第11話 過去の男
「大人しく銃を捨てて投降せよ!」
その場に大きな声が響く。周囲は頑強な黒塗りの盾を持つ兵士たちが完全に包囲し、それを援護するようにライフルを持った兵士たちが『いつでも撃てるぞ』と言わんばかりに銃を構えている。
「わかった……銃を捨てるわ!」
「ティナ! そんな……まだ――!」
「馬鹿なことは止しなさい。ここで銃を捨てなきゃ本当に撃たれるわよ! こんな所で殺されたくはないでしょ?」
ティナはシェリーと俺に視線を向けながらそう叫びつつ、銃を捨てて手を挙げた。この状況ではそれしか手段がない。仮に銃を撃ったとしても蜂の巣にされるのは俺達の方だ。これ以上の抵抗はもう無意味に等しい。
「クソッ……」
俺はそう吐き捨てながら銃を地面に放り、両手を挙げた。
すると、先ほど声を揚げた男がまた声を上げる。
「よし! ゆっくり確実に捕縛しろ!」
「うがぁっ……! ちきしょう! 離せ! 離せって言ってんだろうが!」
「……何を言ったって無駄よ」
俺たち3人はあっという間に拘束された。手は縄で縛られ、身動きが取れない。そして、兵士が周囲を警戒する中、護送車に乗せられてどこかに連行されようとしていた。
「はぁ……他に誰も仲間なんて居やしないわよ。とっとと私たちを連れて行ったら?」
ティナはそんな状況の中でもため息をつき、酷く冷静に喋る。
そのツンとした態度に軍の兵士は『ある女の名前』を不意に出した。
「……その喋り方にその姿、もしかしてお前。ティナ・エルテルト・リグナーか?」
「まさか? きっと人違いよ」
「いいや。その高飛車な喋り方、金髪にブルーの瞳、間違いないだろ?」
「……例え、そうだったとしても私は犬に成り下がったあなた達とは何も喋る気は無いわ」
ティナがそう挑発的に言うと兵士は頭に血が上ったのか、眉間にシワを寄せて護送車の扉を勢いよく閉めた。そして、馬車はゆっくりと確実にどこかへ向けて走り始める。カタカタと音を鳴らして進む馬車に俺の恐怖心が高まっていく。
「なぁ、ティナ。俺達はこれからどうなるんだ?」
「……そんな事、この子の前で言って欲しいの?」
殺気染みたティナの言葉を聞いて俺は思わず、黙り込む。
その言葉が意味すること――それは『殺されること』を意味している以外、他ならなかった。こうしている時間ですら死への道を歩んでいるようにしか思えなかった。
「ティナさん、ヒロキさんっ……ごめんなさい。すべてわたしのせいです……」
「シェリー、お前のせいじゃない。どちらかといえば俺のせいだ」
「そんなこと! 私があのまま『エルダ』から逃げていればこんなことにはならなかったんです! 本当に、本当にごめんなさい……!」
「二人とも黙って……。ヒロキもシェリーも悪くないわ。悪いのはこの世界の価値観、世界そのものよ……」
ガタガタと揺られる馬車の中で謝りあう俺たちを見ながらティナはどこか遠い眼差しを外に向けて静かにそう一言だけ言った。
もし、この世界に奴隷制度が無かったら――この世界に『俺の居た世界の価値観』があったのなら、こんなことにはなっていなかったはずだ。そう考えればティナの言葉は酷く重い一言だった。正当性や妥当性はないかもしれないが、神を恨み続ける俺にはこの不条理が、理不尽さが痛いほど分かる。
「(なぁ、神様。アンタは「俺を待つ」と言った。でも、それは俺に後悔させるような思いを課して殺すという事なのか? その上で「だから神には抗えない」と説くつもりなのか?)」
そこからしばらくの間、沈黙が続いた。シェリーはずっと泣き続け、俺はシェリーを守るどころか、ティナを巻き込んでしまったことに申し訳なさを感じながらもシェリーに身を寄せて『もうどうにもならない』と諦めながら窓から見える景色を眺めていた。護送車はやがて山を抜け、細い道に差し掛かる。
そこで急に車列がピタッと止まった。
「ん……? おかしいわ。ここは街に入る手前の裏道のはず。ここで止まるのはあまりにもっ――! 伏せて!!」
ティナがそういった瞬間、複数の銃弾が護送車に当たる音が響き渡る。
だが、その音は数十秒もせずに静まり返った。
「一体、何がどうなってる?」
「私にもサッパリ分からないわ。だけど、何人かがこっちに近づいてきてるようね」
俺たちが耳を澄まして外の様子を伺うと男の声が護送車の中に響き渡る。
「ティナ様! ドアから離れていてください。今、お助けします」
その刹那、重厚な護送車の扉が切り刻まれ、外の光が差し込む。
ドアの先には剣を持ち、よれたスーツを着こなす20代後半の好青年が立っていた。ティナはその青年の姿を見ると驚きの表情を隠せないようで数秒、黙り込んでいた。
「まさかとは思ったけど……あなた、グレイ? グレイよね? ……どうしてここに!?」
「ティナ様、またお会いできて光栄です。積もる話も在りますが、今はここから逃げなくてはなりません。さぁ、皆さん行きましょう」
ティナは選択の余地がないと判断したのか、俺たちに視線を向けてから『グレイ』と呼ばれた男に続く。そこから俺たち3人は道から外れた場所に隠していた商人風の馬車へと誘導され、その場を離れ始めた。
グレイが手綱を握る俺たちの馬車が街道に出ると脇道から5台の馬車が次々に現れ、前後に連なった状態で走り始める。そして、グレイは前後の様子を確認してから俺たちに視線を向けた。
「皆様、これからリンテルの主都、ルニアの西門から商人の貨物馬車として街中に入ります。姿勢を低くして荷台の荷積に紛れて隠れていてください」
「グレイ、ちょっと待って! それ本気で言ってるの? 街中に入るって事はそれだけ警戒が厳重な所に入るってことなのよ?」
「分かっています。でも、敵を欺くなら内側にもぐりこんでしまった方が確実です。それに逃げまわるにしても街中の方がティナ様にとっても
「それは……そうだけど……! ああもう! 二人ともサッサと隠れるわよ!」
グレイの目を見て折れないと悟ったのかティナは荷台の積み荷へと視線を向ける。荷台の中身はほとんどがワインやブランデーといった酒が多く積まれていて、隠れる場所はほとんどない。それでも箱を四隅に寄せれば、ちょうど三人が座るスペースは作れそうだった。
「隠れる場所は……作るしかないわね。ヒロキ、これをそっちに」
「私も、わたしも手伝います!」
「じゃあ、シェリーはこれを手前に」
三人で分担し、箱を四隅に寄せきった俺達は馬車の真ん中に身を隠した。
そして、ついにリンテル西側の関所に着き、兵士による検閲が始まった。
「よし、次!」
「おはようございます」
「ああ、おはよう。荷物はなんだ?」
「ええっと、ワインやブランデーです」
「そうか、では中を確認させてもらうぞ」
ゴソッと土を踏み、こちらへ歩き出そうとする音が聞こえるが、グレイが呼び戻す。
「あ、あの! 中身は見ない方がよろしいかと……」
「ん? なんだ? 見られちゃまずいものでも積んでるのか?」
「いえ、ただあなたの首が飛んでしまうのではないかと思いまして……実は――グリファルド公爵様から『何人たりとも我の酒に触らせてはならぬ』といわれておりまして、私以外が触れると自動で攻撃する魔術がかけてあるのです」
「そんな仕掛けは聞いたことがないが……公爵様の荷物ならばやむ終えん。行って構わん。しかし、公爵様の私物か……君も大変だな。よし、次!」
グレイの演技によって兵士の目をかい潜り、馬車は再び走り出した。
少し間を空けて安全だと確信したティナは荷台からグレイに鋭い目線を向ける。
「よくあんな理由と茶番で通り抜けることができたわね?」
「ティナ様、もしかして怒ってらっしゃるんですか?」
「当然よ! もし、兵士がそれでも中を調べるといったらどうするつもり――」
「ティナ様。そんなことが一兵士に『できない』ことくらいはわかっているはずです。ましてや、公爵の私物となれば平民には手を出せません」
「……違うわ。きっと、きっと運が良かっただけよ」
グレイに少し強い口調で言われて面白くない表情をしながら目線を下に向ける。そして、その会話を最後にティナは黙り込み、グレイはひたすら馬車を走らせ続けたのだった。
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