第13話 奇特な女公爵(過去エピソード)
「聞きましたか? また、例のお嬢様が奴隷に軍事教練をさせているそうですわよ?」
「えっ!? またですの!? 反乱が起ったらどうするつもりなのかしら」
リンテル国、上位貴族たちの会合。その渡り廊下でそんな声が囁かれていたが、それは至ってごく普通な反応であるのは間違いなかった。
この世界で『奴隷』と呼ばれる身分は常に見下され、身分が上の者に
その名はティナ・エルテルト・リグナー。
彼女は奴隷に対しても真正面から接することで有名で、ある意味では奇特な存在だった。それはこんな会合の合間にも垣間見えていた。
「ティナ様、お茶をお持ちしました。こちらでしばらくお待ちください」
「ありがとう。でも、会合が開かれるまで時間があるわね? グレイ、あなたも一緒にお茶にしましょう?」
「あ、いえ……私は奴隷ですので」
お茶を運んで来た奴隷の男、グレイは困った表情を浮かべる。
「だから? それがどうしたって言うの? あなただって人間でしょ? 朝早くから起きて屋敷の掃除をして、馬の手入れをして? 私のお供までしたあなたには、一息つく権利はあるわよ」
「そういうもの……なのでしょうか?」
グレイは周りから向けられる冷たい視線を浴びて目線を下に向ける。
だが、ティナはあろうことか自分のカップにお茶を注ぎ、グレイに渡したのだ。
「はい。あなたに倒れられたら私は徒歩で帰らないといけないわ」
「ですが……」
「いいから飲みなさい。これは命令よ」
「わかりました。で、では……ありがたく頂きます。っ……! おいしい」
奴隷に施しを与える。そんな行動にその場にいた公爵家の人間は白い目を向ける。だが、ティナは数多の視線に負けじと少し睨みをきかせて素知らぬ振りで喋り出す。
「そうかしら? 結構、高い茶葉なのは事実らしいけど、私はあなたの栽培している茶葉の方がおいしく感じるわ。ここのお茶は人の温かみすら感じないんだから」
「……ティナ様。その、ありがとうございます」
「何もお礼されることなんて言ってないわよ? 事実を言ったまでだから」
ティナはツンと周りを一瞥する。そして、ポツリと一言。
「ホント、くだらないわ。今日の会合は『私に対する嫌味』なのかしら?」と。
今日、公爵家の人間が集められた理由。その主題は『公爵殺しの奴隷をどう捕まえるか』という連絡会だ。奴隷を無碍に扱うことをしないティナが呼ばれた理由は単なる嫌味に他ならない。
「公爵家の皆様、定刻となりましたので連絡会合を始めさせていただきます」
その声を皮切りに会合がスタートした。会合内ではその『公爵殺し』の詳細が語られ、リンテル国内の公爵家で私兵を出し、捜索を行うか否かの投票が行われた。
「では結果を発表させていただきます。賛成49、反対1で可決です。各公爵家の皆様は私兵を出し、公爵殺しの捜索をお願い致します」
「馬鹿馬鹿しい。ウチは出さないわよ?」
「ティナ・エルテルト・リグナー様。これはリンテル国内を統べる公爵家の総意です。それに背くという事は国家反逆罪にあたりますぞ?」
一気にティナの元に視線が集まるが、当のティナは笑い出す。
「フッ! アハハハハハ!! あ~あ~おかしい! ――公爵家の総意? 国家反逆? 笑わせないで。外道がやった尻拭いの方法を決めるのが公爵家の連絡会なの? 国家を駄目にしているのはあなたたちよ!」
「なんだと!? 我々は国家の中核を担う者で――」
「あっそ、勝手に言ってなさい。ではごきぜんよう。私はあなた達と違って国益を損じる時間を費やすほど暇じゃないので。行くわよ? グレイ」
「は、はい!」
公爵家の人間からは多くの批判が上がるが、ティナは清々しい笑顔で受け流しながら気にも留めず、会合会場を後にして行った。残された49名の公爵家の人間は全員が忌々しくその扉を眺めた。
「あの小娘……調子にのりやがって」
「やはり、何か手を講じるべきでは?」
「国王に進言いたしましょう。いくらあの小娘が国に利益をもたらしているとは言え、あの女はこのリンテル国内には必要のない異分子です」
「そうですな。我々の恐ろしさをみせてやりましょう」
その会合は通常の時間を大きく過ぎて終わりを迎えた。そして、ティナはまだこの時、自分の身に降りかかる災厄を知らなかった。
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