第15話
半端ない気圧力。
心というか精神の隅々まで届く、どす黒い意思。
話される言葉の中に潜む不遜さと傲慢さ。
見るものを恐怖と錯乱に落とすその異形さ。
悪魔・・
小説やゲームとかでは馴染みのある存在。どちらかと言えばむしろ馴染みすぎて友達のもなりたいぐらいだ。
だが現実にそいつを見たら、笑えないくらいにマジ怖くて、歯の奥がカチカチ鳴りやまない。
なんだろう、表現としては人間の魂との質量が遥かに違うって感じだ。
重いんだ。
ヘヴィなんだよ。
強い磁場を有しているまるで魂のブラックホール。
こいつらに見られたら、さっきの僕もそうだが一気に精神やら理性やら人間が持つあらゆる霊的振動がコントロールできなくてブラックホールに吸い込まれて正気を失い、気が狂う。
「さて、どうしたものか?」
王冠を被った年老いた男が少し首を傾けた。
バッサバッサ、蝙蝠の翼でホバリングしながらゆっくり僕等に近づいてきた。
「おい、人間ども。本来なら声をかけるもの汚らわしいのだが」
目線は僕等を見ていない。
「この男の意識は途切れ途切れだが何となく状況は把握してる。お前達は魔術師らしいな」
にゃー
猫が鳴く。
「余がこのエデンの東方を支配してかなり久方ぶりに出会った珍客だ」
ゲコっゲコッ
カエルが鳴く。
「それも十三の書という・・いわば魔術書の中でも奇書ともいえる魔術書の使い手のようだ」
王冠の年老いた男がゆっくりと視線を動かす。
その視線はやがて僕を捉えた。
「魔術師よ」
言うや、目がカッと見開いた。
うわぁぁぁぁぁぁぁ
無数の黒い影が足元から這い上がって来た。四足が見えて、虫の塊に見えた。
だが、虫じゃない。
何だこれは・・・
猫がにゃーにゃー
カエルがゲコゲコ
激しく鳴いている。
「これは余が率いる六十六の軍団の姿だ。この世界での物質化が未だ不完全である為、このような昆虫ともつかぬ姿だが、それでもお前らの魂を掬うのいとも簡単だ」
「悪魔王バエル閣下」
その声に反応するように黒い塊が動きを止めた。
「余の気高き名を軽々しく口にする輩がいるとは」
猫もカエルも鳴くのを止めて、六つの目が一点を見る。
僕も黒い塊に覆われた顔の隙間から目を動かした。
視線の先に松本が見えた。
すると片膝をついた。
「悪魔王ベアル閣下にお会いできるとはこれ程の感激はありません。私は松本と申します。このエデンの東部日本に派遣されております魔術師でございます」
松本の口上が終わると、静かな沈黙が在った。それは六つの視線が松本を眺めている時間だった。
時間の経過がこれ程とは・・、
そんな精神の重圧が僕にのしかかっている。
松本・・
視線を外さない。
年老いた男の唇から息が漏れた。
「松本とやら、そちは随分我らを尊重しうるものらしい。他の魔術師は神の眷属ともいえる我らをないがしろにするものが多いというのに」
神の眷属・・お前ら悪魔が??
驚いて瞼を動かした。すると黒い塊が目に被って来た。
その時・・見えた。
黒い塊の中に蜂のような幾つもの目が。
やっばこいつら・・新種の昆虫だ!!
絶対。
「それは相すいませぬ、我らの不勉強さゆえの事であれば・・平にご容赦を」
松本・・
おぬし・・いつから侍言葉に
しかし、悪魔はそれにご満悦のようだった。
「うむ、しかしだ、お前の言葉の端々から余は感じるぞ。どうやら、お前は我々に対する限りない畏怖の念と尊敬を抱いている。違うか?」
「いえ、私は他の悪魔王はいざ知らず、唯一・・悪魔王バエル閣下のみ心より畏怖の念と尊敬を抱いているのです」
けーーーー!!よく言うわ。
ざわざわ
い、いかん。
黒い塊が反応する。
すると王冠を被った年老いた男が唇を歪ませて笑い出した。
「うーひょぉひょひょひょひょひょ」
合わせる様に猫もカエルも一斉に鳴く。まるで異種合同の合唱だ!!
「愉快じゃ‼!愉快じゃ、余は愉快じゃぞ!!松本とやら、我らは何よりも一番の馳走は人間どもの我らを敬う気持ちが一番じゃ。それこそがこの世界で大きな影響力を持ち、力を発現できるのじゃからな」
「ははっ。全く恐れ多いことです。閣下」
松本がより深々と頭を下げた。
「最近は余の事を忘れる者も多い。実はこの高田という男が一番余の事を尊敬しておった。この男は福祉センターとやらでお年寄りを慈しみ、また多くの捨て猫を保護し、また田んぼを整理して豊かな田園で米を育て、その池でカエルの子等を育てておる。それだけでなく、画家のルドンを尊敬しておるのかエッチングで儂の姿をいつも描いておるんじゃ」
「その男は何と素晴らしいのでしょう。数ある悪魔王の中から閣下の事を心より敬っているとは、きっとこの男の閣下への思いは並々ならぬことでしょう。いや・・しかし、しかしですぞ!!それはもしや閣下が他の悪魔王より素晴らしいことを知っており・・おっと・・あまり大きな声では言えませぬが・・閣下が『大悪魔王』に相応しいことを見抜いているのかもしれませぬ」
うむうむ
悪魔が上機嫌で頷いている。
「よし。松本よ」
猫とカエルが見つめる。
「お前たちには何もせぬ」
その言葉が聞こえると僕の身体を覆っていた黒い塊たちが一斉に消え始めて行く。
「あの若い人間は、まだ余に対する思いが足りぬがそれでもお前ほどの魔術師が良く教育すれば、いずれの事であろう。余は久方ぶりに満足じゃわ」
うーひょぉひょひょひょひょひょ
また、合わせる様に猫もカエルも一斉に鳴く。
「大魔王バエル閣下」
「どうした?」
「つきましてはこの松本、閣下にお願いしたき儀がございます」
「うむ、なんじゃ。聞こう」
松本がまた慇懃に頭を下げて、そのまま言う。
「閣下のお名前を我が魔術書に記載せていただきたく、いかがでございましょうや」
それを聞くとにこやかだった悪魔の表情が無表情になった。
何か重苦しい空気が漂い始めた。
にゃーにゃー
ゲコゲコ
とカエルが鳴く。
「ほう・・それは?余がそなたの召喚に応じることになるということか?」
「左様でございます」
「それはどうかな・・その願いはあまりにもお前の身分では不相応の振る舞いではあるまいか?」
にじりよるような気圧さを感じた。
今までの和やかさがこれですべて霧散するんではないだろうか?
「閣下」
松本が顔を地面に向けたまま言う。
「わたくしもまた大変年老いた両親を敬い大事にしております」
「おお」
「また私は以後、猫を大事にする愛猫団体へ参加いたします」
「おお!」
にゃー
猫が鳴く。
「それから、その男・・高田が正気を戻せば、毎年彼の田んぼに赴き共に苗を植え、そこに住まう多くのおたまじゃくしの繁栄を助けれるよう、清らかな水源の整理に努めまする」
「おお!おお!素晴らしや!!」
ゲコッゲコッ
カエルが喉を鳴らしている。
「松本、殊勝なり!!よし余の名を魔術書に記載せよ。許す!!いつでも余はお前の召喚に応じようぞ!!」
そ、そうなん!!
マジで!!
そんな理由で!!
うーひょぉひょひょひょひょひょ
再び、猫とカエルの一斉大合唱。
思った。
こいつ、人たらしというか・・持ち上げるのめっちゃうまい
ひょっとして
「ありがたき幸せ!!悪魔王べアル閣下、万歳、万歳、万々歳!!」
それっ、三國志の皇帝陛下礼賛の万歳やん!!
ただ・・
兎に角も悪魔に瞬殺される危難を脱出した気がする。
ほっと胸をなでおろす。
しかし
「松本よ」
突然厳しい口調で悪魔王が言う。
な、何よっ!!
ここらで解放して!!
「この男の潜在意識から読み取ると、どうもお前らの探すハンドルに関して、我ら同類が関連しているような節が見える。余がこの男の精神に憑依して潜在的にとりついているのも・・そ奴が何者か知りたいからじゃ。近くにおればそ奴の正体がわかるでな。まぁ・・それについて今は余が口出すことでは無いゆえ、もう何も言わぬが。これはせめてものお前の余に対する気持ちに対する返礼として受け取れ」
は、はーー
深々と
すると瞬時に空気が膨張して破裂した。再び僕は地面に転がりまわる。
「お、おおおお」
起き上がり見渡せば、悪魔王の姿は見えなかった。変わりに男が横たわっていた。
松本が走り寄る。
「大丈夫ですか?」
僕は頷く。
「悪魔が消えた。上手く言ったってこと・・だよね?」
松本が頷く。
「しっかし、悪魔を良く手なずけられたもんだ」
「本当ですね」
しみじみと漏らす。
「ちょっとさ・・自信あったわけ?悪魔をたらしこめれる自身がさ」
いやーと言いながら頭を掻く。
「ひょっとしたら信長よりマシかなと・・」
「信長?織田信長?」
「はい」
言いながら激しく頭を掻いた。
「ほんま適当やね。あんた」
「そうですかね?」
「そうだよ。おまけに魔術書にも言葉として書いちゃうんだから。凄いよ」
ハハハ、笑いながら松本が言った。
「いやーー悪魔って言ってもおじいちゃんみたいでしたから。きっと孤独な老後を過ごしてるんじゃないかと思いましてね。何となく共通できることや、あの方の価値観やら名誉を尊重してあげただけなんですよ。それがうまくハマったかなと」
それを聞いて僕は大きく笑った。
「だね。ハマったんじゃない」
「まぁ孤独な老人何ですよ。悪魔って言ってもね。人を見抜くこと。、これって社会に出るとすっごく大事ですよ、こだま君。意外とこれが仕事で契約をとるのに大事だったりするんですから」
かもしれないと思った。
社会経験はやはり必要だよ。
長い人生どこで何が起きるか分からないしな。
今回は色々あったけど最後は松本のネゴシエーション、勉強になりました。
で、急激にお腹が空いたよ。
あーー!!
ラーメンが食いたーーーい!!
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