第14話

 僕は気絶している男の手にスマホを戻すと、顔を上げた。

 小粒の雨が、風に乗って頬に当たる。

 風を巻き起こしているのは誰だ?

 迫りくるあの仁王像のゴーレムか?

 それとも決戦に挑む僕達の心の熱か?

 

 空に大きな黒い点が見えた。

 見えたと思うとそれが一気に大地に突き刺さる。

 ゴーレムが投げつける丸太だ。

 霧となって消えた幻の美しい伽藍は崩れ落ちた廃寺の姿を現している。ゴーレム共はそれらを太い手で握り取り出しては、怒りを込めて僕達に投げつけている。


 怒り・・?

 そうだ怒りだ


 こいつらから感じるのはすさまじい怒りだ。

 それは一体何に対してなのか?

 

 僕達なのか?


 聞いてみたいものだ。この戦いに僕達が生き残れば。


「さぁこだま君、やつらが来ますよ」

 松本の声に力強く頷く。


 いまは同情や情けなど微塵も感じちゃいけない。

 今は戦いなのだ。


 ぐっと心を引き締める。


「あいつらがあの雑木林を抜けて視界に入れば、始めましょう」

「了解」

 冷静に言う。

 不思議と精神が落ち着いている。試合前のアスリートってこんな気持ちなんだろうか。

 いや、誰だって初めては怖いものだ。

 僕がこんなに冷静でいられるのは既に戦いについて経験があるからだ。

 それが僕を落ち着かせて冷静にさせているんだ。

 古代ローマのスパルタ戦士でもきっとそうだ。

 戦いに慣れる、これは何よりも一流の戦士になる必須条件、

 それは云わば

 

 生き残れる確率が高いくなるということだ。

 


 二体のゴーレムは雄叫びを上げながら迫って来る。

 こいつはCGなんかじゃない。リアルに僕達へと襲いかかってきている。

 じゃ、今から僕達がすることもCGなんかじゃない。

 

 そう、魔術。


「視界に入りました!!」

 松本の声。

 真一文字に口を閉じた。

 松本が戦いに入る前に言ったことを思いだす。


 ――こだま君

  これから僕達があのゴーレムに行う魔術は広範囲に影響が出るので、人が居るような街中では使えない危ないものです。

 まず、僕があいつらの足元を固めます。そのあと、いま僕が教えた言葉をあいつらにむかってはなって下さい。

 丁度、彼等にはおあえつらむきでしょう。この世界から消えるには。


 

 立場が変わるとはまさにこのことだ


「 「 「 ごるおあぁあああああ 」 」 」


 ゴーレム共が雄叫びを上げる。

 戦いに臨む前の戦士の叫び声。

 いや、もしかすると勝利を確信した戦士の叫び声かもしれない。

 

 小さき蟻など、我らの足元で一気に踏み潰してくれるわ!!


 彼らのはっきりとした戦意が空気を振動させて僕等に伝わる。

 それで僕等に死を与えようと走り出した。

 雨が激しく降り出した。

 それはまるで松本の魔術の効果をこの上なく高める為に。

 松本を見ればルーン鉱石の石板に文字を書き終えたところだった。

 石板の文字が緑を含んだ蛍光色で輝き消えた。

 魔術が発動した。


 ゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・


 地面が音を立て始めた。

 まるで土砂崩れがどこかで始まったかのような大地が切り裂かれそうな音。 


 こ、これは??


 僕は見た。

 やつらに向かって突如発生した円錐上の塊が迫ってきている。


「こだま君、これは魔術の磁場です。あの円錐の中でのみ、この魔術は発動するんです」

  走り出したゴーレム共も何か異常を感じたのか、立ち止まる。

 円錐が確実にゴーレムを包み込んだ。

 獲物を逃がさないための死地が出来上がった。

  

 ――その時、

 

 ザァああああああーーー

 ザァああああああーーー


 ゴーレム共の頭上から激しく雨が降り注ぐ。

 自分達を激しく濡らす雨にゴーレム共の困惑する表情が僕にははっきり見えた。

 しかし、雨はほんの一瞬だった。


 ――次の瞬間!!


 ピキッ!!



 ピキ


 突然、降り出した雨が止むと大地が一斉にうねり出す。

 それは泥土の荒れた海だった。

 その海中へ引きずられるようにゴーレム共の足が膝まで浸かっていく。


 海へと引き込まれていくんだ。


 そう思った。

 だが、違う。

 これは、泥土なんかじゃない。

 うねる大地は土から別の物へと変化する姿だったのだ。

 

 それは、


「ええ、石です。あの磁場の中で土から急激に石へと変化させているんです。うねりはその化学反応の振動なんです」

 ゴーレム共が腰まで浸かり始めたところでうねり出した泥土の海は白い塊へと突如、変化していった。

「『雨降って地固まる』とはこのことですね・・諺の人間の諍いとは異なる自然現象。この魔術は言葉の向こうにある次元返還をかくも表現する」


 声が出ない。


 超異常現象に、あいつらも声を失っている。


 泥土は見る見るうちに白い石の塊になり大地へとゴーレム共を繋ぎとめた。

 巨大な身体が大地に突き刺さっている。


 もし、小さな塊を投げろといわれれば

 それは老若男女問わず、今なら子供でも当てることができる。


 絶対、外すことは無い。


 思い出せ。

 巨大なゴリアテを

 倒したダビデの小さい投石の軌道を

 

 巨大な図体は

 蟻を踏み殺す為にあるんじゃない。


 蟻が獲物を見つけやすいためにあるんだ。



「さぁ今です。こだま君、あれを!!」

 松本の声に僕はスマホを取り出して言葉を書く。

 

 こいつは伝説の力。

 それは

 炎を纏う力。

 

 スマホに緑色の蛍光色が浮かび上がった。

 魔術が発動する。

「喰らぇーー!!」

 僕は身構えてあいつらに向かって、手裏剣のように言葉を放った。

「火の鳥ぃぃいっぃいいいいいーーーー!!」

 

 僕は叫ぶ。


 松本の魔術の磁場で奴らの眼が見開く。それは奴等の眼の中に死の御使いが見えたのか。

 叫びが時空の彼方へ消え去る前に炎が渦を巻いて現れ、螺旋状になりながらやがてそれは大きな翼を広げて鳥の姿になった。

 そう、それは伝説の鳥、フェニックス。


 火の鳥だ!!


 紅蓮の炎を纏った美しい翼が低い弾道を描きながら、ダビデがゴリアテを倒した軌道へと浮かび上がる。

 激しいまでの熱量が降る雨を一瞬にして水蒸気に変化させていく。


 外さない。

 それは絶対的だ。


 松本の磁場の中に美しい死の炎が舞いこんだ。


 ―― 一瞬の静寂


 しかし

 松本の作り出した魔術の磁場の中でそれは突然破壊された。

「 「 「 ぐわぁあああああぁあああ ―――・・!!!」 」 」 


 舞い上がる紅蓮の炎の中で、奴等が叫び声を上がる。


 バチッ!!バチっ!


 ゴーレムの肉体である木が焼けて割れる音が聞こえる。

 すると足元から黒い炎が蛇のように渦巻いて大きな蜷局を巻いた。


 最後の時だ。


 死を司る象徴ともいえる蛇が奴らを締め上げて大きな鎌首をもたげた。


 バキバキ!!


 バキバキバキバキ・・!!


 振り下ろされた死神の鎌のようにゴーレムの身体が真っ二つ裂けて行く・・



 終わった


 僕は心の中で安堵した。


 雨の中で燃え崩れていく二体の仁王像。


 彼らが今何を思うのか。


「 「 「 見事だ 」 」 」

  

 声がした。

 見れば炎の中で崩れ落ちようとする二体の仁王像がこちらを見ている。


 僕は思わず言った。

「何か言い残すことは無いか?」


 仁王像は薄く目を細めた。


 ・・・「「「我らがこの世界に残す最後の言葉を聞いてくれるのか?魔術師よ」」」


 僕は頷いた。

  

 ・・・「「「お前は、慈悲深い戦士のようだ」」」


 炎が風を吸い込んでゆく。 


 ・・・「「「ならば・・聞いてくれ。我ら二体兄弟は長くこの山門にてこの一帯の人々の暮らしを見守ってきた。それは遥か昔、この地に戦国の風雲が立ち込めた頃からだ。ここは美しい山野で在った。またそこに生きる人々の心映えは美しくそれが我々の喜びだった」」」


 パチパチ

 

 小さな音を立てて、火の粉が仁王像の頬を掠めて行く。


 ・・・「「「しかし、時が過ぎるにつれ我々は忘れ去られた。美しい伽藍は朽ち果て、あるのは山門と我々だけになり、誰も訪れなくなった。来るべき人もなく、美しい山野は人間の作り出す文明の進歩によって変わりゆく。人間の心映えと言うのは何という早さで変わりゆくのだろう。栄枯盛衰、諸行無常、それは世の常なのか?見ろ、山野を突き抜ける無数のトンネルと高速道路。それだけでない。人間の為に森の住処を追われた獣たちの無念の声を・・聞くがいい」」」



 ・・・「「「我らはこの地を守るために居るのではないのか?破壊されてゆく美しい山野を守れない我々は何のためにここに居るのか?」」」


 ・・・「「「長い長い問いかけであった。我らが求める答えは天に坐する仏には届かず、答えもなく、その問いへの苦悩の隙間に『魔』が忍び寄って来た・・・」」」


 ・・・「「「奴等は囁いた。地球が本来の姿に戻ることが新しい世界を創造する始まりだと。その時我ら兄弟が守護するこの山野は再び昔の美しい姿を取り戻すだろうと。しかしそれを邪魔するものが居る。だから仮初の命を授けるので力を貸してくれと」」」


 ・・・「「「我らの怒りを力に変えて、邪魔をする魔術師を倒す為に」」」

 

 二体のうちの一体が崩れ落ちた。


 ・・・「「「弟が消えたようだ。所詮、仏道を離れて魔道に落ちたものは滅びるのみ」」」


 ゆらりと揺れ動く。


 ・・・「「「魔術師よ、せめてもの弔いの為に我らが兄弟の魂を天に坐する仏へ届けてくれ。魔道に落ちたとは言え、その感謝は忘れぬ」」」


 仁王像が絞り出す様に言った。


 ・・・「「「さらば美しい山野よ」」」


 その言葉を最後に紅蓮の炎が舞い上り仁王像を包んだ。

 するとその炎の中から、翼を広げた鳥が現れた。

「あれは・・!!」

「火の鳥・・フェニックス!!」

 翼を広げた鳥は大きく鳴くと、ゆっくりと翼を羽ばたかせながら、やがて空へと飛びあがった。

 降りしきる雨の中を大きく旋回すると、勢いよく空へ上って行き、やがて大きく弾けて消えた。


 ぱらぱらと

 小雨が降って来た。


 松本が背に手を置いた。

「伝説では英雄の魂はフェニックスに導かれていくとか、あの仁王像達の魂も天に坐する仏に届けられたのかもしれないですね」


 そうか・・

 

 僕は小雨が降る中、唯濡れるばかりにして空を見つめた。

 何とも言えない感動があった。



 ピコーン

 #生命異常状態発生、

 これより本体の緊急保護をおこないます。


 

 ん???


 僕と松本が振り返る。

 どこからかデジタル音声が流れて来る。

 互いに手にしたスマホを見るがそれは僕等のものではなかった。


 とすれば・・


 倒れている男を見た。男の手元に置かれたスマホが光っている。

 僕等は駆け寄って手にしたスマホを見た。見れば画面に見たことがない文様が浮かんでいる。


 内と外の円。

 その中に書かれたBAELの文字。

 中心部分にはまるで昆虫がデザインされ、エックスを描くように手足が伸びている。

 それが何度も点滅している。

 


 な、何じゃこりゃ・・



 なぁ・・松本



 そう思って振り返った松本の顔が蒼白になって微動だにせず画面を見入っている。

「ちょっと・・どうしたの??」

 松本は答えない。

「あのさ!!」


 ピコーン

 #生命異常状態発生、

 これより本体の緊急保護をおこないます。 


 男のスマホから再びデジタル音声が流れた。

 すると文様が赤く浮かび上がり、ゆっくりと男の額に移動した。

「な、何なん!!」

 言ってから強く後ろに引っ張られた。

「え、ちょ、ちょっと」

 危うく倒れそうになる。

「こだま君、早く離れて!!」

 切羽詰まった顔で僕を男から離す。

「おいおい!!」

 松本に言われるがまま、僕は離れて行く。

 その時、

 

 ドォン!!

 

 空気を震わす大きな強い波動が僕等を襲った。

 その波動の威力で僕等は吹き飛んだ。

 まるで何かガスが爆発したような衝撃だった。僕は地面を転がって止まった。

「大丈夫ですか?」

 松本が駆け寄る。

「問題ないっす」

 僕は立ち上がりながら衝撃音の発生した場所を見た。

 

 あ・・・ありゃなんだ。


 松本も見ている。

 そこには小さな黒い昆虫があつまっている。

 いや・・違う。

 よく見ればそれは昆虫じゃない。

 何か黒い塊・・

 生き物なのか何なのか分からない。

 それらが集まって四足を持って男の全身を這っているんだ。

 樹液に群がる昆虫の群れのように。


 それらはやがてゆっくりと集まっていきながら何か形になっているようだった。

 その形を見る内に心の中に恐怖が湧き出て来た。

 まるでこの世界の始まりの混沌、・・その混沌の底を覗いた魂が狂い叫びそうな恐怖だ。

 

 あ・・あああ


 何か恐ろしくて、

 堪らない。

 幽霊とか、

 妖怪とか、

 そんなレベルのもんじゃない。


 ただただ、こいつらは危険なんだ。

 混沌としている魂の反逆、

 因子が既に知っている

 理性が恐怖で逆らうことができない

 罪深き者



 そう、こいつらは・・


 パチン!!

「しっかり!!精神を取り込まれてはいけない」

 頬に痛みが走った。それで一瞬にして正気を取り戻した。

「大丈夫っす。危なかったけど」

 頬を摩る。


 いや、マジに・・本当になにか一気に理性が飛んだ。


「精神を集中させて強い気持ちでよく見るんです。あいつを・・」

 僕は黒い塊が形を成した姿を見た。

 

 それは・・

 ――ヒキガエル

 ――猫

 ――王冠を被った年老いた男

 ――蝙蝠の翼とその胴体に無数の足


「何だ・・これは・・」

 あまりの想像を絶する異形の姿を見て、僕はたじろいだ。

「悪魔ですよ」

 振り返る。

「悪魔だって??」

「ええ、それもかなりの大物です」

 松本の額に汗が滲み出ていた。


 だろうな、貫禄あるし


 王冠を被る年老いた男の唇が動いた。

「余は東方を統べる六十六の軍団を率いる悪魔の王である」

 複数の足を上手に動かしながらこちらに向かって歩いてきた。

「この男の生命が危難に遭遇して出現したのだが・・」

 ニャーーー、

 猫が鳴く。

「余はこの男の意識が無い時だけにしかこの世界に出現できないのだが、しかし見ればかなり困った状況にあるようだ」

 ゲコッゲコッ

 カエルが鳴く。

「それで、どうすべきか今考えている」

 そう言うや、蝙蝠の羽根をばたつかせて空へとゆっくり舞い上がる。

「つまりだ、選択は二つあってこの男、高田という男の生命を回復させるために余の力を使うべきか・・」

 舞い上がると雨空の中を素早く八の字に旋回して、ピタリと止まって僕等を見下す。

「それとも目の前にいるこの恥知らずな虫けらどもを抹殺するか」



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