第54話

 ――太閤の腰掛け石


 僕等はそれを囲むように立っている。雨は上がり虹が遠くに見えた。

 不思議な感じだった。まるで本当のエンディングの様だからだ。冒険の終わりで雨が上がり、田園の向こうに虹が架かる。

 美しい情景だった。


 松本が腰掛け石に前に進む。

 それもまた不思議な光景だろう。

 遥か昔に生きた当人が、自ら腰掛けた石に前に立つなんて。


 松本は石に何かゆっくりと文字を書く。

 それが書き終えると、石が緑の蛍光色帆放ち、綺麗に真っ二つに割れた。


「『開けごま』と書いたんです。この石はこの近辺で採掘されたルーン鉱石なんです」


 やっぱり・・

 僕は河童との戦いで川石にルーン言語を書いて戦いに勝った。その時、恐らくこの近辺にはルーン鉱石成分が含まれる石が覆いに違いないと思ったし、おそらくこの石もそうだろうと思った。

 まぁそれが当たったということだ。


 見事に割れた石の底に松本が手を入れて、ゆっくりと何かを取り出した。それは土に汚れた木箱だった。大きさは五十センチ程の正方形で桐の家紋が書かれていた。

 それをゆっくりと地面に置くと、松本が上部の蓋を開けた。

 開けた時、僅かに埃が浮き上がったが、気にすることなく松本は手を入れて小さな壺を取り出した。

 その壺は茶褐色をしており、タコつぼ漁にでも使われそうな感じだった。

 良く見るとその上部に蓋があり、それが少しずれていた。

「これがルソンの壺?」

 僕は松本を見た。そればかりではない猪熊も見た。

 二人が頷く。

「ルソンから当時の日本に運ばれて来た壺です。太閤だった僕にも届けられた壺です。当時は壺一つで国一つに変えられると言われたものもありましたが、実は何の価値もない一般的な壺なんです。で、僕もこの壺を重宝しました。まぁ騙されたのですが、日本国の宰相としては恥ずかしいことです」

 松本がずれた蓋を手にとるとひっくり返して裏側を覗き込んだ。

「これだけは何故か蓋が付いていたんですが、どんな力でも開かなくて『開かずのルソンの壺』と言ってたんです。まぁさっきも言った通り、官兵衛はその秘密を知っていて・・それが西洋にある伝説のパンドーラの箱だとは、僕も分かってました。だから人目に触れるのを恐れ・・ここに隠したんですよ」

 暫く覗いてから、うんと頷くとそれを猪熊に渡した。

「ただ、それがミレニアムロックと関連があるハンドルだということまでは利休が言うまでは知りませんでしたけどね・・」

 猪熊も同じように裏側を見ると「成程な・・」と呟き、それを僕に渡した。

 僕も同じように裏側を見る。見ている僕の肩越しに三上が声をかけた。

「そこに何か書かれているんでしょう?」

 僕は頷いた。そこには僕が魔術書に見たあのQRコードが書かれていた。

 つまり、あのQRコードとこれがリンクしているんだ。つまり、きっと対になっているんだろう。

「その通りですね。恐らく対になっている。スイッチみたいに雄雌としての機能があるんでしょうね。魔術書のQRコードは『開』こちらは『閉』でしょう」

 松本の言葉に猪熊も頷く。

「じゃぁこだま君、あの時のようにQRコードをスマホに読み込んでもらえますか?」

 僕はスマホに手を触れる。


 あ・・


「そうだ・・、松本さん御免、さっき河童との戦いでスマホが濡れて壊れてしまって」

「えーーマジで?」

 三上が叫ぶ。

「この最後の最後で」

 笑いながら松本を見る。猪熊も笑っていた。

 そっと松本がスマホを差し出す。

「これを使って下さい。それからすぐにショップに行かないと彼女と連絡が取れないですよ」

 僕は頷くと、急いで蓋の裏側にあるQRコード、つまり魔法陣をスマホの画面でピントを合わせ、

 

 カシャ


 写真に撮った。

 すると認識をし始めていき、突然シャットダウンした。

「再起動するよ」

 僕の言った通り直ぐにスマホが再起動した。

 僕は再起動した画面の認証ロックを解除する。


 その数秒後、蓋が突然浮かび上がった。それはゆっくりとルソンの壺の上まで移動する。


 何が始まるのだろう。


 ――そう思った時、

 壺がごとごとと揺れ始めると

 ごーっぉぉおおおおおおおお!!!

 と、すごい勢いで壺の中から風が吹いてきた。

 僕達は急に吹き始めた強風に巻き込まれない様に身体を屈める。

「これは・・?」

 僕は強風に声が消えそうにならないように大声で言った。

「呼び戻しているんだ・・放たれた災厄を壺の中に。こだま君、この風は普通の風じゃない・・『魔』を含む風だ」

 猪熊の声が風に巻き込まれないよう僕に聞こえる。


 ――そうか


 すると、輝く幾つもの粒が強風に引き込まれるように四方から現れ、それは黄金色の渦のようになり、螺旋状となって壺の中に吸い込まれ始めた。

 それがどれくらい続いただろう。

 最後の小さな輝く粒が壺の中に消えるとゆっくり蓋が壺の靴にピタリと止まり、かちりと小さな音を出して、静かになった。 

 静かになった壺を松本が手に取る。壺の蓋に手をかけて開けようとしたが、開かなかった。

 満足そうに松本は頷くと僕に言った。

「こだま君、ミレニアムロックは今、ハンドルの力で封印されました」

「それは・・つまり」

 松本が微笑する。

「世界はこれでもとに戻ります。きっとあの台風アッサニーもやがて消えることでしょう。いや、台風だけじゃない。世界に放たれた災厄は無くなり、全てが元に戻るんです」

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