第41話 帝都の異変と狂人
ヒロキとシェリーはミアと共に帝都へと到着し、あたりの様子を探っていた。
到着早々、街中の様子を見ていると至る所が物々しい雰囲気に包まれている。多くの所で人だかりができていて、明らかに帝都で何かが起こったようだった。
「シェリー、ミアを見張っててくれ。ちょっと探って来る」
「はい。ミアさん、動かないでね」
俺はシェリーにミアの見張りを頼んで群衆の中に紛れた。
そして、通りがかった人間を装って近くに居る人に声を掛けた。
「何かあったんですか?」
「あ~なんか謀反があったらしくてな。帝国魔術師団の隊長が敵国の要人の~……なんとかっていう人を人質にして逃げたんだとさ」
「要人?」
「ほら、あのリンテルから逃げてきたって言う」
「ティナ・エルテルト・リグナーですか?」
「ああ!! そうそう! それだよ、それ! よくあの呼びにくい名前を憶えてるな――ってあれ? 兄ちゃん? どこにいっちまったんだ……?」
俺はその情報を聞くや否や急いで馬車へと駆け戻ってシェリーにこの事実を伝えた。
「あの、私たちを襲った人間が皇帝を裏切った? ……信じられません。あの人たち自分たちを『帝国の番犬』って」
「ああ、でも、何かがあったんだろうな。軍の連中が血眼になって探し出そうとしているのは間違いないみたいだ。今は橋で足止めを食らってるみたいだが――」
俺がそう言いかけた時、ピーッと高い笛の音が城から鳴り響き、数百人規模の兵士たちが馬に乗って城から出てくる。
「まずいな。多分、警戒網を敷くつもりだ。ミア。道を引き返して街の外にあるわき道に入ってくれ。少し高いところから様子を見たい」
「わかりました……」
俺たちがわき道に入って少しするとオリン村の方へ続く道を10~15騎くらいの馬が村の方向へと駆けて行った。恐らく、リードと接触している時点でティナが『俺たちを探しに向かっただろう』と考えての偵察隊だろう。俺もその可能性が高いと分かっている。
「(もし、ティナが俺たちを探しにあの小屋に向かったとしたら、絶対に帝都へ戻ってくるはずだ。でも、ここに食料は無いに等しいから――粘るとしても1日が限界だな……もし、一日でやってこなかったらティナには申し訳ないけれど、二人で王国まで戻って資金を取り出して逃げよう……でないとシェリーの身が持たない)」
俺はそう心に決めてティナの到着を待ち続けることにした。ティナならば俺たちの跡を必ず、見つけて追って来るはずだ。
「今はここでじっとしていよう。ティナは絶対にオリン村の方から現れるはずだ」
「そんなのに確証なんて――」
「分かってる。でも、リードと一緒だったなら『あの話』が出てもおかしくない。もし、一日待ってもティナが来なかったら警備の穴を縫ってリンテルに戻ろう」
「リンテルに?」
「ああ、王国には俺の持つ資産があるんだ」
「……資産?」
「アルグラス通りに銀行があっただろ? あそこに預金を預けてるんだ」
俺がそう話している最中、向かい側の山――つまり、俺たちが亡命の際に通ってきた砦付近で大きな爆発が見えた。なにやら砦の方で何かが起こっているようだ。それを物語る様に城から大勢の兵士たちが山の方へ進軍していく様子が見える。
「まさか、ティナじゃないだろうな……」
「いや……ヒロキさん。あれ……帝国の兵士と何かが戦ってる」
「ん? なんだあれ……」
遠目では詳しくは見えないが、先ほど出て行った帝国兵が兵士ではない人間に魔術を打ち込んでいるのが微かに見えた。反乱でも起こっているのだろうか。
「みんなすごい。誰かの為に戦ってるんだ」
二人でその景色をただただ眺めているとミアがそうポソッとそんな風に言う。俺たちに挟まれて怯えていたミアだったが、どこか遠いような目でその様子を見ていた。
「(この子……なんか昔の俺と同じ目をしてる)」
俺はその横顔をそっと覗きながらシェリーとミアに少し横になる様に告げた。幸いなことにこの馬車にはいくらか干し草が積んである。それをクッションに眠れば腰も痛くならなくて済む。何分、ここから先はしばらく長期戦になる。寝れるときに寝ていた方が良い。
「(それにシェリーの方はミア以上にメンタル的に一杯、一杯だろしな……)」
あのナイフの痛みは尋常ではない。注射針の痛みを数億倍に増幅したような――やけどするような熱く鋭い痛みだ。下手をしたら夢の中でこの痛みにすらうなされる可能性すらありそうだ。トラックに轢かれた時の痛みと比べたら、それは――
「(ん……? 待て。トラックに轢かれた時の痛みって……あれ思い出せない?)」
ふと思い出したのは前世での最期の瞬間だった。あの時は痛かったということは覚えている。だけど感情としてそこにあるのは『痛かった』という概念の言葉だけだった。記憶がおかしいのかと必死に考えるが、その痛みに関する記憶部分だけがどうも抜けている。
「はぁ、俺も疲れてんのかな……?」
木々をかき分ける風の音を聞きながら静かに街道の動きを監視しながら周囲を回し見るのだった。
***
それとほぼ同時刻、リンテル王国内はかつてない程の緊張感に包まれていた。
どこからともなく死んだ者が蘇り、人々に襲い掛かっている。人々は行き場を失いつつあった。
「撃て! 撃て! これ以上、奴らを進ませるな!!」
「もう駄目だ! 撤退、撤退しろ!!」
各公爵とその私兵は国境付近から逃げるように撤退し、リンテルにある自分の領土を守るために主力を尽くすが、パンデミックは止まらない。むしろ、事態は時を追うにつれて悪化の一途を辿っていく。国王はこの事態に緊急事態を宣言し、王城があるルニアに生き残った人間を集めて決戦に臨む覚悟を決めた。
「国王様、このままではリンテル王国のみならず、諸国にも死者たちがあふれることになりますぞ!」
「わかっておる。いいから落ち着け。この騒ぎは一体、どこから始まったのか調べるのだ! この事態を封じ込める方法があるかもしれん。それとルニアの入り口に警備を集中させよ。警備を厚くするのだ」
「はっ!」
国王は幾度となく全員に対して冷静に行動するように説いた。ここ数百年の王国史においてもこれほど危機的な状況に陥ったことは無かったが、国王はこの危機に直面してもなお、毅然と対応していた。今こそ、国王としての国民の命を守るためにも王国を守るためにも、統治力が試される時なのだと信じて――。
「こうなれば仕方あるまい。帝国とも手打ちにしなくてはな」
「手打ち!? 我が方に落ち度はないのですぞ?」
「この状況で帝国に攻められたら我々の負けは確実――ならば、戦う前に戦いを終わらせるしかあるまい。ヨルテル公爵はどこに」
「ヨルテル公爵! あれ? ヨルテル様がおりません!! まさか、まだ街の外に――」
「……やむ終えんな。時間が惜しい。誰か帝都へ赴いてくれ。護衛はつけるから案ずるな」
王城で帝都との停戦交渉に向けた話し合いが進む中、街の郊外にある豪邸の中で一人、優雅に葉巻へと火をつけて景色を眺める人間が居た。
「ふっ、いいざまだ。領土にこだわる馬鹿者はここで死んで行け」
大柄な体に威厳を表すかのような金メッキのリボルバー式拳銃を腰に掛けてふてぶてしく座ったその男、ヨルテルは1枚の写真を見て顔をニヤつかせる。
「あと少しだ。あと少しでティナを俺のモノにできる――」
「伝令っ! 伝令です!」
その時、ヨルテルのいた部屋にノック音が響き渡る。そっとティナの写真を胸元に留めたヨルテルは、入れと声を掛けた。
「報告、ティナ様が帝都の牢から逃走したとのこと。行方は現在不明。なお、リンテル国内に帝国魔術師団の精鋭と思われる20名が侵入したようです」
「ああ……そうか。ご苦労」
その言葉と同時に轟音がその場に数回、響き渡った。
「あの野郎……犬どもだけでなく、女一人の籠りも出来ねーのか!!! お互いウィンウィンの計画を作ってやったのに使えないクソがぁぁぁ!!!」
ヨルテルはもう動かなくなった死体に対してさらに数発撃ち込み、怒りをあらわにする。今までヨルテルは必死に裏で糸を引きながらティナが自分の元に転がり込むように暗躍し、計画を立てていた。しかし、それが今、大きく破綻したのだ。
「大丈夫……そう、大丈夫だ。計画が狂おうが、なんだろうが必ず、見つけ出して今度こそ、俺のモノにしてやる。そうだ――領土もティナも全部、俺のモノにしてやるんだ」
狂気を纏ったヨルテル公爵は銃を片手に屋敷を去って行った。
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