第27話

 千利休

 豊臣秀吉

 

 両者を比べればざっくりと、茶人と政治家。


 僕の歴史上の二人のイメージはそんな感じだ。

 そんな二人は一時期、日本の舵取りをしていたんだよな。

 松本と猪熊を交互に見る。

 思えば松本が悪魔王に対して接した時、こりゃ、凄いなと感心したんだよね・・

 ひょっとして日本一ひのもといちの秀吉レベルかも・・とね。

 その時、松本が「織田信長の方がましですよ」なんて言ってたっけ・・

 

 猪熊は既に松本の正体が秀吉だと知っていたんだな。。

 だって僕に「知ってる」といってたんだからさ。

 


 でもだ、

 そんなことがあったとしても

 過去、人間が何百年も生きられるのか?


 疑問だ。


 松本を見下ろす猪熊が言う。

「松本・・いや藤吉。久しぶりと言いたい」

 松本が鼻をすすり、モヒカン頭を撫でる。

「なぁんだ。与四郎、お前生きてたんか。てっきりあの山門事件で切腹して死んだと思っていたのになぁ」

 にやにや笑う。

「死ないでかっ!!お前と官兵衛の策略で簡単に死ぬ私だと思ったか?」

 松本がポリポリと頭を掻く。

「どーかなぁ。・・しかしどうやって生き返った?いや、どうやって入れ替わったんだ?あの木像と?」

 僕は横で二人の話を聞いている。

 しかし、全く何も分からない。

 二人の間で交わされている山門事件これが何か?

 木像とは何か?


「こだま君、今ね・・僕らが話しているのは大徳寺の山門に掲げられた利休像の件です。ググってください」


 大徳寺の山門?

 言われて、ググってみる。

 

 ふむふむ・・

 

 内容はこうだった。

 ――「大徳寺三門(金毛閣)改修にあたって自身の雪駄履きの木像を楼門の二階に設置し、その下を秀吉に通らせた」


 それで秀吉の怒りをかった利休は切腹。


「切腹?え・・利休切腹なの?」

 僕は猪熊を見る。

「猪熊さん、・・いやあんたさ。切腹じゃん・・死んでるよ??」

 僕は困惑する。


 どういうこと?


「そう、どういうことなんかなぁ・・」

 言って松本が猪熊を仰ぎ見る。

「与四郎、いや利休。お前は、ちゃーんと死んどったで。聚楽屋敷で大量の血を流してなぁ~」

 松本が語尾を伸ばして目を薄く閉じる。

「おみやぁーは何者だ?」

 殺気を含んだ声で松本が言う。

 しばしの無言。

 しかし、ゆっくりと肩を揺らしながら猪熊が嗤う。

 それが段々大きくなると、ピタリと止まった。

「藤吉。いや・・・秀吉。おまえは三上麗奈との戦いで薄々気付いたはすだ。仁王像をゴーレムとして使えと言ったのは私だ。それはお前が私の正体に気付くヒントでもあったのだから」

 

 あの木像の仁王像のゴーレムがヒントだって??

 正体に対する・・?


 松本を振り返る。

「はぁ―なるほどね。今思えばそうだったか」

 顔を撫でながら、猪熊を見た。

「おみゃーさんは、つまりドルイド。魔女やったちゅうことか」


 魔女?

 利休が??



 どういうこと?


「説明してよ。松本・・さん」


 いや、秀吉かな?


 松本がごろんと転がって見下している猪熊を指差した。

「こだま君。利休はあの切腹当時、いや・・もうすでにそれ以前に・・つまりですが、もともとドルイドだった。そう、ブリタニアの森を抜けだしたドルイドの一人だった。つまり後世の魔女ですね」

「えぇ・・ドルイドだった?でも日本人じゃん??」

 松本が笑う。

「そうですね。日本人です。いまはね。でも理由があるんですよ。こだま君、ラーメン屋で三上さんと話した時、「魔女って転生するの?」と聞きましたよね?」


 聞いた。

 確かに・・


「彼らはある事に気が付いたんですよ。『魔』を増幅するのに電気を使うって話したでしょ。それもその電気は心臓が出してる」


 聞いた。

 うん、確かに。


「魔女たちはね、『魔』の増幅を調べて行くうちにある事に気が付いたんですよ。寿命が尽きることは心臓が停止することなのであれば、つまり電気が関連しているじゃないかと。では停止する心臓を再び動かすにはどうすればいいか?」


 心臓を再び動かすだって?

 手術?

 オペ?

 心臓の取り換え?


「違います」

 松本が猪熊を見上げる。

「それは、簡単です。雷に自ら打たれることです。雷に打たれて地球の力を取り込んで心臓を動かすこと。それが彼らの生まれ変わりの方法です。つまり転生ではなく、再生するんです。雷に打たれることで、古い心臓に新しい電気を取り込み、新しく心臓を動かす。つまり再生するんですよ。それで古い肉体を捨て、若返ることができることを知った」

「古い身体が新しくなる?」

「そうです。つまりゆっくりと若返るのですよ。・・何年もかけてね」


 待てよ

 待てよ


 それが正しいとして

 結論が甘くない?


「じゃ若返りすぎて赤ちゃんになるというのか?」

 少し笑う。

 

 だってそうじゃん。

 その理論だと誰だってそう思うよ。


「そうです」

 言い切る松本。


 ええ!!


「そうなんか?」

 あまりの自信で言いきるので驚いた。

「赤ちゃんになり、また再び年老いていく。

 そして年老いてまた再び雷に当たる。その繰り返しです。ちなみに死亡届は簡単です。山で遭難とか、死体が見つからないようにすれば造作もないことです」

「まてまて」

 僕は慌てて言う。

「死亡は分かるが・・赤ちゃんになるってことどうなるのさ。一人で生きるすべもない、すぐに死んじゃうじゃん」


 あったりまえだろう

 いきなりだぞ、明日赤ちゃんになったらどうする??


 松本が首を振る。

「説明不足でした。赤子になるというより、幼児ぐらいでまた再び成長するのです」


 そいつも暴論だろ!!


「じゃさ。いくらなんでも親子関係とかあるだろう。そんなのどうなるのさ?関係ないって言うの?」

「殆どが孤児として生きているのですよ。昔からね。今はちゃんと社会福祉が進んでいるんで孤児もちゃんと教育を受けて生活できていますが、昔は良くこだま君の言う通り多くの魔女がやっぱり亡くなりましたよ。確かに再生にはそれなりの運が左右しますね、その魔女個人の生死には。ちなみに僕も孤児で現在の立場は養子です」

 

 そうなんや?

 松本も養子なんや・・

 ん、

 おいおい、

 ちょっと待て


「松本さん・・あんた・・あんたさぁ。何・・あんたも魔女だって言うの?つまり・・雷に打たれた・・!!?ってことなのか??」


 はぁはぁ、笑って言う。


「まぁ・・そうです。またその辺は後で説明しましょう。いまは猪熊、いや利休の事です」

 ごろんとなった身体を起こして猪熊を見る。

「つまりだ、利休。おみゃーさんは魔女だった。それで再生を繰り返しながらアジアへ流れて行き運よく生きて日本人となり戦国時代に儂と会った。おみゃーがどうやって田中家に取り入ったかはよう知らん。もしかしたら孤児で拾われたんかもな、儂と一緒で。そう、それであの大徳寺の事件の時だが・・・危険を察知したおみゃーは、木像・・つまり、あのお前にうり二つの木像に仮初の命を与え・・そして」

 松本が話すのを遮るように猪熊が言った。

「そうです」

 言ってからふふんと笑う。

「腕のいい西洋人に作らせたんですよ。出来上がった木像はルネサンス、つまりキリスト文化以外の芸術再生時代に生きたミケランジェロも真っ青というべき見事な物です。そこに仮初の命を与え、私の代わりに聚楽屋敷で見事に死んでもらった。そう、私は自ら『魔』をかけて木像になって密かに京都を抜け出したわけです」

「すごい執念やな」

 猪熊が松本へ顔を近づける。

「当たり前でしょう。二度もあなたに出し抜かれるわけにはいけませんから。蔵から魔術書をまんまと盗み、そのまま黙って簡単に死ぬ訳にはいきませんよ」

「聞くがな。いつ分かった?俺が盗みの犯人だと」

 猪熊が近づけた顔を離して、ゆっくりと元のように見下す。

「当時、日本全国の噂という噂をくまなく調べました。すると美濃付近で織田家中に頭の回転が良い奴が居て、墨俣に一夜で城を造り、出世してるやつがいると。そんな魔術みたいなことができるやついるのか?それが藤吉、お前だった。慎重にお前の氏素性を調べれば日本を流れ歩いていた浮浪児で、当時日本に居た道々の輩や山河の民共と繋がりがあるとわかった。そういう繋がりがあればきっと遥か大陸から伝わり聞く『魔術書』の事は知っていたに違いない、それがいまどこにあるのかもな。それで私はお前に目をつけ、茶で接近したのだ」

 ふふふ、と不敵に笑う。


 やはりラスボスに相応しい不敵さだ。


 僕はじっと猪熊を見る。

「まぁおかげで私の正体はお前えに気付かれず、それどころか太閤まで出世したおかげで、日本をお前の影から動かすことができた」

 はぁ、とため息を松本がつく。

「おみゃーは信長より執念深くて狡猾だわ」

「どうとでも言いなさい」

 ぴしゃりと言う猪熊。

 「儂は官兵衛から聞いたんだ。官兵衛はキリシタン武将だ。宣教師たちの事も遥か遠くのキリスト教国の事も通じていた。だからお前が儂を利用して彼等の軍隊を日本に手引きしようとしていたことを知った」

 猪熊が黙る。

「宣教師たちも・・魔術書が盗まれ、また日本本来の土着信仰や仏教に阻まれ布教活動が上手く出来なくなっていた。だからお前は奴らを見透かし、武力での日本征服を提案したんだ。インドのゴアみたいに植民地すれば?などとけしかけて・・・。おみゃーは酷い。商人という立場で日本を彼等に売ったんだ。違うか?」

「彼等に売った?違いますよ。彼らの信じる神に売ったんです。つまり取引ですよ。その方法でここをエデンの東として支配すればどうかと」

「利休・・儂にはおみゃーの本当の野心が分かる。おみゃーは魔術師になりたかったのだろう?おそらくこの奇書の事を知っていたんだ。それで日本に渡り時期をまち、魔女という再生の力を持つおみゃーがこの奇書を手に入れ、永遠に魔術師として、そう本当の意味で『ミレニアムの魔術師』として生きようとした。しかし、そこをどこからか現れた浮浪児上がりの人物にその機会が失われ、腹を立てている。今も尚、まるで子供のように」

「子供で結構」

「それでおみゃーの取引は日本を奴等に支配させる代わりに何を彼等から受け取るつもじゃった?魔術師にもなれぬ魔女が・・」

 松本口を真一文字に引き締める。

 

 僕は考えた。 

 ――魔術師になれぬ魔女が望むもの・・??

 

 それは何だろう。

 

 つまり利休はドルイドで魔女。

 

 奇書である魔術書の存在を知って日本に流れて来て、それを受け取れば記名式の魔術書に自分の名前を書けば・・

 

 再生能力もあるのだから千年記を生きられる魔術師、つまりミレニアムの魔術師になれたんだよな。

 

 しかし、松本、いや秀吉に魔術書を盗まれて夢破れた。

 

 そんな奴がまんまと秀吉の影の宰相となり、日本を動かしながらキリスト教国の軍隊をひきいれて日本征服をくわだてたけど、カンベェ?さんに知られ、秀吉にチクられた。

 

 しかもそのやりかたは取引で、キリスト教国と日本支配と何かを取引した。


「何か」とは?何だろう・・

 

 考えても、利休に・・・いや猪熊に何か実利があるのか・・わかんないけど・・


 違う?


「藤吉、お前には分かるまい・・取引として私が望んだものを知っても、その意味がな」

「教えろ」

 松本がにこやかに言う。何とも心が蕩けそうな笑顔だった。

「まぁ、良いじゃないか。どうせおみゃーが昔から儂なんかより数倍頭がええことはよう知っとる。それで儂も何度助けられた。いま、お前がこうして敵として現れても、儂はおみゃーを・・ずっと友だと思っとる」

 モヒカンの頭を照れるように撫でながら、松本が立ち上がり猪熊の手を握った。

「利休、教えてチョーよ」

 松本の破顔した顔を逸らすように猪熊がこちらをちらりと見た。

 その顔はどこか懐かしくも照れ隠しする少年のようだった。

「私を殺そうとしたくせに!!」

「それはお前が酷いことを考えたからじゃ。儂は太閤じゃぞ、今では総理大臣じゃ。なによりも国の事を考えなならん。分かるじゃろ??」

 言って再び強く手を握る。

「教えてちょー。利休」

 

 言うだろうか。

 僕は二人を見つめた。

 猪熊が顔を伏せている。


 しかし伏せた猪熊から声が漏れたのを聞いた。

「ルソンだ」

 


 ん?


 僕は聞いた。


「ルソンの壺だ」


 ルソンの壺・・??


 松本が聞いて手を離す。


「ルソンの壺・・?だと・・」

「そうだ」

 猪熊が言って、松本の顔を見つめる。

「私が求めたものはルソンの壺・・」


 なんだ、ルソンの壺って


 松本が言う。

「利休。おみゃーが欲しがった物は・・ルソンの壺だというのか?」

「そうだ・・ルソンの壺。それも例の『開かずのルソンの壺』だ。藤吉、分かるかこの意味が?」

 松本が一瞬考えて言った。

「それを求めてどうするつもりだ。あれは儂と官兵衛とで隠した」

「そう、ここの太閤腰掛け石の下にな」


 え、あの岩の下に?


「つまり、ハンドルだよ、藤吉。『開かずのルソンの壺』こそがハンドルだ」

 松本が驚く。

「あれがハンドルじゃと?」

「そうだ。藤吉お前は今まで知らなかったのか?あれこそ。ミレニアムロックで解除されるもの。つまり世界の災いが封じこまれているものだ」


 世界の災いがだって?

 それは・・つまり・・


「藤吉。聞いたことがないか?『パンドーラの箱』という名を」


 パンドーラの箱??


 聞いたことがあるような

 ないような。


「つまり『開かずのルソンの壺』こそ、あの『パンドーラの箱』なのだ。そしてその蓋を開ける魔法陣こそ・・」

 猪熊の言葉の後に、松本が言った。



「ミレニアムロック・・・」

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