第47話

 一言で言えばタコだと思った。

 それが僕のクトゥルフに対する印象だ。 

  では悪魔王は向こうから見ればどのように見えるだろう。

 いま二つの神は互いの姿を見ているのだ。

 信仰する宗教だけで、これほど神の姿というのは変わるものだろうか。

 やはりそれは地球上の文明文化が多様なのだという現れなんだ。

 

 しかし、何故猪熊はこの時にクトゥルフの姿をここに現わしたのか?


 何か意味があるのだろうか?


「私の意志ではない。神の意思だ。神がバエルを見る為に現れたのだ」

 猪熊の言葉の後に、オーボエのようなくもぐった声が響いた。

 

 何か言っているのだろうか?

  

 手にした悪魔王の首が動く。


「聞いた事の無い発語、これは遥か宇宙の違う次元より発されている言語だろう。人間では分かるまいが・・さて、あの猪熊には分かるのか」

 猪熊が頷くように言った。

「バエルよ。お前はハスターの眷属かと聞いている」


 ハスター?


 なんだそれは。


 悪魔王が目を閉じる。何かを探しているようだ。

「ハスターという名は聞いたことがない。余は古代セム人の神バアルである。古の時が過ぎ、余を信仰する者どもが消えうせ、やがて新しき神が生まれた。それにより余は悪魔と呼ばれ、東方を統べる六十六の軍団を率いる悪魔の王である」


 再びオーボエのような声が響く。

 それに猪熊が頷く。

「我が神が言うには『ならば我らに与し、共に地球を守らんか』と」


 何??


「この宇宙には貴公の知らぬ神がまだあまた存在し、この惑星にも未だ遥かな惑星より飛来した多くの神が封印されておる。ミレニアムロックは私が知らぬ神の封印ではあるがその力はムー大陸を再び浮かび上がらせるほどの力があるだろう。その力を解放せねばこの星の外敵から守るための自然現象の気高き壁を作ることができず、一気に他の邪神共に殲滅されるだろう」


 猪熊が言う。その表情は黄金色に輝き、恍惚としている。一種のトランス状態に見えた。


「どうだ?悪魔王バエル。このまま我らがぶつかれば互いに消える可能性がある。それよりも手を組めば多くの悪魔王諸侯を出し抜けるだけでなく、サタンやベルゼバブも出し抜くことができるぞ」


 神同士の取引。

 なんだろう・・それは、

 聞いたことがないビジネスだ。


 確かに力が拮抗する者同士がぶつかり合えば互いに消滅する可能性がある。

 それよりかは互いに危険を冒さず利益をとる、それをパイに例えれば半分に取り合うということだ。

 いや・・もしかしたら将来はその利が増えることもあれかもしれない、つまりパイが増えて今以上に身持ちが増えることもあるよね。


 じゃぁ神にとっての身持ちというのは・・

 何だろう。


 つまり人間からの『信仰』ということになるのかな・・

 

 僕は悪魔王の首を持ちながら考えている。


 突然、心に声が響く。、



{こだまよ。何を考えている}


 えっ?


 この声は悪魔王バエルだ。


{戦いに勝つためには、冷静にすべてを把握せねばならぬ。状況と戦力を分析せよ}


 状況と戦力・・・


{余は言ったはずだ。最後に有利な部分があるものがぎりぎりの戦いの中で最後は勝利を掴むと}


 確かに・・そう言ってた。

 

 頭を回転させようと努めて、猪熊を見る。


 状況は、どうだろう・・

 雨降る中、今は互いに気力もイニシアチブなんかもイーブンだ。

 それに彼の攻撃は、こちらでもう無力化できる。

 つまり僕等は防御力が遥かに高く、向こうは攻撃力が高いということで、こちらもイーブン。

 あとは互いにバックに神を従えているけどその実力も・・まぁ―イーブン。

 となると・・後は僕と猪熊の分析だ。


 僕等の違い?


 猪熊は魔女、僕は魔術師。


 彼は魔法陣をかくけど

 僕は魔術をかける。


 つまり魔法陣vs魔術


 魔法陣は生命に『魔』を吹き込むけど(つまり空気にも『魔』を吹き込んで刃とかにして発動させてるわけなんだよね、おそらく・・)魔術は言葉を書いて『魔』を発動させる・・

 魔法陣は基本『魔』力は弱いから、猪熊は魔法陣背中に言葉の刺青を掘って力を倍増してる。

 僕はルーン石板に書くだけで威力は倍増する必要はない。


 ・・・・・


 僕はふと考えた。


 猪熊の力を倍増させているのは、あの背中の言葉だよね。

 あれはクトゥルフの言葉・・

 じゃぁ・・あれさえなければ

『魔』の力じゃ、僕の方が上だよね・・


 つまり、背中の言葉を消す?そんなことできるのかな。

 だって身体に掘ってるもんね・・・


 そういや、あの言葉って・・クトゥルフからダイレクトに力が伝わって無かったっけ・・?


 つまり・・

 つまりだよ・・・・


 全てはクトゥルフの存在が居るからだよね・・ 

 

 そこまで考えた時、僕は突然記憶の中で何かが弾けるのを感じた。


 それは『解』を得た閃きだった。


 そうか・・

 そうか・・・・・

 その方法があった。


 僕は倒れている松本を振り返る。降りしきる雨が髪を濡らしている


 そうだ・・そうだ。

 心で頷く。僕はじっと松本を見た後、猪熊にゆっくりと向き直った。

 雨の中で猪熊とクトゥルフの姿が見える。


 そう・・・・、

 松本は僕に言ったんだ・・。

 初めて会った時、神様に頼めばいいじゃないかと・・

 その時、松本は僕に言ったよ

 そう・・さ。


 僕は心を引き締める。

 勝利を引き寄せるそれはもう既に実証済みだ。

 外すようなことは絶対在り得ない。


 冷静になるとはこういうことなんだ。

 僕が抱いている悪魔王の首が揺れた。僕の心に浮かぶある変化に気づいたのだろう。

 すると悪魔王が澱みなく言葉を発した。

「余はエデンの東方を統べる六十六の軍団を率いる悪魔の王である。従って、誰とも協定せず、降伏など・・」

 

 間を置いて強い口調で断定的に言った。


「絶対せぬ」

 猪熊とクトゥルフの姿が大きく揺れた。 


 言葉の後に悪魔王の言葉が僕の心に響く。 

{勝利せよ。魔術師の弟子、こだまよ。お前が望むその魔術で}


 ひょひょひょひょと悪魔王が笑った。しかしそれはどこか寂しそうだった。

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