<帝国サイド>第36話 リードたちの裏切り
帝国魔術師団の『
「クソっ……なんで俺が……」
彼にとって軍務は確かに復讐のために成し遂げなくてはならないものだった。
しかし、そこには必ず正義があった。
「あいつらに何の罪があったっていうんだ」
「隊長、さすがに休んだ方がいいですよ。このままじゃ――」
「うるさい、黙ってろ……殺すぞ」
鋭い眼光で睨む彼の視線によってその場にいた直属の部下たちは口を噤んだ。
この場に居る誰もが今回の作戦の意義が全く分からなかった。確かに殺した二人は帝国の臣民ではなく、憎き王国の民だ。それでも彼らが帝国に仇を成したわけではない。
「(それにあの二人は、女公爵との大切な交渉材料だったはずだ。それでも殺させたということは陛下は端から――)」
「失礼します。隊長、皇帝陛下がお呼びです」
「分かった。すぐに向かう」
勢いよく扉を開けてリードは複雑な気持ちのまま、皇帝が待つ謁見の間へと向かった。しかし、謁見の間には先客が居た。
「では、そのようにお願いいたします。きっと我が主も喜ぶはずです。失礼いたします」
「(……王国の兵士? どういうことだ?)」
すれ違いざまにそれが王国の兵士だとすぐに分かった。でも、今から攻め込もうとしている国の兵士がどうしてここに居るのか、リードには理解できなかった。
「陛下、今のは……」
「お前が気にすることではない。それよりもあの二人は始末したか?」
「……はい。確実に」
「よし、いよいよだ。ナターシャから軍の準備が完了したと報告があった。明日の明朝に動くぞ。お前とナターシャはティナを連れて砦に向かえ。そして、戦いが始まったら存分に暴れろ。期待しているぞ」
「かしこまりました。要件はそれだけでしょうか?」
「ああ、それだけだ」
「では、失礼します」
しかし、リードは謁見の間を後にしながら妙な胸騒ぎを覚えていた。
「(何かが変だ……俺たち、軍部ですら知りえないことが起こってる。やっぱり、陛下はあの女公爵を騙したんだ。それにさっきの王国兵――もし、最初から交渉なんて存在していなかったとしたら俺がやったことはタダの人殺しじゃないか)」
廊下に出たところでナターシャがこちらへと歩いてきた。
「リード。遂にこの時が来たわね」
「……ああ」
「……ん? どうしたの?」
「少し話がある。ちょっと付き合ってくれ」
「うん」
軍部にある自分のオフィスにナターシャを招き入れたリードは、さっき程見た王国兵の話と合わせて自分が行った任務の話をした。
「えっ……あの二人を?」
「ああ、この手で殺した」
「どうしてそんなことを――それじゃあ、王国とやってることに変わりはないじゃない!」
「それでもやるしかなかったんだ。王国と戦争をするために……」
「だからって――」
「分かってる。復讐のためとはいえ、それがどんな非道なことなのかも。多分、次はあの女公爵が殺される。さっき、王国の兵士が謁見の間で皇帝と会っていたんだ。理由が分からないが、陛下は何か王国と取引をするつもりだ」
「でも、取引って言っても一体、何を――」
その時だった。オフィスの扉がバンッと開いた。
咄嗟に銃を構えた二人だったが、そこに居たのは伝令兵だった。
「……ひぃ!」
「なんだ、伝令か。脅かしやがって……何かあったのか?」
「あっ、はい。先ほど、国境にある砦から伝令があり、王国全土で死者――ええっと、死霊術と呼ばれる魔術の攻撃が各地で起こっているそうです!」
「なっ、死霊術だと!?」
死霊術――それは『死者を現世へと呼び戻し使役する魔術』だ。従来の魔術とは異なり、数十から数百人規模の魔術師が六芒星の魔術陣を描き、発動範囲に応じて術式を展開しなければ完成しえない禁忌の魔術だ。
「でも、なぜ死霊術が王国で――」
この悪しき『死霊術』は王国の人間が知るはずがない。この魔術は帝国で機密事項として語り継がれてきたものだからだ。
「……状況はわかった。砦の警戒を高めろ。もし、そいつらが砦に向かってきたら迷わず、遠距離から仕留めるように伝えろ。急げ!」
「はっ!」
伝令が駆け戻っていく中、その横をリードが率いる帝国魔術師団の部下、20人が銃を片手にこちらへとやってくるのが見えた。リードとナターシャはその様子にそっと顔を見合わせる。
「リード。この雰囲気――この感じ……」
「ああ、やばいな。恐らくだが、皇帝は俺たちも切り捨てるつもりだ」
そう思ったのには彼らの放つ殺気ともう一つ理由があった。
この帝国全土で『死霊術』を知っている人間は軍部のリードとナターシャ、そして皇帝以外は知りえない。つまり、皇帝は王国を潰して濡れ衣を俺たち着せて抹殺するつもりなのだ。
「ったく、必死に仕えてきて王国に攻め込むために部下を鍛えてきたって言うのに、なんでこうなるかな……。こんなことになるならもっと早い段階でお前と王城に乗り込めばよかったな」
「リード……。確かにその方が余程、気楽だったでしょうね。でも、私たちの理念は間違ってなかったし、誇っていいと思う。臣民を守るために悪を討つ。それに間違いはなかったんだから」
「そうだな。じゃあ、復讐の前に死霊術を止めに行くか……」
「ふぅ、そうね。憎い王国の民とはいえ、民間人が死ぬのと復讐は違うからね。ただ……そうなると目の前のあいつらを何とかしないといけないわけだけど……」
「ああ、そうだな。でも、俺たちなら大丈夫さ。期待してるよ、パートナー」
銃を片手に拳を突き合わせ、前方を見やる。
「リード隊長、ナターシャ副長。おとなしく投降してください」
「ははっ、部下だった奴らに「投降しろ」と言われるとはな? お前ら、銃を向けてる相手を本当に理解してるか?」
「……隊長。俺たちだってこんな事したくないんだ。でも、拘束しなきゃ俺たちが殺されちまう。もう後には引けないんだよ」
「そんなことないわ。今からでもまだ間に合う。トリガーを引かない限り――」
「ナターシャの言う通りだ。別に協力しろとは言わない。道を開けてくれ。それで終わりだ」
「っ……。隊長っ……!」
リード達と対峙するのは共に戦火を潜り抜けてきた仲間同士だ。
それ故にみんながみんな、動揺しているのがよく分かる。全員の銃口が少しずつ下がっている。皇帝は俺たちを拘束しろとこいつらに命じたんだろうが、こいつらには俺たちは撃てない。
「……俺たちは行く。お前らも身の振り方を考えとけ。必死にもがいてもあの皇帝が居る限り、こんな末路だぞ。そこには何の正義も価値も無い」
「隊長、もしかして二人で王国にいくつもりじゃ――」
「馬鹿言え。行く訳ないだろ」
「いや、行くつもりだ……。アンタは俺たちに必ず、「民間人を最優先で救え」って言ってただろ。そんなあんたが見捨てるわけがない。俺たちも付いていかせてくれ」
「お前ら……」
今更ながらリードは自分が慕われていたことに気づく。
でも、正義はあっても死と隣り合わせの戦いになる。
「悪いことは言わないから俺たちに付いてくるのはやめておけ。死ぬ可能性もあるんだぞ? いや、死ぬだけじゃないかもしれない。死霊術っていう使役魔術に囚われて永遠に現世をさまようかもしれないんだぞ?」
リードが恐怖を煽るように言ったが、全員がまっすぐ二人の方を向く。
「何をいまさら――今までだって危ないことを何回も潜ってきた。俺たちは軍の犬としてじゃなく、人としてあんたたちに付いていきたんだ」
「……。」
「そこまで言われたら断ることないんじゃない? リード?」
「へいへい、分かったよ。もう好きにしろ」
構えていた銃をホルスターをしまったナターシャとリードは自分たちに付き従うと決めた全員の顔を回し見る。この瞬間からリードを含めた22人の魔術師は帝国を見限った。
「じゃあ、さっそく移動するぞ。まずはあの女公爵を救い出す」
「えっ!? 王国に行って死霊術を止めるんじゃ――」
「馬鹿言うな。土地勘が無い俺たちじゃ、どこにどう行けばいいのかわからないだろ? それにあの公爵はどの道、長くなんてない。ここに居ても皇帝の道具にされるだけだ」
ナターシャが何か紙に書き留めている中、リードは部下たちに自分の判断を伝えてオフィスを全員で後にした。目指す先はティナが幽閉されている地下牢だ。地下牢は光が薄く差し込む悪臭漂う酷く劣悪な場所だ。それでも彼らは歩みを止めない。
「待った。チッ……隊長、見張りが数人います」
「大丈夫だ。俺たちに任せろ」
そう言ってナターシャとリードは何食わぬ顔で看守の前に出る。
「看守、リード・アステルクだ。ティナ・エルテルト・リグナーを皇帝の命で連行する。あいつはどこだ?」
「お疲れ様です。あいつなら一番奥の区画に――」
「そうか、ご苦労さんっ!」
リードとナターシャは素早く看守二人の意識を手刀と体術で刈り取り、彼女が留置されている牢へと向かった。ティナは起きた出来事を一部始終、見ていたようで疑心暗鬼のような顔をしている。
「さぁ、出ろ。ここから逃げるぞ」
「一体、どういう風の吹き回し?」
「話はあと。とりあえず、これを――」
ナターシャは銃と予備弾薬、そしてリードたちに見えないように小さな『紙きれ』をティナに渡した。
「これは?」
「時間があるときに見て」
ティナは何がどうなっているのか分からないまま、周囲を気にしつつ静かに銃の動作を確認して両手で握った。
「よし、城を脱出するぞ」
その掛け声でリード達は城を脱出するべく、動き出したのだった。
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