第15話 従者と新作戦

「――というわけなのです。私はティナ様の屋敷を午前中に離れていて難を逃れましたが、それ以外の奴隷は王国軍によって惨殺され、ティナ様は追われる身に」

「ティナがそんな過去を持っていたなんて……」

「失望されましたか?」


グレイは一通り、ティナの過去を喋りきるとそう問いかけてきた。だが、ティナの過去を聞いても俺から見たティナの印象は何一つ、悪くならなかった。


「いや、確かにティナが公爵だったことには驚きはしましたけど、なんと言うかティナらしいなと思いましたよ。公爵を追放されても諦めず、この国で奴隷解放を目指して行動しているんですから」


俺がティナの過去を聞いて賞賛するような発言をするとグレイは頷きながら目線を少し下げた。


「……ティナ様は本当に強いお方です。公爵という地位をなくし、財産をなくしても奴隷を平等に扱う志高きお方。ですが、ああ見えて心は歳相応の少女なのです」


グレイは冷静にティナの心境を察するようにそう語った。そんなグレイの姿勢を見れば、ティナの事を良く見てやって欲しいという思いが俺にも伝わってくる。


「俺に何が出来るかわかりませんが、ティナを気に掛けてみますね」

「……よろしくお願い致します」


グレイはもう言葉など要らないと悟ったのか、深々と頭を下げた。

そして、ゆっくりと頭を上げて話を切り変えた。


「では、そろそろティナ様の元に戻りましょう。その前にシェリーさんを寝室にご案内します」

「あっ、はい。ありがとうございます」


俺はシェリーを抱きかかえてグレイと共に寝室へと向かった。その場所はベッドと椅子、ベッドランプしかない簡素な部屋だったが、ゆっくりと休めそうな場所であることには間違いはなかった。


「(シェリー、今はゆっくり休んでくれ)」


俺はそう心で思いながらシェリーをベットに横たわらせる。

シェリーの安らかな寝顔を見ながら、そっと部屋を後にした俺とグレイは元来た道を引き返し、最初の場所へと戻ってきた。


そこには数人のスタッフとやり取りするティナの姿があった。

ティナは俺たちの様子に気付くと鋭い目線を返す。


「随分と遅かったわね。こっちは大変なことになってるわよ? ん? シェリーはどこにいったの?」

「シェリーはご飯にありつく前に寝ちゃって今、奥の部屋で休んでる。で、何が大変なんだ?」

「どうもこうも無いわ。国境に厳重な警備が敷かれてるのよ。これじゃ、あなた達を国の外に逃がすどころじゃないわ」


ティナはテーブルに広げられた地図をビッと指差す。

地図には王国軍の部隊がどこにいるのか示す駒が所狭しと並べられている。


「本当だ。完璧に固められてる」

「……恐らくですが、ティナ様たちの逃亡が公になったのでしょう。最優先で国境を固めて逃げを封じる。それが狩りの最善策ですからね」

「だから、私は街中に入るなんて嫌だったのよ」


ティナが悪態をつくように吐き捨てるとグレイは静かに話を付け加える。


「確かにティナ様の言うとおり、お二人は逃がせません。ですが、これが計算のうちだとしたらどうでしょう? リド。例の作戦資料をこのお二人に」

「はい。グレイさん!」


グレイに『リド』と呼ばれた赤毛の青年が俺たちに数十ページにわたる資料を手渡した。グレイはそのまま、俺たちを見ながら話を続けた。


「この資料は『上流階級者による闇オークション』を標的に作成した作戦資料です。今、大半の王国軍はザルド公爵を殺害したヒロキさんと逃亡をほう助した私達を逃がすまいと国境に集結しています」

「ちょっと待って! その件と私達に何の関係があるって言うの? 私達は血眼になった王国軍に追われてる身なのよ? ふざけないで!」


ティナはテーブルに作戦資料を叩きつける。


「ティナ様、冷静になってください。この闇オークションが扱うモノは多くの『奴隷』です。この者たちを解放できれば国境に集結した王国軍を一気に街の方へ釘付けに出来き、逃げる退路を確保できるのです。 どうか、熟考を!」

「それは……そうかもしれないけど、今の私にはこの二人を逃がすという目的があって、危険を負うのは――!」

「お気持ちはお察しします。……ですが、私達が成すべき事は昔から『1つ』のはずです」


グレイがそう核心を突くように言うとティナは数秒、黙りこんでから意を決したように喋り出した。


「……そうね、そうだったわね。そのために今、私はここで生きてるのよね。いいわ。その話に乗ってあげる。ただし、これは私一人でやる! それとヒロキとシェリーを混乱に乗じて国外に逃がすこと。それが協力する条件よ」

「おいおい、待てよ! 俺もシェリーもお前に助けられた恩がある。そんな危なさそうな話を聞いて「はい、そうですか」って引き下がれるか! 俺も付いて行く」

「馬鹿言わないで。これはあなた達を守る作戦なのよ? ついて来る事は許可できない」


さっきの話を聞いた以上、ティナは『奴隷たち』のためなら命でも掛ける事を俺は知っている。それにティナの言葉には最初から自分が助かる見込みなど含んでいないといっているように感じた。それゆえに俺は引き下がるわけにはいかなかった。


「いや、ティナがやるなら俺は何が何でも付いていく! 犬死はさせない」

「まさか、この私が死にに行くと? フッ……違うわ。あなたが居ると作戦の成功率が下がるの。つまり、邪魔なのよ」


呆れ顔でおふざけのようにティナは言う。まるで、嘘を隠すように――。


「ティナ、そんなに強がるなよ。お前の過去を全部、聞いた。だから尚の事、お前を一人で行かせるわけには行かない」

「えっ……グレイッ! あなた、ヒロキに私の過去の話をしたの!?」


凄い剣幕でティナはグレイを睨みつける。当のグレイはティナの鋭い視線を受けながらも冷静に言葉を返す。


「はい。今、ティナ様には背中を預けられる人間がいません。ですが。ヒロキさんにはその資質があります。幸いなことにティナ様はヒロキさんだけには心を開いていたようでしたので、変な誤解を招く前に私がお話をしたまでです」

「あなた正気? 私がヒロキに心を開いているですって? 私はヒロキの事なんて信用してないわ! それに背中を預けられるほどの存在だなんてこれっぽっちも思ってない!」

「ご冗談を……照れ隠しはおやめください。目線の配り方といい、警戒の仕方といい、ヒロキさんがいる時は少しばかし、身を委ねて落ち着いて居るではないですか」

「そ、そんなことは……ないわ……」


グレイの突っ込みにティナは顔を逸らしてそっぽを向き、静かに一言だけ言った。


「……ヒロキ。私に付いて来ようとしてくれる気持ちはとても嬉しいわ。でも、危険なの。あなたには守るべき存在がいる。第一に何が大切なのか考えて。こんなところに居ないで今すぐシェリーのところに戻りなさい」


ティナはそう寂しげに吐き捨てる。

俺の心の中で色々な思いが駆け回るが、数秒後には俺の解は出ていた。


「確かにそうだな。俺はシェリーを守らなきゃいけないと思っている。でも、どの道、逃げるためにはその作戦を成功させるしかないんだろ? だから、俺も付いていく。それは絶対に譲らない」

「っ……! どうして……どうして私の気持ちを分かってくれないの? これは私の……私だけが責任を背負えばいい戦いなのよ? これに付いてきたらヒロキだって死んじゃうかもしれないのにっ……」


ティナの表情は伺えないが、声が震えている。

きっと、ひどく辛そうな顔をしているに違いない。


「(ごめん。でも、乗りかかった船だ。ここまできたら付き合うさ)」


シェリーや自分の事を考えればティナを斬り捨てればそれで済む。だけど、俺は恩人であるティナの命まで利用して生き残りたいと思わない。ましてや、それはシェリーも同じはずだ。


「……危険なのも充分に分かってる。でも、やる前から投げ出すのはやめないか? 俺たち仲間だろ? 少なからず俺はそう思ってる。それに……俺も訳あって困ってる人を見たら助けたくなる性分なんだ。そんな理由じゃ駄目か?」

「っ……もういい……。勝手にして」


ティナは目に涙を少し浮かべながら振り返り、俺たちを睨みつける。

その様子を見てグレイは少しほくそ笑みながら話を進めた。


「……では、改めて話を戻しましょうか。今回、我々が襲撃するのは上流階級――すなわち、公爵家の人間が秘密裏に出入りする人身売買オークションです。規模は街中で行われるよりもはるかにデカい規模になっています。リド、作戦の詳細情報を読み上げてくれ」

「はい!」


リドはすぐにテーブル上に二枚の地図を敷いた。一枚はどこかの見取り図のようだが、異様に図面がデカい。


「今回の作戦目標は2つ。ひとつは『ファレスト教会』の地下で開催される闇オークションの商品――奴隷たち250人前後を解放すること。二つ目は教会に集結して来た王国軍の包囲を潜り抜け、奴隷達と共に国外へと逃亡することです」


作戦は至ってシンプルでヒット&ウェイのような作戦に聞こえた。

だが、ティナはその場でリドを睨みつけて罵倒した。


「情報が少なすぎるわよ! こんな情報でやるつもり!? 敵勢戦力の数と侵入方法、それから撤退経路くらいは押さえておくのが基本でしょ! あなたたちは私達を殺すつもりなの!?」

「……も、もうしわけありません!」

「リド、もういい下がれ。ティナ様、説明不足でしたことお詫びします。しかし、その点はご安心を。敵勢戦力は公爵家の私兵が50~100人程度。侵入、撤退経路に関しては教会に隣接する水路から行っていただきます」

「仮にそういう手筈だとしても、それだけ大勢の奴隷を逃がすためにはそれなりの輸送経路が必要よ! そこは練ってあるんでしょうね?」


ティナが獣のようにグレイへ鋭い目線を向ける。多分、俺が付いて行くと言ったことでティナはさらにピリピリしているのだろう。しかし、そんな彼女を前にしてもグレイは動じることなく、付け加えるように話し出す。


「奴隷達の逃走経路についても何ら問題はありません。水路は街の外に繋がっていますので私達以外の部隊で馬車を回し、回収した後、各地に送ります。そして、その間に我々は隣国リグラス帝国へ逃げます」

「別部隊と言うのはさっき、私達と一緒に商人のフリをしていた人たちのことかしら?」

「ええ、その通りです。この作戦を実行するために50騎ほど用意して在りますので抜かりはありません」

「……わかったわ。そこまで言うならそのプランで行きましょう。詳しい決行日時と手順を教えて」


そこから先はグレイとティナを中心に作戦が細々と練られていった。俺はその二人の間に割り込むように意見を述べていく。確実に作戦の穴を減らしながらあっという間に時間は過ぎ去って行った。


作戦の決行は2日後――。

俺達はその決行に向けて着々と準備を進める事になったのだった。

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