第9話 殺しの初心者

「よし、とりあえずはこんなものね。あとはコレを当てておいて」

「ティナさん、ありがとう……痛っ」


拠点へと戻った後、ティナがシェリーに治療を施した。シェリーの体は幾度も何かで叩かれた事による擦り傷や火傷などで傷付いていたが、魔術と適切な処置の組み合わせである一定の傷は軽くなったようだった。だが、漫画やアニメの世界みたいに魔術は完璧というわけではないらしく、所々に痛々しい傷が残っていた。


だけど、俺にとってはシェリーを助けられたことだけで満足だった。


「……本当にシェリーが無事で良かったよ」

「ヒロキさん、ティナさん。私なんかを救ってくださって本当に、本当にありがとうございましたっ」


シェリーはティナと俺に向けて深々と頭を下げる。


「頭をあげて。私達は当然の事をしたまでよ。ね? ヒロキ、そうでしょ?」

「ああ。まったくその通りだよ。それにシェリーじゃなければこんなに頑張らなかったさ」


俺はシェリーの頭をそっと撫でた。


「(こんな大胆なこと、出来る柄じゃない……でも、今は――)」


俺はシェリーの頭に乗せた手をそっと動かし続ける。緊張と恥ずかしさから自分の顔が熱くなっているのを微かに感じていく。正直、外から見たらだらしない顔に見えるかもしれない。それでも、またこうして会えていることが奇跡だった。


もし、俺があの路地裏でティナに拾われていなければシェリーと再会することなく、死んでいた可能性だってあったし、ティナと組まない道を選んでいたら『公爵家の暴走』を招いていた可能性だってあった。


故に今、この瞬間が俺にとっては最も大切な時間で、幸せな時間だった。


「あらまぁ、惚気ほうけちゃって……じゃあ、ヒロキ。銃のメンテナンスをするから銃を貸して。今はシェリーの近くに居たいでしょ?」

「……ああ、悪いな。ありがとう。ティナ」

「いいのよ。気にしないで」


ティナは俺から銃を受け取り、マガジンを抜き、チャンバー内を確認してからカチャカチャと銃を分解していく姿を横目にシェリーの手を握る。


「シェリー、代わるよ。痛むよな?」

「あっ……ありがとう」

「……。」


だけど、いざシェリーを目の前にすると何を話したものか、頭の中がグルグルと空回る。自分で言うのも何だが、こう言うシュチュエーションには弱い。


「(初心だな……俺)」


情けなくそんなことを心で呟いた時だった。唐突にゴツッと固い感触が後頭部に当たり、振り返ろうとするとティナの低い声が部屋に響く。


「動かないで」

「……!? ティナ、どういうつもりだ?」


状況を察するまでに差して時間は要らなかった。

ティナが俺の後頭部に銃を突きつけていたのだ。


「あなたには悪いけど死んでもらうわ。私とシェリーのためにね」

「意味が分からん! なんでそういうことになるんだよ!?」

「あなた、ザルド公爵を殺したでしょ? それが理由よ」

「俺は……『殺し』なんてしていないぞ!」


俺はシェリーが目の前にいることもあって意地でも殺していないと言い張った。

そんな俺をティナはじっと見つめて、ため息を付いた。


「はぁ……もういいわ。すべて分かった。やっぱり、公爵を殺したのね」

「だから、俺は何も――!」

「合流ポイントに到着した時のあなたとシェリーの目つきで気付いたわ。『誰かを殺したんだ』ってね。でも、そんな報告は受けていない。つまり、言わないんじゃなくて言えないのよね? そこから導き出される答えは『公爵を殺した』。それ以外にありえないのよ。大方、あなたのことだからこの子の傷を見て逆上したといったところかしら? ……そういうの、放って置けるタイプじゃないのはここ数日、一緒に過ごしてきた私には何となく分かるのよ」

「何をぺラペラと……俺は殺しなんてしてないって――!」

「黙りなさい。私はプロなの。舐めないで。誤魔化そうとしても視線や表情、声のトーンで大体は分かるのよ。ましてや、あなたは『殺しの初心者ビギナー』なんだから」


俺は言葉で反撃することが出来ず、黙り込む。


「その沈黙は肯定と取れるわね」

「あの状況じゃ仕方なかったんだ! 突然、銃を抜いてきてそれで……」

「弁明の余地はないわ。『公爵を殺す』という事は国を相手に戦争することと同議なの。私もシェリーも実行犯のあなたと関わっていたらタダじゃすまなくなる」

「そういう……ことか。分かった。ひと思いにやってくれ」


正しく、因果応報だと感じながら俺はシェリーを守るために命を捨てようと目を閉じた。俺はシェリーさえ、生きていればそれで良い。きっと神への復讐よりもこの命の使い方の方が正しいはずだ。神の言っていた『望む理想』なんていうモノは、いつだって神の手の内で動かされている。その運命には抗えない。それを俺は誰よりも理解している。しかし、そんな潔い終わりを選択しようとした俺を助けるように――あるいはそんな命の使い方を否定するようにシェリーは大声を出してティナを止めた。


「やめて、ヒロキさんを殺さないで! 私はそんなこと望んでないし、許さない!」


目を開いてみれば俺の前に乗り出し、泣きそうな目でティナの方を見るシェリーの姿があった。ティナは冷静にシェリーの目を見て諭すように告げる。


「シェリー。あなただってヒロキがザルド公爵を殺したこと、気付いていたんでしょう? ここでコイツを殺さなければ常に軍の攻撃に怯えながら過ごさなくちゃいけなくなるのよ? それでも『殺さないで』って言うの?」

「たとえ、そうだったとしても……お願い、撃たないで。殺すならなら私も殺して!」

「おいおいシェリー、お前には関係ないだろ! 馬鹿なことを言うな!」

「ヒロキさんは黙ってて!!」


シェリーから涙が零れ落ちて俺の顔に当たる。涙がとめどなく落ちているのにも関わらず、シェリーの目には確かな意志があって本気で言っているのは間違いなかった。

その様子を見たティナは大きくため息を付いた。


「はぁ、分かったわよ。シェリー、あなたの覚悟は確かに受け取ったわ」


ティナはそう語るとマガジンを抜き、チャンバーが空であることを確認して銃を机の上に置いた。


「もしかして私を……試したの?」

「試す? まさか? 私は本気でヒロキを殺すつもりだったわ。ヒロキ、あなたはこの子に感謝することね。はぁ……」


俺を横目でみながらティナは再び、ため息を吐くと何事も無かったようにテーブルに座り、ガラスコップにブランデーのような酒を入れてグイッと飲み干す。


「で、あなたたちはこれからどうするつもり?」

「おいおい……人の頭に銃を突きつけて素知らぬ振りで酒を呑んでる女にどうするつもりだって聞かれても分かるわけねーし、考え着くわけねーだろ!」

「はいはい……さっきのは悪かったわよ。水に流して頂戴」

「あのなぁ……それで謝ってるつもりか? こっちはマジ死ぬつもりだったんだぞ」


俺が呆れるようにそう言うとティナはクルッと椅子を回転させて真剣な眼差しで俺たち二人を見て言った。


「どんな道を進もうが、あなた達の勝手だけど公爵家の連中はあなたたちを確実に殺すつもりで来るわよ? あいつ等には良心という物はないわ。だから、すぐにこの『リンテル』という国から出ることを強くすすめるわ」

「お前はどうするんだ?」

「……私はココに残る。やり残していることがあるから」

「やり残していること?」

「ええ。古き友人達との……ね」


どこかティナは思いつめた表情に見えたが、それ以上は言わないつもりなのか酒をかっ食らう。きっと話したくはないことなのだろう。まぁ、誰にも知られたくない過去というのはあるものだ。そう、俺の様に――。


「とりあえず、あなた達はここには長居しない方が良いわ。明日にはリンテルを出なさい」

「分かった。シェリー、お前もそれでいいか?」

「はい。ヒロキさんがそれでいいなら」

「じゃあ、決まりだな」


明日、俺とシェリーは『目的の無い逃避行』に出ることを決めたのだった。

まさか、このあと戦火に巻き込まれるとも知らずに――。


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