<帝国サイド>第37話 海城脱出と動揺

「城を出ると言ってもここの警備は一段と厳しいわよ」

「んなことは、俺が一番よく分かってる。いいから公爵様は黙ってろ」


リード率いる元魔術師団の一行は警備兵を避けながら迅速に城の出口を目指していた。皇帝が作り上げたこの海城から逃げ出すためには橋を渡って市街地まで出るしか方法がない。


「いいか? 正面から堂々と出ていくぞ。今ならまだ皇帝の耳に俺たちが逃げたことは伝わっていないはずだ。ナターシャたちは公爵を――」

「公爵じゃない! ティナよ」

「ちっちゃいことを――まぁいい。じゃあ、このティナを真ん中に挟んで周囲から怪しまれないようにしろ」

「わかった」


ナターシャたちはティナを真ん中にして隠すようにしつつ、正面からリードたちは堂々と出ていく。だが、幸いなことに怪しまれている様子もない。このまま行けると誰しもがそう思っていた。しかし、その直後、けたたましいサイレンが城内に鳴り響き渡り、それと同時に軍の総司令官の声が聞こえ始めた。


「城内に居る警備兵に告ぐ。直ちに城門を封鎖し、帝国魔術師団の隊長リードと副隊長ナターシャを生死にかかわらず、捕縛せよ。繰り返す――」

「あの野郎――クソ、警報だ! みんな走れ!」


リードの声を皮切りに全員が走り出し、止められていた荷馬車へと飛び乗るが、それを見つけた警備兵たちは一斉に銃を構えてこちらへと撃って来る。


「各員、各自の判断で応戦しろ!」

「了解っ!」

「ったく、あいつら仲間にもお構いなしかよ!」

「行くよ! みんな捕まって! ヤァ!」


ナターシャが馬に鞭を入れてリードたちが乗った馬車は城と街をつなぐ橋へ向けて全力で走る。だが、すぐに彼女は最悪の事態を目撃した。


「リード、まずい! 城壁の砲塔が動いてるし、城門も閉まってる」

「クソ! 意地でも逃がさないつもりか!」

「そのまま突っ走って! ここで止まったら殺されるわ!! あの砲塔は私が何とかする。だから、アンタは城門を何とかする方法を考えて!」


緊迫する中でそう声を上げたのは他でもないティナだった。

だが、この公爵がどうこうできるほど、あの砲塔は単純なモノではない。物理や魔術の耐性がきっちりとエンチャントされている。複数人で攻撃しても壊れるかどうか怪しい代物なのだ。


「馬鹿言うな。あれは銃弾で壊せるような――」

「私は魔力が残ってない! 今の私じゃ、あの砲塔を止めることくらいしかできないのよ」

「ああ……もう! どうととでもなれだ! どうなっても知らねーからな! 全員、砲塔に攻撃を集中しろ!」


リードは腹をくくって詠唱に集中するため、目を閉じ意識を集中させていく。

そんな中、ティナは足からナイフを取り出してそれを複数回、叩き割った。そして、その破片を銃口の中に入れて砲塔へと狙いを定める。


「<踊れ踊れ・灼熱の炎竜よ・いにしえの時を経て・怒りの業火と成せ!>」


詠唱と同時にティナが砲塔へ向けてトリガーを引く。すると、銃口から炎の光線が飛び出し、砲塔を穿った。ティナの攻撃を受けた砲塔は煙を吹いて大破した。


「次! <踊れ恐れ・灼熱の炎竜よ――>」

「(でも、どうして? 魔力が枯渇しているってさっき――あ、そっか……あれは生成物だったんだ)」


ナターシャは目の前でガシャンと音を立てて崩れ落ちる砲塔の光景を前にそう考えが及ぶ。『生成物』――それはマナを起因にして作られた遺物だ。本来であればこんな使い方はできないのだが、ティナは最小限のマナで術式を展開しながら生成物を触媒に魔術を発動させたのだ。


「案外、公爵様はやるな! さて、俺も始めるとするか」


御者台の上に立ち上がったリードはホルスターに銃をしまい、早撃ちをするかのような体制を取る。そして、そびえ立つ大きな壁を見ながら言葉を紡ぐ。


 <万物を食らいし灼熱の業火よ・我が前に仇成す脅威を殲滅せよ・素の力をもって・烈火の如く・破壊の理を示せ!>」


帝国魔術師団の黒い上着を素早く払って銃を抜き、トリガーを引く。彼が放った銃弾は着弾した瞬間、爆発音と共に馬車が通れるほどの大穴が城門に空く。煙と焦げ臭さが残る中を馬車は駆け、城門を抜けた。


「橋まではあと少しだ。これでもう俺たちを止められ――」

「まだよっ!」


ティナにそう叫ばれ、慌ててリードが振り返るとそこには騎馬部隊が高速で接近してくる。その数は分からないが、とにかく大勢で追いかけてきていることだけは間違いない。


「懲りない奴らだ。鉛球をくれてやれ!」

「先頭の馬を狙って! そうすれば追って来れなくなる!」


荷台へと移ったティナとリードたちは、ナターシャの指示に従って最前列の馬に向けて銃をひたすら撃ち続ける。橋を渡り始めると勝負は呆気なくついた。先頭に走っている馬が次々に倒れ、後続が回避できずドミノ倒しのようになったのだ。


リードはその様子を眺めながらナターシャに国境へと向かうように指示を出した。


「ふぅ、これで一安心だな。本当に危なかった」

「全くよ。こんな無謀なのはヒロキあいつだけで十分よ」

「ああ、そうかもな?」

「ところで二人はどこに? この先に居るの?」

「……。」

「どうしたのよ? あなた達が連れて行ったんでしょ? 今更、皇帝に義理立てする必要も無いじゃない。あの追われ方からしてあなた達、皇帝を裏切ったんだろうから」


思わず、その場にいた全員が黙り込む。ティナを除く全員が二人の末路を知っている。それ故に言葉には出せない。それでもリードだけは違った。


「ナターシャ、これをもっててくれ」


銃をホルスターから抜き取り、チャンバーから弾を抜いてナターシャに渡した。

その行動にナターシャはリードの考えを理解して慌てて腕をつかむ。


「リード! ダメ!」

「ありがとうな。でも、ここで言わなくてもいずれ、わかることだ」


そう話したリードはそっとティナの向かい側に座りなおした。

そして、目を一度閉じてからティナの目を見て『あの事実』を喋り始めた。


「あの二人は残念だが、俺がこの手で殺した」

「ちょ、ちょっと……冗談がすぎるわよ。そんなの――」

「冗談でも嘘でもない。皇帝の命令でオリン村の近くにある湖脇の建物で――」

「黙って……」

「ナイフを使って腹部を刺した。あれだけの傷だ。もうきっと死んでる」

「黙れ……! 私はそんなこと、信じないっ……!」


ティナはリードの胸ぐらをつかんで銃をリードの頭に突きつける。

その一方でリードの部下たちは全員、ティナに向けて銃口を構える。


「ティナ元公爵、銃を下げてくれ! でないと俺たちは撃たなくちゃならない。これ以上、余計な殺しをさせないでくれ!」

「くっ……よくも……。もし、二人が死んだら――死んでたら……地の果てまで追っかけてでもアンタを殺す! 覚えておきなさいっ……」


リードに囁くティナの表情は怒りに満ちていたが、涙は自然と止まっていた。

そして、ティナは素早く銃を横向きにしてリードの頭に強く押し付け、声を荒げた。


「今すぐこの馬車を止めて! そして全員、降りて! ――でないとこいつを殺すわ! 私は本気よ!!」

「ナターシャ、すぐに止めろ!」


魔術師たちが慌てて馬車を止めるようにナターシャに叫んだ。

馬車が止まるとティナは御者台に乗り、リードを蹴落として今まできた道を引き返していく。魔術師たちが全員、武器を構えて追撃しようとするが――。


「やめなさい! 撃っちゃだめ!」


ナターシャがそう声を荒げた。そして、彼女の視線はリードへと注がれた。


「これで良かったんでしょ、リード?」

「ああ、これでいい。俺たちは所詮、悪者だ」

「隊長、まさか端からこれを狙って――? あの公爵を戦いに参加させるつもりはなかったってことですか?」

「さぁな? もういなくなった奴の事なんて知るか。さぁ、行くぞ」


リードはそう言ってナターシャたちを砦に向けて先導し始めた。そして、ティナは奪った馬車で二人の死をこの目で見るまで信じないと心に誓い、オリン村へと走り始めた。

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