第39話 進み続ける訳

リードが帝国へと戻って皇帝からの裏切りに気づいた頃――。

俺とシェリーは家屋を出て結界の外へと出ていた。しかし、お互いに帝国の領土を全く知らない。ここが帝国の何という場所なのかも知らないまま周囲に気を配りながら少し登り勾配になり始めた道を前に進み続けていた。


「ん……? あれは――村か?」


勾配が緩やかになり、視界が一気に開けたところで足を止めた。その先には広大な田畑が広がっており、所々に木造の民家が立ち並んでいた。唾をごくりと飲み込んで俺が前に進もうとするとシェリーがその手をグッと引っ張った。


「行くの、止めませんか?」

「えっ?」

「だって、あそこに帝国の兵士が居るかもしれないじゃないですか。もし、居たら……また私たちは殺されるかもしれないっ……」

「……シェリー」


確かにシェリーの言う通り、結界から出たとはいえ近くに帝国兵が留まっている可能性もある。それを考慮すれば今、あそこに接近するべきではない。そして、何よりシェリーがもの凄くおびえていた。


「(無理もない。殺された時の記憶……痛みも全部。覚えているんだから)」


出来る事ならシェリーの思いを汲んであげたいが、俺たち二人はお金や食料など逃げるために必要なモノを全く持っていない。


「……分かった。でも、せめて食べるものだけでも確保しないと」

「なら、あそこにあるライの実を――」

「ライの実?」

「帝国でしか、生産されていない甘くておいしい果物のことです。……ごめんなさい。必ず、代金は支払いに来ます」


シェリーは足早に近くの畑へと分け入ってブドウによく似た『ライの実』を摘み始めた。でも、やっている事とは裏腹に彼女は謝りながら5つのライの実が付いた房を取っていく。そんな様子を見て自分の無力さを感じていた。


「(ただの一人も救えないでアテルザの力――シェリーの祝福で助かって……。今ですらシェリーの知識に助けられて無力すぎだろ、俺……)」

「ちょっと、アンタたち……!」

「っ!?」


突然、後方から発せられた大声で咄嗟に現実へと引き戻された俺は後ろを振り返る。

するとそこには茶髪の髪をポニーテールにした女性が立っていた。俺と目が合うとその子はあっという間に踵を返す。


「(まずい。ライの実を盗っているところを見られた。軍の連中が居たら――)」


俺は自分の心が鳴らす警鐘の赴くまま、彼女の後を追った。そして、彼女の服を掴み、抱きつくように動きを封じる。


「やめっ! やめて! この泥棒、変態!!」

「だまれっ!」

「うっ……!」

「頼む。黙ってくれ。俺たちはすぐに去るからそれまでおとなしくしていてくれ」


彼女の口を押えながら咄嗟にナイフを引き抜いて彼女の首元に突きつけた。俺の言葉に彼女はこくりと頷く。シェリーもライの実を手に持って合流する。だが、彼女を人質にしたのは良いが、どうしたモノかと思ってしまう。


「ヒロキさん、見つかっちゃいましたね……どうしましょうか」

「どうするって……うーん、どうしたもんかな。このまま、解放することもできるけど、その後がなぁ……」


シェリーと目を合わせて考え込む。俺に拘束されしまった彼女は自分が殺されるのではないかと思ったのか涙を流す。


「大丈夫だ。殺しはしない」

「うん、私たちに協力する限り、絶対に危害は加えません」

「こうして会ったのも何かの縁だ。君の名前はなんて言うんだ?」

「あ、あたしはミア」

「ミア、いい名前だ。いくつか質問するから今みたいに静かに答えてくれよ?」


彼女――ミアは涙ながらに頷く。


「この村に帝国兵士はいるか? あと馬はあるか?」

「兵士はいない……馬なら馬小屋に」

「よし、じゃあ、君は馬を扱った経験は? 走らせられるか?」

「走らせ……られる。もうお願い、解放して――」

「悪いが、最後まで付き合ってもらうぞ。馬小屋まで案内してもらおうか」


ミアの服を軽くグッと引っ張って、馬小屋まで案内させる。ミアの最初の威勢はどこかに消え去り、ぼろぼろと涙を流す。馬小屋に着いた俺たちは荷馬車の御者台にミアを座らせ、手綱を握らせた。


「ミアいいか? 確認するぞ? 俺たちの言うことを聞く限り、お前の命は保証する。でも、もし裏切ったら命はないと思え」

「わ、わかった……」

「よし、とりあえず、帝都を目指してくれ」


俺たちを乗せてミアは荷馬車を動かし、街道をまっすぐ進む。

天気はまずますの晴天でやっている事とは裏腹に心地がいい。


「ヒロキさん、これからどう……します?」

「ティナを救い出す。そこからだな。でも、今は情報がないから帝都を目指すしかない」

「あの……ヒロキさん、このままどこかに根をおろして静かに暮らして――」

「それも確かにいいかもな……。というか、ぶっちゃけ、今の俺とシェリーならそっちの方が良いのかもしれない。……でも、この運命、この出会いを引き寄せてくれてくれたのはティナだろ」

「だからって、もうティナさんに義理立てする必要なんて!」

「義理とかじゃないんだ。もし、これでティナが死んだらシェリーは胸を張って生きて行けるか? 俺たちに生きる術を――助けの手を差し伸べてくれたティナに」

「そ、それは……」

「俺だって怖いんだよ、シェリー。でも、ここでやらなかったら絶対に後悔する。だから前に進むんだ」


俺がそう言い切るとシェリーは俺の背中に抱きつき、静かに泣き始めた。シェリーの思いも分かるし、俺もまた『ティナを切り捨てる方』が楽だと知っている。でも、そこで見捨てたら自分が自分ではなくなる気がする。


「あんたら、お尋ね者……なんだね」

「ああ。ミアを人質に取るくらいにはな」

「その割に全然、そんな風に見えないよ……」


馬車は帝都の方へ向けて走り続けているミアがそんな事を言う。

嬉しいやら悲しいやらよく分からない俺たちは帝都の道を見据えた。

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