第14話 女公爵の末路(過去エピソード)

「さぁ、グレイ? 最後の軍事教練、やるわよ!」

「は、はい! しかし、もう何度もやらせていただきましたし、もう私に武器の教練など……」

「何言ってるの! 自分の身を守るために必要な事でしょう? そのための教練だということを忘れないで」

「あ、はい……」


グレイはティナのきつい言葉に深く頷いた。ティナは実際、グレイを含めて奴隷たちの契約主ではあるが、他の貴族や公爵家の人間とは違う点があった。

それは奴隷に対してきちんとした対価を払い、それを元手に旅立つことが出来る段階になった者に対しては契約を『解除する』というところだ。


現に今、ティナの横に立ち、銃を手馴れた手つきで扱うグレイもその時を迎えていた。今日、この訓練を終えればグレイは遠方にいる家族と再会するために旅立つ。


乾いた音が鳴り止み、ティナは遠方の的をじっくりと見る。


「本当にうまくなったわね。40発中34発命中ね。上出来よ」

「ありがとうございます。ここまで来れたのもティナ様のおかげです」

「何言ってるのよ。努力したのもあなたでしょ? 良く頑張ったわ。今すぐ荷物をまとめてきなさい。私は門口で待ってるから」

「はいっ!」


ティナはグレイにそう命じて荷物をまとめさせ、自分の前に戻ってきた彼を静かに見やる。


「グレイ、ここまで良く仕えてくれたわ。本当にありがとう」

「いえ。私の方こそ、またこうして家族の元に戻れることが奇跡のようで……」

「泣いている場合じゃないわよ? これからがスタートなんだから」


ティナは涙目になっているグレイにそう優しく語り掛けながら肩に手を置いた。


「グレイ、これが私からの最後の命令よ。何があっても奴隷には戻らないで。いいわね?」

「はいっ……必ず……」

「その覚悟をどこまでも忘れないで <奴隷の主たる我が命ずる・呪を以て束縛せし理をもって・契約を解除する>」


言葉を紡いだ直後、ティナは銃をホルスターから引き抜き、グレイの横で銃を一発撃った。まるで、縁を切ったことを知らせるように乾いた音がその場に響く。


「これで奴隷だったあなたは死んだ。もうどこにでも行きなさい。これは餞別よ」


そう言ってティナは撃った銃をグレイの手に握らせた。


「いざという時になったら使いなさい。良いわね?」

「ありがとう……ございます。ティナ様」

「さぁ! 早く行かないと不法侵入で奴隷落ちにさせるわよ? 行った行ったぁ!」


その後、グレイは半ばティナに追われる形で屋敷を後にして行った。

彼は何度も頭を下げて家族の下へと去っていく。ティナはそんな光景にどこか寂しさを覚えながらも満たされた心で屋敷へと戻っていった。


そして、その日の昼下がり。


ティナが自分の領地に掛かる資金計算を部屋でしていた時だった。ドンドンと強いノック音が扉の外から聞こえ、何事かとティナが返事をすると慌てた様子の奴隷が部屋に入ってきた。


「ティナ様! た、大変です! この屋敷に完全武装の王国軍が迫ってきています!」

「えっ!? どういうこと……!?」


ティナが門口の方を見やるとそこには数知れぬ大勢の兵士が王国の旗を持って迫ってきているのが見えた。


「っ……! とりあえず、あなたたちは最悪の場合も考えて逃げる準備をしていなさい。それとイヤホン型トランシーバーを全員に付けさせて『チャンネル1』に設定して置くように伝えて! 時間が無いわ! さぁ、早く行って!」

「は、はい!」


矢継ぎ早に指示を飛ばしたテイナは窓の外を見て爪を噛む。これだけの大軍勢を差し向けてくること自体、異例中の異例だ。この時、ティナは『それ』が意味することを悟りながら一人、玄関へと赴く。


隊列をほぼ乱すことなく屋敷の庭で整列した王国軍。

その隊長らしき男が一枚の紙をティナの前に突き出した。


「ティナ・エルテルト・リグナー。貴様には国家反逆罪、並びに先に起こった公爵殺害を扇動した殺人扇動罪に問われている。大人しく投降せよ!」

「まさか、殺人の扇動も付け加えるとはね……。そう、国王は私よりも公爵家の連中を信用したという事なのね」


ティナは静かにイヤホン型トランシーバーに手を動かすと一斉に兵士たちが銃や剣を構える。


「心配しないで、大人しく投降するわ。――全員、聞こえているわね?」

「「はい」」


トランシーバーの中から聞こえてくる声を聴いたティナは一度、目を閉じてから意を決するように言葉を紡いだ。


「<奴隷の主たる我が命ずる・呪を以て束縛せし理をもって・契約を解除する> ……これが最後の命令よ。早くこの場を去りなさい。そして、必ず、生き残りなさい。それが私の願いだから」


そうトランシーバー越しにティナは言って静かに両手を挙げた。


今まで彼女ティナは国に尽くし、奴隷の権利を守ってきた。だが、同時にそんなちぐはぐな事をしていれば、いずれこんな日がくることは分かっていた。それでも彼女の思いは変らない。


自分を捕まえようとする兵士が近づいた瞬間、一人の兵士を取り押さえて自ら銃を抜く。そう、少しでも奴隷だった者たちが逃げる時間を稼ぐために――。


「動かないで! こいつがどうなってもいいの? 下がりなさい! 早く!!」

「下がる必要はない! 相手は極悪人だ! 構うな、撃て撃て!」

「くっ……!」


王国軍の隊長がそういった瞬間、人質ごと撃ち殺そうとティナに向けて一斉掃射が行われた。ティナは慌てて人質を放し、横飛びで柱に身を隠す。だが、射線の数が多すぎて顔も出せない。このままでは回り込まれて撃ち殺されるのも時間の問題だろう。


それでもティナに後悔はなかった。


「(あの子達が無事に逃げ果せて幸せに暮らしてさえくれれば、私はそれでいい)」


柱の影でそっと目を閉じてそう思う。唯一、心残りがあるとすればこの世界から奴隷という制度を失くせなかったこと。それ以外に他ならなかった。


「(もう少し時間があれば……他にやりようが在ればもっと大勢の人を救えたはずのに……ここまでだなんて本当に残念よ)」


しかし、そんなティナの思いを裏切るように。あるいは希望をつなげようとするように鈍く重い単発の銃声音が屋敷内から外に向けて次々に響く。


「えっ……? 狙撃の……音?」


その音の正体はティナが今まで従えていた奴隷達だった。全員が多角的に射撃を食らわせて王国軍の一斉掃射を散らし、散開させる。


「ティナ様、今です! 中へ!」

「あなたたち、なにやってるの! どうして逃げなかったのよ!?」


屋敷の中へ咄嗟に滑り込んだティナは怒号をあげる。

しかし、その場に居たティナ以外の奴隷たちは酷く冷静だった。


「私は……いえ、私達はティナ様には生きてほしいのです!」

「何言ってるの!? 今からでも遅くない! みんな、今すぐ逃げなさい!」

「それは無理です! あなたが死んでしまう」

「馬鹿なこと言わないで! ここは私が死ねばそれで済むの! ただ、それが今日だったっていうだけで、いずれこうなる運命だったんだから――!」


そう言いかけた瞬間、奴隷だった男がティナの顔をパチンと叩いた。


「甘ったれるのもいい加減にしてください、ティナ様! アンタはそんな人間じゃないだろ!」

「痛い……、何するのよ!」

「まだ分からないんですか! 俺達はアンタにすべての希望を託したいんだ! アンタならいつか、『奴隷』なんていうクソな制度を正しい方向に導いてくれるはずだ!」

「そ、そんなの……買いかぶりすぎよ。もう私は間違いなく公爵なんていう地位にはいられないわ。だから、奴隷を救うなんていうことも……もうできない」

「それでも……たとえ、そうだったとしても! アンタに救われたって言う事実は俺たちの中で変らないんだよ! だから、頼む。俺たちの思いを、この思いを未来に繋げてくれ!」

「そんなこと言われても……できるわけ――」


その直後、ドーンという音と共に強い衝撃が外からもたらされ、ティナや多くの奴隷が吹き飛ばされた。外では多くの兵士たちが次々に高威力の魔術を容赦なく屋敷に叩き込んでいたのだ。


「ティナ様、どうか逃げて……ください。そして、奴隷の制度を変えてください。……これが奴隷ではない私達の総意です。私達は『ティナ様の騎士』になると決めたのですから」

「そうです。私達は皆、『ティナ様の騎士』です」

「そんな……そこまでして皆、私を――」


奴隷から解放されたはずの者たちが自分たちの意思で『ティナの騎士になる』と言い、胸に手をあてる。その光景はティナの心を強く打った。相手に向かって『騎士になる』という発言は王や姫に仕える者が絶対の忠誠を誓う時に使う言葉だ。


この瞬間だけはティナも涙を流した。初めて自分がやってきたことが間違いじゃないと確信できた瞬間だったのだから――。


「泣いてるなんてティナ様らしくありませんよ?」

「うぐっ……泣いてなんて……いないわよ!」

「そうです。ティナ様にはこう、檄を飛ばしてもらわないと!」

「……何よ、あなた達って本当に馬鹿ね。――でも、ありがとう。あなた達の意思はきっちり受け取ったわ。その意志、私が必ず引き継ぐ。ごめん。みんな、ごめんね……っ!」


ティナは涙を流しながら後悔や無念、そんな思いを抱えながら生き残るために。そして、彼らの意志を無駄にしないために屋敷裏の馬小屋へと駆けた。馬に飛び乗ったティナは馬に鞭を叩きいれて屋敷の出口を目指し始める。


「ハァ! ハイヤァ!」

「ティナ様が来たぞ! 援護しろ! 誰にも撃たせるなっ……! 俺たちの思いをつなげるんだ!!」


ティナは馬を飛ばし、それを逃がそうと必死に『奴隷だった者たち』は銃を乱射する。王国軍は奴隷たちの射撃精度の高さに成す術も無く身を隠す。王国軍の間を縫うように逃げ果せたティナは遠方から屋敷のあった方向に目をやる。


「(みんな、ありがとう。絶対にあなたたちの意志は無駄にしないわ。この人生、すべてをかけて奴隷達を救う。そして、奴隷制度を廃止させてみせるから――)」


燃え盛る屋敷を眺めながらティナは確かな意志を秘めつつ、馬を再び走らせた。

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