第10話 王国軍の襲撃

俺とシェリーはどこか余所余所しい関係のまま、ティナの拠点で夜明けを迎えた。

お互いに『好きだ』という思いは分かっているはずなのに恥ずかしさでうまく目があわせられなかった。ティナはそんな俺たちを横目に酒を煽り、まるで他人事のように「若いっていいわね」と酔いつぶれながら笑っていた。


「(まぁ、どうであれ、思いは伝えないとな)」


明け方に目覚めた俺は一人、まだ暗い窓の外を見ながら近いうちに思いを伝えようと心で思っていた。


「(こういうのはやっぱり、理屈じゃないからな。その……なんだ? 告白するとしたらロマンチックな状況で言うのがベターだよな? いや、でもこの世界でそれが通用するとも思わないし……というか、告白って早すぎか……はぁ……)」


そんな浮かれたことを堂々巡りの様に考えていた時、急にリンリンと大音量の鈴がなった。その音と同時に酔いつぶれていたはずのティナが飛び起きる。


「ヒロキ! シェリーを起して!! ここから逃げるわよ!」

「はぁ!? 急になんだよ!?」

「今の鈴は『警報』よ! 勝手に私の敷地内に大勢が踏み込んだ証拠! 急いで!」 

「わ、わかった! シェリー、起きろ、敵が来たみたいだ! 逃げるぞ!」


ティナの慌てぶりが事態の急変を告げていた。俺がシェリーを起している間にティナは弾薬をかき集め、装填済みのマガジンと共にバックの中に流しいれる。その様はまるでダイヤの強盗でもしているかのようだ。


「こっちよ! 囲まれる前に裏口から出るわ。ヒロキ、後ろは任せたわよ!」

「わかった!」


ティナからオートマティック銃を受け取り、コッキングをしつつ、シェリーを前後に挟みながら後ろを付いていく。ティナは裏口から出ようとしたところで外の状況を覗く。


「チッ……。囲まれてる。さすが『王国軍』ね」

「いくらなんでも場所がばれるのが早すぎないか? まだ一日も経っていないのに……」

「早すぎる? まさか? これくらい普通のことよ! ここは割と人里に近いから無理も無いわ。さぁ、無駄口叩いてないで突破するわよ」


ティナは銃をコッキングして窓から外の兵士たちを狙おうと窓から銃を構えた。しかし、その直後、窓ガラスが砕け散り、ティナが後方へと倒れた。


「くっ…… ヒロキ! 顔を出しちゃ駄目! 狙撃主がいるわ……うっ……」

「ティナさん! 血が……! えっと、ど、どうすれば!?」


ティナは右腕を撃たれ悶絶し、シェリーはその状況にパニックになっている。

俺が外を覗こうとすると窓の外から銃弾が二発飛んでくる。


「駄目だ。顔を出せない!」


まるで、それを理解しているかのように兵士たちが大勢で距離を詰めてくるのが足音で分かった。俺は手だけを外に出して辺りに向けて銃を撃ち放つ。しかし、まるで何かに兆弾するかのようにキンキンと音を立てる。


「クソ! シェリー、ティナを連れて奥へ下がれ!」

「は、はい! ティナさん、こっちに! 急いで!」

「……シェリー、落ち着いて。大丈夫、弾が掠めただけよ。私は歩けるわ」


落ち着きのないシェリーを軽口で制したティナは右腕を押さえながら奥へと下がっていく。俺もそれに続く形で銃口を裏口に向けながら後退していく。そして、その直後、凄まじい衝撃と共に裏口のドアが吹っ飛び、多くの兵士たちが頑強そうな黒色の盾を先行させ、なだれ込んでくる。


「ティナ! 他の逃げ道はあるのか!?」

「いいから気にせず、撃ち続けて! 時間を少しでも稼いで!」

「分かった! でも、持っても数分だぞ」

「充分よ!」


俺は通路の壁に身を隠しながらひたすら銃を撃ち続ける。

ティナはこの状況で俺に『時間を稼げ』と言い放った。確証はなかったが、そう言うからには何かティナには作戦があるはずだ。


「ヒロキ、もういいわ! 下がって!」


ティナの声で廊下の角を曲がり、最奥の部屋に滑り込む。

その部屋の入り口には地面に伏せてドラグノフのような狙撃銃を構えているティナの姿があった。銃には安定化を図るためにバイポットが立てられ、体で反動を止めるためかぴったりと銃に身を寄せつけていた。


そして、ティナは言葉を紡ぎながらトリガーに手を掛けた。


「<我が求めるは戦慄と業火・火を統べる炎竜の理を以て・焼き払え!>」


その直後、重く乾いた銃声が炎を纏いながら廊下を一気に突き抜けた。

それは正しく説明不能な不可思議な力――魔術だった。


「今のうちにこっちよっ……!」

「シェリー、いくぞ」


俺たちはティナの案内で床下に隠された地下通路へと逃れた。通路はまるで古い坑道のようで埃っぽい場所だった。埃の積もり具合からして長い間使われていないのが分かる。


「ティナ、こんな場所があるなら最初からこっちを使えよ!」

「馬鹿言わないで。この通路だって結局、敷地内にしか繋がってないの。そんな場所を通るより出口から出た方が速いに決まってるでしょ!」


至極全うな事を言われて俺は押し黙る。同時にティナはハッと気付いたように人差し指を鼻に押し当て上を見やる。いや、正確には上を歩く人の音を聞いているらしい。


「このまま道沿いに行くわよ」


そう静かにティナは語り、ゆっくりと俺たちを先導する。しばらく進むと坑道には似つかない重厚な鉄扉が現れた。その扉は一昨日、射撃練習場で見たものとそっくりだ。


「扉をあけて頂戴」

「あ、ああ……」


不気味さを感じながら扉を開けると中は何やらいろいろな機材や魔道具らしきものなど様々な物があった。


「ここは?」

「ここは――そうね、いわば最後の前哨基地かしらね」


右目を閉じて痛みを堪えながらそう言うティナだったが、それと時を同じくして後方から迫る多数の足音が響き渡る。俺とシェリーはその音に反応するかのように扉をすぐさま閉じる。そこまでやったところでティナは一安心したかのように息を吐く。


「良く頑張ったわね。まだ終わりじゃないけど、概ねこれでケリが付くわ」

「どういうことだ?」

「すぐにわかるわ」


ティナはフッと鼻で笑うかのように言い放ち、壁に掛けられたイヤホン型トランシーバーを手に取り、チャンネルダイヤルを回す。そして、一言だけ紡いだ


「<起動アクティベート>」


その声と同時に地震のような地響きがその場に響き渡り、上からは若干の埃が舞い落ちる。その衝撃から何かが爆発した音だという事は分かった、


「これで地下や建物の中に居た人間は無力化できたはずよ。こっちの出口が特定される前にここを出ないと……私についてきて」


ティナは自分の腕に包帯を巻きながら鋭い眼光で俺たちを導き続ける。そんな一方でシェリーは突然、起こったことに怯えてしまっているのか俺の腕をギュッと握った。


「(そりゃあ、怖いよな……俺だって怖いんだから)」


少しシェリーに目配せをしながら俺はティナの後ろを再び、歩き始めた。しばらく歩くと再び、前方に鉄製の扉が見えた。すると、ティナは振り返りつつ左手で銃のグリップを握る。


「ここから先は外よ。正直、これから何が起こるか――いや、何が起こっているかわからない。昨日も言ったけど、こうなったら奴らは本気で殺しに来る。狙撃主も配置されているくらいだから、間違いないはずよ」


顔を歪めながらも残弾を確認するティナは俺たちに向けて言った。


「覚悟を決めていくわよ。みんなで生き残る。いいわね?」


俺とシェリーは頷き、ティナの後へ続いた。扉を出るとそこは馬小屋近くの茂みに繋がっていた。素早く俺達は馬小屋へと滑り込む。


「どうやら、まだ奴らは私達の位置を掴めていないわ。今のうちにこの馬で逃げるわよ。……シェリー、乗馬の経験は?」

「あります!」

「なら、ヒロキはシェリーの後ろに乗ってけん制射撃を。シェリーはできるだけ全速力で私の後ろを追ってきて」


俺たちが頷き、馬に乗るとティナは先陣を切って馬小屋を飛び出す。後ろから俺たちも追いかけ始めるが。遠方から狙撃主のスコープレンズが太陽光に照らされ、ピカッと光るのが見えた。


「狙撃が来るわよ! 馬を左右に走らせて、姿勢を低く!!」


ティナの声と同じくして自分達の間近をヒュン、ヒューンと弾が飛び去っていく。恐怖を感じながらも俺たちは蛇行を続けながら確実に出口へと向かっていった。


「くっ……! きゃあああ!!」


しかし、出口に近づくにつれて狙撃手との間が狭まり、前方を走るティナの馬が被弾し、地面へと崩れ落ちてしまった。


「ティナ!! シェリー、戻ってくれ。ティナを助けないと!」

「もちろんです! ティナさんは私達の恩人ですから」


シェリーはすぐに馬を方向転換させ、ティナの元へ駆け戻る。だが、ティナは戻る俺たちに向けて叫び続ける。


「戻ってきちゃ駄目! 逃げて!! 逃げなさい!!」


その声は間違いなく正しかった。ティナが前方で狙撃主を引きつけていた事を俺達は知らなかったのだから――。そして、次の瞬間、ヒューンという弾速音が一斉に俺たちの馬へと向けられ、被弾するまで大して時間は掛からなかった。


「きゃあ!」

「クソッ……!」


馬が地面へと倒れ、その反動で俺達は投げ出された。未だに集中砲火が続く中、俺はシェリーを抱えて馬の死体に身を隠す。その射撃音と着弾音が容赦なく、降り注ぎ身動きが取れない。だが、しばらくすると射撃音が鳴り止み、周囲を確認すると大勢の兵士に俺たちは囲まれていた。










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