第32話

 僕は真っ直ぐに松本を指差す。

 

 正義は彼の心にある。

 いや彼の心の情けにある。

 松本が何故目を赤くはらしているか?それは電話口で話す僕の心に同情したのだろう。

 では彼らの眼差しはどうだったか?

 それは乾いている。

 何故乾いているのか。

 それはショウウィンドウ越しに見ている商品と何も変わらないのだ。乾いて何もない。

 そう、ただ冷静にその商品が自分達に有益か無益か?それを図っているビジネスマンの冷徹な眼差しなのだ。


 イズル・・


 心が湿る。

 僕は手を強く握り、拳を作った。


(早く、お前のところのいくからな)


(僕は君が好きなんだ)


 決意の眼差しで松本を再び見る。それに彼も頷く。

 

 何も迷いはない。

 

「それは・・残念でした、こだま君。君となら僕と新しいミレニアムを共に創り出せると思ったのですがね・・・。それも新世紀の魔術師として」

 猪熊が眼鏡を拭くと、河童を見て顎を引いた。それに合わせる様に河童が自分の背後から何かを出した。

 それは何か模型みたいなもので、建築物のような形をしていた。

 あれは・・?

 

 そう、僕は分かった。

 それは魔界ジオラマだ。


 と、なると・・

 思った時、河童がジオラマを床に叩きつけて破壊した。

 それに合わせるかのように壁や天井、床から白い煙が上がり始める。


(これは霧・・?)


 そうあの山門で見たものと同じ霧だ。


 つまり、この方丈とも云いうべき茶室は魔界ジオラマだったんだ。

 僕は松本を振り返る。

 素早く首を左右に振る松本。


(落ち着け・・ということか?)


 僕は河童を見る。

 河童が笑いながら言った。

「さっきの電話はあの派手なサングラスの女の声だ。お前が黙って何も言わなくても俺にはちゃんと良く分かった。まぁ、あの女が死んじまったら生きたままで肝何て取れないが、それでも死体から引きちぎればいい、それだけだ」

 けっけっけと卑下したような表情で嗤う。


 こいつ・・

 ほんま、やばい系の妖怪だな!!


 僕は睨み付けてマジで殺気を放つ。


 それに反応する河童。

「おお・・こわこわ!!」

 言ってから、けっけっけと嗤った。

 僕達の周囲を霧が覆い、それが目の前にいる猪熊と河童の姿に纏わりついて行く。それは段々と増えて行き、彼らの姿を僕らの面前から消していく。

 それは舞台からスモークが出て消えて行く、そんな感じだ。

 

 ついにラスボスとのクライマックスの戦いだ。

 そう決意させるには十分な舞台の始まりだ。

 僕と松本の周囲にも霧が立ち込めて来る。空からは礫のような雨が降る。

 僕は松本に声をかけた。

「どうする?」

 それに松本が濡れた髪を撫でる。

「まず、相手を確認しましょう」

 

 だな。


 僕は霧の中に消えて行く二人が再び現れるのを待った。

 霧は深くなっていたが、やがてそれが風に吹かれて消えて行くのを感じた。雨風に交じりながら、霧がゆっくりと消えて行く。

 するとそこに先程の変わらない格好で猪熊と河童が立っていた。

 いや・・・


 僕はその横に立つ影を見た。

 そこにはある動物が一緒に立っていた。


 あれは・・?


 僕と松本は彼等と一緒に立つ動物を見た。そう、動物は鳴いたのだ。


 もうぅうううううううううぅううう


 首に吊り下げたベルが鳴る。

 鳴って、再び、声を上げて鳴く。


 もうぅうううううううううぅううう


「う、牛??」

 驚く僕の声に、牛が再び鳴いて猪熊が僕を見て言った。

「こだま君。秀吉側についたことを後悔されないように」

 それで笑うと、猪熊は瓶を取り出し、それを指先につけて牛の背に何かを書いた。

 それは魔女の魔術、魔法陣に他ならなかった。

「石油で書かれたルーン、魔術師にはゴーレム等、生命を『魔』に変化させる術は出来ません。それは魔女のみができること」

 突然、牛が激しい咆哮を空に放った。すると飛び上がり、身体を痙攣させたかと思うと急に叫びながら、後ろ足で大地に立ち上がった。

 それは見る見るうちに牛の肉体の筋肉を隆起させ、角が伸び、ある伝説の怪物へと変化させた。

 そう、それは


 僕は声を絞り出した。


「ミ、・・ミノタウロス!!??」

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