第53話

「では、こだま君。最後の仕事をしましょう」

 松本が僕を振り向かせる。

「最後の仕事・・?」


 あ?なんだっけ?


 一瞬、思考が停止する。


 松本が笑う。。

「忘れましたか?僕達の本当の旅の目的を」


 ああ!そうだった。


「ミレニアムロックの事、全く忘れてたよ」

 濡れた髪を掻きながら、僕も笑う。僕だけじゃない、三上も猪熊も笑った。

「こだま君、駄目じゃない?忘れちゃ」

 三上がウェーブのかかった髪を揺らして、僕の背を叩く。


 だよなぁ


「あ、それでミレニアムロックはあの太閤の腰掛け石の下なんだよね」

 松本が頷く。

 ちらりと、猪熊を見た。

 僕が見た意味を図ったように猪熊が笑う。

「こだま君、もう私は何もしませんよ」

 それから「藤吉・・」と言った。

「私も見せてもらって良いか?パンドーラの箱、『開かずのルソンの壺』を」

 猪熊の表情は険しくなく、温和な表情だった。

「私が求めていたもの。知りたいのでね」

 松本は小さく頷いて「行こう」と言った。

 僕達は松本の後を歩きながらついて行く。途中満開の桜の木の下を抜けた。

桜の花弁が一片落ちてきて、松本の肩にふわりと落ちた。

「ねぇちょっと松本さん、聞くけどさ」

「なんでしょ?」

「この桜の木って、やっぱ、何か松本さんに関係してるの?」

 僕の言葉に松本が歩きながら、桜の木を振り返る。

 その時、不思議と雨が止んだ。

 そればかりじゃない、雨雲の切れ間から陽が差し込んできた。それは歩く僕等を照らし出す。

「不思議だ。雨が止んだよ」

 僕は手を出して雨が降り止んだのを確認する。

 ふふ、と松本が小さく笑いながら僕へ話し出す。

「こだま君、この桜の木の下で私は・・雷に打たれ再生の力を手に入れたんです。それはまた秀吉としての人生のお別れをした場所です」

「人生のお別れ」

「そうです。まぁ日本の宰相である太閤としての自分の人生と別れ、・・次の未来へ進んだ場所です」

「それは?つまり・・?」

 和傘を杖代わりに歩きながら、僕は問いかける。それには猪熊が答えた。

「こだま君、それはつまり・・このパンドーラ―の箱を守るためさ」

 猪熊の言葉に振り返る。

「秀吉も官兵衛も、いつかこのパンドーラの箱を誰かが破壊をしにくるのではないかと思ったのさ。恐らくキリシタン武将だった官兵衛はパンドーラの箱については知識があったのだろう。それをそれとなく秀吉に伝えた。恐らくその時には二人の中で在る事実が既に分かっていた」

「ある事実?それは?」

「つまり秀吉が魔術師であるということですよ」

 はっはっは、と秀吉が高らかに笑う。

「利休、やはりおみゃーは頭が切れるわ」

「そうなの?じゃぁさっき猪熊さんにパンドラ―の箱だって知らないのかと言われた時、白を切ったようだったのは芝居ということ??」

 松本の肩越しに声をかける?

 へへへと笑いながらうん、と背中が頷く。「まぁそこは簡単にうんと言う訳にはいかないから」


 したたかだなぁ

 流石戦国の生き残りだよ。


「じゃぁパンドーラの箱を誰かに破壊されないように松本さんは雷に打たれ、つまり・・長い時間誰にもパンドーラの箱の所在が分からないように守護してきたっていうこと?」

 三上の言葉が風に吹かれて、松本の頬を揺らす。

「まぁそう言うことですね。官兵衛は僕に言ったんです。未来の為にこの壺を守るべきだ。破壊されれば人類にとって災厄が降り注ぐだろう。だから秀吉さん、あなたは日本の宰相で魔術師なのだから、すいませんが~長生きして未来を守ってください。お願いしますって!!」

 松本が笑いながら桜の木を見上げる。

「それでパンドーラの箱を埋めた後、あの太閤の腰掛け石に二人腰をかけながら、今生の別れの盃を交わしたんです。だからあれは別れの桜なんです」

 また桜の花弁が一片落ちた。それがゆっくりと松本の頬に落ちた。

「ああ、あの時もこの桜はこのように美しく咲いたんです。私はね、その時初めて思ったんです。この美しい桜の咲く世界を守りたいとね」

 頬に薄く張り付いた桜の花弁をゆっくりとると、それを僕に渡した。

「こだま君、僕がミレニアムロックを封じたい理由は官兵衛との約束を守り、未来へこの桜の咲く美しい地球をいつまでも守りたいという・・ひょっしたら人が聞いたらちっぽけなんだなと思うかもしれない、そんなささやかな理由なんですよ」

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