第16話 愚か者

グレイから奴隷奪還作戦とリンテル脱出計画の提示があった夜。俺とティナは共に簡単な夕食を取った後、作戦準備のために銃のメンテナンスをしていた。


『銃のメンテナンス』とは言っても多くの事をティナから教わるばかりで、これと言った事はできない。それでもティナは悪態を付きながらも整備方法を一から教えてくれる。


「よし。これでどうだろう?」

「まぁまぁね……とりあえず、動きも悪くないし及第点といったところかしら?」

「そこは普通に、よく出来たくらい言ってもいいだろ? 最初はロクに動かなかったんだから」

「……うるさいわね。無駄口叩いてないでとっとと、手を動かして」

「はいはい……」


ツンケンするティナの言葉にがっかりしながらも銃の整備をする俺だったが、不意にティナの手が止まったことに気付いた。


「そういえば、シェリーが起きたらしいわね?」

「ああ。数時間前にな。顔を見に行ったけど、やっぱりあまり元気は無かったよ。まぁ、無理も無いだろうけど」


俺がそう言うとティナは少し声のトーンを抑えて呟いた。


「……ねぇ、ヒロキ。シェリーにはもう今回の作戦の事は話したの?」

「いや、まだ話してない。さすがに今の状況で話すべきじゃないと思って」

「そう。……そうよね」


ティナはコクコクと頷きながら再び手を動かし出す。

恐らく、ティナはティナなりに色々と考えているのだろう。


「いろいろ心配してくれてありがとうな。でも、俺もシェリーもそこまで柔じゃない。だから心配しなくて大丈夫だ。きっと作戦のことも――」

「黙りなさい……」

「えっ? 何を急に怒ってんだよ」


唐突に殺意を向けるような鋭い視線を俺へと向け、ティナは酷く低い声で喋り出した。


「ヒロキがどれだけシェリーの事を知っているか知らないけど、あなた今、軽々しくシェリーのこと『すべて分かっている』みたいな言い方をしたわよね? それが頭に来るの」

「……どういうことだよ?」

「一字一句説明しないと分からないの? じゃあ、聞くけどシェリーはどうして奴隷になったか、ヒロキは知ってる?」

「いや、それは知らな……」

「じゃあ、シェリーの出身地は? 親の名前は? 今まで奴隷として受けてきた一番、恥辱的な思い出を知ってる?」


ティナから出されるあまりにも多くの質問に答えられず、俺はたじろいだ。


「それが現実よ。あなたのシェリーに対する気持ちは買うわ。だけど、シェリーの事を何も分かってないのに軽々しく『分かる』とか『大丈夫』みたいな言葉は使っちゃ駄目よ。人は誰しも幸せな人生を送ってるわけじゃないんだから」

「……そうだな。俺が間違ってた。ごめん」


ティナから指摘された『大丈夫』という言葉は、俺が現実世界で彩香を失った時に一番嫌っていた言葉だった。『分かる』とか『大丈夫』、『辛かったな?』なんていう感情に寄り添おうとする言葉は、時として人の心を引き裂く刃になる。俺はもう少し言葉を選ぶべきだったと反省せざる終えない。


「……分かればそれで良いわ。でも、これだけ言わせてちょうだい。奴隷という身分は好きでなるわけじゃない。例えば、親の借金の肩代わりで奴隷になる子もいれば、拉致されて売られたりする……なんてことも実際あるの。だから、もっとシェリーの気持ちを大切にしてあげて。シェリーが今回の作戦の話を聞いたら「また一人きりになるかもしれない」って、思ってしまうかもしれない――私の言いたい事、分かるわね?」


ティナは銃のグリップを握り締め、俯きながらそう呟いた。

その言葉の一つ、ひとつにシェリーの気持ちを重んじながらも自分に託された夢を実現させようと葛藤するティナの姿が滲み出ていた。だから、ティナはあんなにも俺の作戦参加を反対したのだ。


それなのに俺は、ただ目先の目標だけに執着していただけで周りの思いを汲んですら居なかったのだ。自分の姿を見直して、自分に腹が立ってきた俺は席を立った。


「ティナ、悪い……。こっちを少し任せていいか? いろいろ整理したいし、シェリーと話をしてきたいんだ」

「ええ。いいわよ。本当に私に付いてくるって言うのなら今のうちに覚悟を決めなさい。でなきゃ、戦場で私の背中は預けられないわ」

「ああ、肝に銘じるよ。じゃあ、また後で」


ティナにそう言い残し、俺はシェリーが居る寝室へと向かった。部屋の扉をノックすると『どうぞ』という声が聞こえ、中へと入るとシェリーはベットの上で体を起こしていた。俺は軽く手を上げながらベット横の椅子に腰掛けた。


「シェリー、体の方はどうだ?」

「もうだいぶ良くなりました。さっき、グレイさんが持ってきてくれた雑炊も食べれたし、もう大丈夫だと思います。あっ、グレイさんから聞きましたけど、ティナさんと何かをしてたんじゃ……?」


目を細めて笑いつつ、俺に問いかけるシェリーはどこか、気丈に振舞っているように見えた。


「ティナとやる事はさっき終わったよ」

「そう、なんですか? じゃあ、どうしてここに?」

「そんなの、シェリーが心配だったからに決まってるだろ?」

「あっ、えっと……えへへ。そんな真正面から言われると恥ずかしいです」


シェリーの顔が赤く染まる中、俺は意を決して話を切り出した。どうせ、このままだらだらと話を続けていたって何の変化も得れやしない。


「シェリー、その、大切な話があるんだ」

「大切な話?」

「ああ。俺たちはグレイの提案で二日後、この国から脱出してリグラス帝国に逃げる。だけど、それには問題があって……さっき追って来た軍隊をこの街に引きつける『騒ぎ』を起こす必要があるらしいんだ。それで――」

「待ってください。その『騒ぎ』を起こすのってヒロキさんじゃないですよね?」


あっという間にシェリーの顔色が不安そうな表情に変った。


「……ごめん。それを俺とティナでやる。正直、危険も伴うと思う。だから、その前にシェリーに――」

「そ、そんなの嫌です! もう大切な人を失いたくない……!」


シェリーは涙を流しながらグッと俺の片手を小さな手で力一杯、掴む。言葉は交わしていなくてもその思いの大きさはその行動から痛いほど伝わってくる。だが、それでも決意が揺らぐ事は無い。


「俺だって同じ思いだよ。シェリーを失いたくない、だから行くんだ。それ以外に方法はないんだよ……」

「だ、だったら、ティナさんが……ティナさんが一人でやれば……!」

「確かに「それが一番いいかも」って最初は思った。だけど、それはもう無理だ。あいつは俺たちを助けた時から死ぬ覚悟だったんだから……」

「えっ……?」


俺はシェリーにティナの過去と今回の作戦について洗いざらい話した。シェリーはティナが『公爵』であったことに酷く驚いていたが、その過去を聞くにつれて、ティナが『死を厭わない覚悟』で作戦に望んでいることにも気付いたようだった。


「私、最低……ですね。そんな風に生きている人もいるのに「一人でやればいい」なんて……。だからあの時、ティナさんは『私たちは何も悪くない。世界の価値観が間違ってる』って言っていたんですね。――もし、マルバにもティナさんみたいな公爵様が居たら……」

「マルバ?」

「え、えっと……」


俺がそう問いかけるとシェリーはビクッと反応した。視線を向け続けているとシェリーはポツリ、ポツリと喋り始めた。


「私の……故郷です。私の故郷は数年前に頭のおかしい公爵が暴れて……それで……私のお母さんは――」

「シェリー。それ以上、無理に話さなくていい。それはシェリーにとって辛い話だろ? 無理にそういう話を掘り起こさなくていい」


正直、シェリーの過去に興味が無いといったら嘘になる。でも、これ以上、シェリーが泣く顔は見たくない。しかし、シェリーの思いは全く違った。


「……それでも話させてください。今のヒロキさんに聞いて欲しいんです」


目線を下にさげながら自分の過去に付いてシェリーは語り始めた。

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