第8話 シェリー救出作戦

翌日の朝。俺はティナと作戦の詳細を打ち合わせをしたり、銃やナイフ、イヤホン型トランシーバーの整備。それからマガジンへの弾込めなど丁寧にやっていく。


そして、ついに時は満ちた。

俺は一人、黒いフードを身に纏ってザルド公爵邸の裏門に陣取った。屋敷の周辺は警戒が薄いようで警備兵の姿がほとんど見えない。はやる気持ちを抑えてをイヤホン型トランシーバーに声を吹き込む。


「ティナ、予定通りの位置に着いた」

「了解。じゃあ、作戦の最終確認よ。まず、私が屋敷の正面で騒ぎを起すわ。その騒ぎに乗じて地下牢に居るシェリーを救い出して。地下へのルートは覚えているわね?」

「ああ、裏口東側にある納屋の中から入るんだよな?」

「ええ、そうよ。回線はいつでもオープンにしておくから何か問題が起こったら連絡を頂戴。それとやむ終えない場合以外は人を撃っては駄目よ」

「……分かった」

「じゃあ、早速、派手にパーティーと行こうかしら!」


その声と同時に正面の門口のほうで何かが炸裂する音が響き、作戦が動き出した。

裏門に居た警備兵たちも突然の騒ぎに驚いた様子で次々に正面へと向かっていく。


「(よし、今だ)」


俺は兵士たちの目をかい潜りながら納屋へと入った。納屋の中は凄まじい獣臭が漂っている。しかも、その匂いは地下階段の方に近づくにつれて強烈さを増した。


「(一体、地下はどうなってんだ?)」


ゾッとしながらも地下へと続く扉に付けられた三個の南京錠に向かって6発撃ち込み破壊した後、地下へと進んだ。


「(残り2発か、時間があるときに『マガジンチェンジ』しとけって言ってたよな)」


俺は警戒しつつも歩きながらマガジンを入れ替える。

地下はまるで刑務所のような鉄格子の牢が何個もあった。牢の中にいる人はボロ布一枚の姿に手枷を嵌められており、排泄物がそのまま垂れ流し状態になっている。極めてこの場所は劣悪な環境だった。


「(シェリー、どこにいるんだ?)」


俺は牢の状況を見て焦りながらも一つ、ひとつの牢を覗き込み、彼女の姿を探した。だが、シェリーの姿は見当たらない。そんな時だった。


「ああああ!!! いやぁぁぁぁ!!!」

「この声は……!」


奥からシェリーの壮絶な悲鳴が聞こえ、俺は銃を片手にその声の方向に駆けた。

泣き叫ぶ声が聞こえる扉の前に張り付き、中を覗き込むと鉄製の椅子に縛られたシェリーに一人の男が鉄を熱した棒を押し当てていた。


「シェリーから手を離せっ!」


俺はドアをけり破り、両手で構えた銃をその男に突きつける。

その男はおののく様子もなく、冷静にこちらを見やる。その落ち着き加減といい、この状況ですら楽しんでいるかのような雰囲気といい、異常なのは明白だった。


「おやおや……? せっかく、今から良いところだという時に――。誰だ、貴様ァァァ!! 公爵である私の趣味を邪魔するとはどういうつもりだぁ!?」

「黙れ! その子から離れろ! 離れろって言ってんだ! 撃ち殺されたいか!!」


長身で人面が良さそうなその男――ザルドは怒号を上げ、鋭い目線で俺を睨みつける。だが、俺も負けじと感情に任せて叫びながら銃で強く威嚇する。


「ちっ……あはは、口が過ぎたな。元々、私は口が悪いんだ。少し冷静になろう」


すると、ザルドは遠距離武器を持つ俺を『脅威』と判断したのか、舌打ちをしながらジリジリとシェリーからはなれていく。


「(そうだ、もっと離れろ)」


そう心で念じながらゆっくりとシェリーの脇まで近づいたところで、右手で銃を持ったまま左手でナイフを使い、シェリーの縄を切る。


「シェリー、もう大丈夫だ。歩けるか?」

「っ……はい。でも、どうしてここに?」

「色々と気になるだろうが、話は後だ。ゆっくりでいいから逃げるぞ」


シェリーは赤くただれた左腕を抱えながらフラフラした様子ながらも自力で歩きだす。本当は抱っこして逃げ果せたいところだが、両手が塞がると銃が使えないのでシェリーを庇いながら部屋から出ようとする。


しかし、扉まであと少しというところで不意にザルド公爵が笑い出した。


「ハハハハ!! 小僧、そいつを連れて行こうが、無駄だぞ? 奴隷契約は既に結びなおしてある! その娘が屋敷の外に出たら死ぬことになるぞぉ? そういう契約にしてあるからなぁ!」

「なら、とっとと契約を解除しろ!」

「嫌だねぇ? 私は公爵なのだぞ!? 平民如きの命令になど従わない!」

「それなら『殺す』しかなくなる。それでもいいのか?」

「わ、私は公爵だぞ! 公爵を殺すという事は大罪になるのだぞ? 分かっているのか!」

「だから、どうだっていうんだ?」


俺は公爵に鋭い目線を向けながら近くを歩くシェリーを自分の胸に抱き寄せた。

もし、『そういう事』になったとしたら、彼女には現実を見て欲しくない。


「(人を殺すなんて倫理に反する。だから、本当はしたくは無い。……だけど、シェリーを、好きな子を守るためなら俺は……人殺しにでも、何でもなってやる。過去に何もできなかった俺はもういない。ここで証明するんだ。後悔だけはしないっ)」


静かに撃鉄を下げ、威嚇するように目を細めてトリガーに手を掛ける。

その刹那、ザルド公爵は危機を感じて反撃に転じようとしたのか、腰に隠していた銃を引き抜き、撃とうとする。しかし、既に構え終わっている俺の方が引き金を引くのが早かった。


パンッ!


俺の放った銃弾はザルド公爵の心臓を確実に撃ちぬき、その体はドタッと音を立て崩れ落ちた。もう撃った時点で後戻りは出来ない。俺はさらに念を押しで3発、胴体に連射し確実にトドメを刺した。


しかし、こんな状況に陥っても俺は酷く冷静だった。


「ティナ、聞こえるか? こっちは終わった。今から離脱する」

「OK。こっちも離脱するわ。決めていたポイントで落ち合いましょう」

「ああ。それじゃあな。……シェリー、いくぞ」


シェリーは頷きながらも心配そうな表情でこちらを見る。


「ザルド公爵は……?」

「気にしなくていい。大丈夫だ。すべて終わったんだ」

「えっ!?」


俺はシェリーに話す隙を与えず、すぐにお姫様抱っこをしてその場から逃げ出す。外はティナの陽動の成果か兵士たちの姿は無く、完全にフリーの状態で公爵邸を抜け出し、俺達は無事、ティナと合流を果した。


「……ふ。やったわね! 完璧だわ」

「ああ。ただ、シェリーは怪我をしてるから手当てをしないと……」

「あ、あなたは……エルダで会ったフードの……」

「ええ。数日ぶりね。……とにかく、今は拠点に戻りましょう。話はそれからよ」


ティナはそう穏やかな口調で語りながらも鋭く、睨むように俺を見ていた。

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