第31話

 正義ですか・・・?


 正直、ここまで話を聞いてきたけど猪熊は悪じゃない?

 だって最初からブリタニアの森を出たドルイドだし、日本に流れてきて魔術書が来るのを待っていたわけでしょう?

 それにミレニアムロックを解除する目的がクトゥルフという神が出現できるよう地球を真の姿に戻すことだし。

 まぁ確かに松本に魔術書を盗まれたという点は同情できるけど・・それでも贔屓目に見ても、やっぱ松本なのかなと・・


 それに何よりも・・


 僕はね・・


「河童が嫌い!!」

 思わず声が出た。


 それに河童が反応する。

「何だと!!」

 白い顔を真っ赤にして僕を見る。

「か、か・・・河童を馬鹿にするのか。あの女と同じように」


 するとLINEが鳴った。

 見ればイズルだ。


 ㋑ヤポー、こだまどうそっち?


 声に河童が反応する。

 僕は少し電話を持って身を屈めるように言う。


 ㋙今さ、少し取り込み中。


 ㋑そうなん、ほな、電話きろか?


 ㋙いや、大丈夫。で、どうそっちは?どこかに避難したの???


 ㋑うん、大きなホテルに避難したよ。でもさー・・・


 ㋙でも?


 ㋑空が見えんねんけど、雲が半端ない。何か凄い竜巻がなー、何本も見えんねん。それが海水巻き上げてるんか。ホテルの窓ガラスをバチバチ叩いてる。うん、あれ・・なんやろう?何か太くて長い黒塊が・・


 ―――その時


 きゃぁああ!!


 イズルの叫びが聞こえた。



 な、何だ。何だ???



 ㋙ど、どうしたイズル?おい、おい、おい!!!


 電話から激しいノイズが聞こえる。よく耳を澄ませばそれが激しい風の音だと分かる。それだけじゃない。ホテルに居る人達の叫び声が聞こえる。


 な、何かがそこで起きたんだ。


 僕はスマホに向かって叫ぶ。


 ㋑お、おい、おい!!イズル。どうした??

 何があったんだ???おいおい、返事をしろ


 暫く沈黙が訪れた。


 テレビ放送が切れて、突然ノイズが流れる。まるでそんな感じだ。


 ㋑こ、こだま・・


 イズルの途切れそうになる声が聞こえた。


 ㋙おい。大丈夫か?


 ㋑やばいかもしれない・・。う、うちの足に・・


 ㋙足に・・?


 電話向うで聞こえる慌てて叫ぶ声。救急車、救急車だ!!そんな声が聞こえる。



 ㋙イズル!?


 僕は真っ青になって、イズルの言葉を待つ。


 ㋑こだま・・足にさ。パイプがガラスを割って突き刺さった。


 それを聞いて真っ青になった。そんな重大な怪我がスマホの向こうで起きている。

 僕は呆然としてスマホを手にしながら天を仰いだ。


 イズルが大きな怪我をした・・これは誰のせいだ?

 僕は自責する。

 イズルは確かにどこか天然で拍子抜けしているけど、それでも、いつも人生を楽しく生きている子だよ。

 学校の勉強は・・そりゃ出来が良い訳じゃなかった。

 でもあいつは誰にでも分け隔てなく、優しく接してくれた。

 言えないけど、僕が高校受験に落ちた時も・・慰めてくれたんだ。

「うちさ、こだまみたいに頭良くないから高校行かれへんけど、こだまはまたチャンスを掴んだらええねん」

 それで猛勉強して、もう一度高校受験したんだ。

「中学卒業しただけで、うちは十分やねん」

 イズルはその時寂しそうに涙溜めてたんだ。

 僕はその涙の意味を知ってる。

 あいつだって

 もし、家庭が何もなければ

 僕等と一緒に、高校も行けたんだ!!


 ㋙イズル!!イズル!!しっかりしろ。直ぐに!!直ぐに助けに行くからな。


 電話向うで頷いたような気配を感じた。


 ㋑こだま・・もしな。うちこのまま駄目やったら。お願いがあんねん。


 ㋙な、なんだよっ!!そんな弱気なことを


 はぁはぁとイズルの吐く息が聞こえる。


 ㋑こだま、もしダメやったらこだまのバイクの後ろに私の遺骨を瓶にいれて海に連れて行ってな・・だって約束やん。こだまとの・・それがかなえられへんのが・・うち・・嫌やから・・


 聞きながら、涙が頬を流れて行く。


 あ、ああ

 僕は軽率なことをしたんだ。


 全ては僕が悪いんだ。

 僕が・・魔術書のミレニアムロックを・・解除なんかしてしまったから・・イズルをこんな目に遭わせてしまった・・

 すると電話口から男の声が聞こえた。


 ㋑もしもし、身内の方?この女性。怪我をしてます。何とかこちらで病院へいきます。


 僕は慌てて、願いを込めて言った。


 ㋙お、おねがいします。イズルを・・イズルを何とか助けて下さい。


 ㋑わ、分かりました。


 それで話が切れかけたが、また男の声がした。


 ㋑代わって欲しいとのことです。代わりますね。


 急いで耳にスマホを強く当てる。イズルの言葉を一つでも漏らしたくない。

 小さな吐く息が聞こえた。


 ㋑こ、・・こだま。うちなぁ・・こだまのこと好きやってん・・・・。やっと言えたよ・・よかったぁ・・よかったぁ。いつも中卒のうちに優しくしてくれてありがとう。これで、もう終(しま)いね。


 僕はスマホを握り潰さんばかりにして声を絞る様に言った。


「僕も・・・、イズル。君が好きだよ!!!。待ってろ、直ぐにいくからな・・君がいるそこに」


 ㋑そんなン無理やで・・こだまが魔術とか使わん限り・・


 そこで電話が切れた。


 イズル??


 イズル?・


 イズル?イズル?


 イズル?


 僕は白くなる頭を埋めるだけの沢山の彼女の名前を叫んだ。


「イズルーーーーーっ!!」

 僕は大きく叫んだ。方丈に響かんばかりの叫びに壁が震えた。

 震えが消えると松本を見た。

 つぶらな瞳が僕を見ている。

 その瞳が充血していた。

 僕は猪熊と河童を見た。

 乾いた瞳が僕を見ている。


 もう、答えは分かったようなものだ。

 僕はゆっくりと指を指した。


「正義は松本にある」


 僕は宣誓した。

 いかなければならない。

 僕はこの戦いに勝って、イズルの側に。

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