産家か知らないけれど、そんな巨万の富を得たら公爵家の連中はさらに暴走するだけよ」
「じゃあ、どうしろって言うんだ!」
俺が声を荒げると同時にその少女は組み上げた銃に実弾が入ったマガジンを装填し、ホルスターにサッと収納する。そして、彼女は堂々と俺に言ってのけた。
「簡単よ。私と手を組みなさい。私はあなたに武器の使い方とその子の救出を手助けしてあげる」
「えっ、本当か!? それはありがたいけど、君には何かメリットがあるのか?」
「そんなの無いわよ。まぁ、強いて言えば『悪を根絶できる』ってことかしらね? で、どうするの? 私と組むなら組む。組まないなら組まない。二つに一つよ」
「……答える前に教えてくれ。お前と組んだとしてシェリーを救い出せる可能性はどのくらいある?」
決断を迫る少女に待ったを掛けるように俺はそう問いかけた。少女はその問いかけにどう答えたらいいのか悩んでいるのか、顎に手を置き考えて込んでいたが、ゆっくりと口を開いた。
「高く見積もっても40%が関の山よ」
「たったの4割……しかないのか?」
「あなたの気持ちも分かるわ。でも、相手がさっきとは違うからね。それにあの子があの残忍なザルド公爵の責めに耐え続けられているかどうか……」
「『ザルド公爵』ってそんなにヤバいのか?」
「……本当にあなた、何も知らないのね? ザルド公爵はサディスティックな人間として有名な男よ。まぁ、要は相手に痛みを与えて叫ぶのを聞いて楽しむ……そんな胸糞野郎ってこと。だから、救える可能性は4割だと言ったのよ」
少女は俺を真っ直ぐ見ながらどこか悲しそうな目つきでそう語った。その言葉が本当ならもう一刻の猶予も許されない。俺に選択の余地などはなかった。
「……分かった。君と組むよ」
「じゃあ、改めて自己紹介ね? 私はティナ。ここを根城に『奴隷の解放運動』を行っている活動家よ。さぁ、今度はあなたの番。全て話せとは言わないから名前くらいは教えなさい?」
「……俺の名前はヒロキ。この世界の常識はほとんど身に付いていないと思ってもらって構わない」
「了解。じゃあ、ヒロキ? 今はまだ体に傷を負ってるんだから雑学だけやっていくわよ」
ティナは銃やイヤホン型トランシーバー、ナイフなど様々なモノを目の前のテーブルに並べて講義をするように淡々と話し出す。ティナの話によるとこの世界での基本的な武器は銃や剣などの武器が多く用いられているらしい。それ以外の武器や『魔術』も存在するらしいが、扱う事が難しく使えるのは一握りの人間らしい。
「じゃあ、俺も剣か銃を使えるようになればいいってことか?」
「まぁ、その通りね。でも、今回に限っては時間も少ないし、銃を教えるわ。もう経験済みだから言わなくても分かるだろうけど、弾丸さえ体のどこかに当てる事さえできれば、確実に相手を制圧することができる。それにあなたは男だし、力もあるから教える上では最適なのよ」
ティナは自分のホルスターから銃を取り出し、各部位を事細かく説明してから『弾の込め方』や『コッキング』の方法、射撃の基本雑学を丁寧に解説していく。
「実際にやってみないと分からないことも多いだろうけど、座学的に教えられるのはコレが限界ね。何か質問はある?」
「いや、特には……。ありがとう。すごくわかりやすかった」
「そう? なら、良かったわ。じゃあ、ご飯にしましょうか。少し待ってて、すぐ持って来るわ」
ティナは少しだけ口角を上げてそう言うとすぐに部屋を出て行った。10分ほどしてから戻ってきたティナの手にはトレイが握られており、その上にはクリームシチューが入った鍋と皿がのっていた。
「はい。私の手料理だから味の保証は出来ないけど無いよりマシでしょ?」
「あ、ありがとう……い、頂きます」
目の前に盛られたシチューはお世辞も言えないほどゴロッとした野菜が入っていて形もバラバラだ。正直、味に不安が過ぎる。だが、意を決して口に運んでみると意外にも火がよく通っているし、味の濃さも絶妙でおいしかった。
「(不味いんじゃないかと思ったけど凄くおいしい……生きてるって思える)」
「どう? やっぱり、泣くほど不味いかしら?」
「いいや、全然……普通においしいよ」
「あのね、そこは『おいしい』って素直に言いなさいよ。ったく……」
俺が皿を置くと何も言っていないのにティナは満更でも無い表情でそっとシチューを皿に善そう。
「男の子なんだからもっと食べないと良くなるものも良くならないわよ?」
「あ、ありがとう……」
俺は何杯かおかわりをしてすっかりおなかを満たした。ティナは微笑ましいものでもみたかのように俺を見つめながら最後に水と薬を俺に差し出した。
「はい。じゃあ、後はこの鎮痛剤を飲んで今日は休みなさい。明日から本格的に銃の練習を始めるわよ」
「ティナ。その、いろいろとありがとう」
「私は人として当然の事をしているだけよ。じゃあね、おやすみ」
ティナは流れるようにそう言い放って煌びやかな金髪をなびかせて部屋を出て行った。きっと明日からはシェリーを救うため、過酷な訓練が待っているに違いないと思いながら明日に備えて俺は静かに瞼を閉じた。
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