第40話 後追い

リードたちから馬を奪い取ったティナはオリン村の険しい山道を登り、ヒロキ達の行方を探るため、村から差ほど遠くない湖がある場所を訪れていた。


「ここのどこかに二人が――」


緊張と焦燥感がティナの体を動かす。彼女の脳裏には『まだ二人が生きている光景』と『無残な光景』が交わり、心が締め付けられる。それでもティナは現実を直視して湖の近くにある木に馬の手綱を括り付け、銃を片手に周辺の家をクリアリングしていく。


「ここでもない……どこに――っ!」


ティナが捜索を続けていると一軒だけ扉が開きっぱなしの状態になっている家屋を見つけた。即座にティナの思考が最悪の結末に転がっていく。それでも彼女は、目を開いてゆっくりと足を進める。


「(もし、本当になら早くみつけてあげないと――)」


心拍が跳ね上がって痛みが走る。そっと銃を正面に構えたティナは玄関口から室内に踏み込んだ。しかし、そこに残されていたのは死体ではなく、『争った形跡』と『大量の血』だった。


「これだけの血なのに遺体がないし、血が滴った様子も無い……ということは、つまり、まだ二人はどこかで――生きてるっ……!」


ティナは少し緩んだ瞳を腕で拭って冷静に床についた血に触れる。


「まだ新しい。一日も経ってないはず」


でも、だとしたら負傷した二人はどこに消えたというのか分からなかった。

普通、これだけの出血なら刺されたままどこかに行けば、血が床に垂れるものだ。ティナは周囲を注意深く見つめながらあたりを見回す。


「ろうそくのロウが無くなってる。ということは朝方まではここに居たに違いないわね……。食器も綺麗に洗われたまま――朝早いタイミングで襲撃を受けたに違いないわ。でも、襲撃を受けて二人はどう動く? 考えて私……」


独り言のように呟いて玄関の方へ歩いた時、カツンと何かが足に触れた。

ティナは足をどけて下に転がっているモノを手に取った。


「これは呪術の首輪? そっか……ここでずっと軟禁されていたのね。……私なら『ここからすぐに逃げ出したい』って思う」


玄関口から外を見やる。すると複数の人間の足跡以外に馬車の形跡があった。

それも全てが軍が好んで使いそうなブーツの足跡だ。


「この足跡からして――多分、帝国の連中は馬車で来たに違いない。この首輪で動きを封じられていた二人が馬車に乗れる訳がないし……だとしたら――」


ティナは地面に目を凝らしながら自分の馬の方へと足を進める。


「さすがに足跡は残っていないか……でも、絶対に生きてどこかに向かったのは間違いないわね」


ティナには公爵時代の経験から確証があった。リンテルの公爵は自分の功績に応じて領土を持つ。そのため、何か事件が起こればそれに対しての対処も行う役目があったのだ。故にこういった現場に関しても経験は多々ある。


「(もし、仮にリードたちが死体を隠蔽しようとしたとしたら、必ず遺体を動かした痕跡が残る。それに血の海の中央だけくっきり綺麗になっていたことも妙だった)」


そこから導かれる答えは『何とかして二人は血を止めてどこかに行った』という極論しかない。ティナはそう結論付けると銃を閉まって外へ駆け出した。


「到底、信じられないことだけどそうだとしか、考えられない。ヒロキなら動揺している中でも人里を目指すはず……! オリン村――あそこになら何か手がかりがあるはずだわ」


馬へと飛び乗ったティナはオリン村へと馬を走らせた。しかし、ティナが村に着いた時、村の中ではちょっとした異変が起こっていた。複数の村人たちが誰かを探して方々に散っていた。


「ミア! ミア~! どこに行ったんじゃ!? ん? 貴様はリンテルの……」


馬に乗って村へとやってきたティナに気づいた初老の男はこちらをじっと見つめる。私はその人物の顔に覚えはないが、きっと帝都で行われたあの晩餐会に参加していた一人だったのだろう。


「もしかして、あなたもあの晩餐会に?」

「そんなことはどうだっていいんじゃ! あんた、帝都から来たんじゃろ? ここに来るまでに茶髪を後ろで結んだ女を見なかったか?」

「いいえ、見てないわ。何かあったの?」

「……。敵国の公爵になぞ、関係ない!」

「族長! 納屋にあった荷馬車がない! ミアの奴、馬で出て行ったみたいだ!」

「何ぃ!?」


族長と呼ばれた初老の男は慌てて納屋の方へとかけていく。ティナはこの事態にピンッと来るモノがあった。もしかしたらこの件とヒロキ達の件が繋がっているかもしれない。私も後ろを追って間に分け入った。


「ちょっとお爺さん、退いて!」

「な、なんじゃいきなり! 部外者じゃろうが!」

「……ねぇ、そこのあなた! 荷馬車があったのはどこ」

「え? あ、あそこだけど……」


ティナは付近の地面を遠目からじっとみつめてみると複数人の足跡があった。


「(確証はない。それでも多分、この件と二人の件――繋がっているような気がする。二人はあんな場所で軟禁されて、急に刺客に襲われて頼る相手もいない。もし、そんな状況に追い詰められたら馬を手に入れてどうする? 遠くに行く? ――まさか、私を助けるために帝都へ行った可能性も――っ!)」


ティナは慌てて馬小屋を飛び出して馬に飛び乗った。ヒロキならば、私を救おうと帝都の城に乗り込むことも容易に考えられる。乗り込めば最後、蜂の巣にされるだけだ。


「族長!!」


ティナは大声で初老の男を呼んだ。


「帝都からこの村に来るための道はそこの道以外にあるわよね? どこにあるのか教えて!」

「なっ、なぜそんなことをお前などに――」

「いいから教えなさい!!」


ティナは銃を抜いて威嚇する。今は一時でも無駄にできない。

もし、私の推測が合っているなら私が来た道と違う道を通っているはずだ。


「……村のモノしか知らんが、北側の街道から行けばいずれ、帝都につながる大街道に出るはずじゃ」

「多分、その探している子もその道を使ったに違いないわね! ティヤア!」


私はそれだけ言い残して馬に鞭を叩き入れて北側にある街道を突き進む。


「(どうか、お願い。間に合って!!)」


ティナは心でそう願いながら全速力で帝都への道を駆け戻っていった。



***



帝都では皇帝の怒りが頂点に達していた。リードとナターシャ、20人の魔術師の離反だけにとどまらず、牢獄に居たティナにまで逃げられてしまった。


その事を告げる伝令兵は恐怖で縮み上がっていた。


「今現在、軍内部で追撃部隊の編成を行っております。しかしながら……城と街をつなぐ橋に転がった馬の処理に時間がかかっており――」


その瞬間、パンッという乾いた音が謁見の間に響き渡り、報告していた者が血を吹きながら皇帝の前に倒れた。その光景を後ろで見ていた者は恐怖で身を震わせる。


「いいか? 俺は同じような報告をする奴は許さぬ! 急いで全員を捕まえろ!! それまで帰って来るなっ! 手ぶらに帰ってきた者はこうなると知れ!!」

「「はっ!」」


全員が一斉に城内へと散らばっていく。しかし、この横行をみていた上官たちは皇帝の行動に不信感を覚えていた。そう、皇帝は威厳ある人間などではないと――そこに鎮座する皇帝は最早、『子どもが実銃を振り回して駄々をこねている』というようなイメージを全員が抱ていた。

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