第22話

 小さな方丈に三人。

 静かな時の流れを遮らない雨音。

 それに耳を寄せて行けば精神の深いところへ誘うような気分にさせる。

 茶、と言ってもテレビの時代劇で見たぐらい。

 その場所は悪い奴がよく相談に使う場所と大体相場が待っている。

 確かに狭いこの方丈はそんな使い方に適している。

 

 つまり密談。

 

 だが、茶碗に注ぎ込まれた熱い茶を喉に流せば腹が温かくなる。

 言葉は違うが腹を割れるともいうか、そんな気分になるというか。

 ふぅと息を吐いて緊張の度合いをコントロールすれば四方の壁は迫り来るようでもあるし、離れていくようでもある。

 それはこの空間が創り出す、心の距離感ともいうのか。

 何とも言えない奥深いものの中に美意識が眠る世界。


 ――詫び寂び


「不思議ですよね。詫び寂びが開花していく時代は広く世界的に見ると大航海時代。海洋技術の進化が様々な文化の衝突を生んでいた動の時代。そんな東アジアの端っこの日本では真逆の人類の熱を冷やすかのような詫び寂びという美意識が生まれた」

 猪熊の手が素早く動く、手際よく一分の無駄もない。

「動に対する静、ですかね。日本もその頃戦国時代の終わりで沸騰した熱を有し、大航海時代の熱の余波は受けていた。そう、太閤秀吉の黄金の茶室というものも、そうした大航海時代の沸騰した時代の熱を受けていた動の精神で派手なものだったのかも知れませんが、でもどちらかというとそれは現代アートみたいなもので、何もないような混沌(カオス)の塊でしょう。やはり、残ったのは詫び寂びでした。・・つまり静ですが」

 どうぞ、言ってから茶碗を松本に差し出す。

 それを抱え込む様に一気に飲み干す。

 飲み干すとそれを畳の上に置く。

 じっとそれを猪熊が見ている。

 ふぅ、と息を吐いて松本が言った。

「混沌(カオス)ですか。なるほどねぇ。黄金色の茶室やはり趣味が悪すぎますかね」

 はは、と猪熊が笑う。

「あれはどうも何かに対する媚びが強すぎて、それを追い払うようなだけの精神性しか感じません。まぁ見栄ですかね、秀吉の世界性に対する、自負心の弱さというか。それに比べて詫び寂びは冷徹に胴に対する反抗精神でしょうから」

 松本が頭を掻く。

「いやぁ・・成程。やはり無学はいけませんねぇ。失礼しました」

「とんでもない。こちらこそが無学なのかもしれません」

 言って猪熊が松本に微笑する。

「さて・・」

 猪熊が茶碗に湯を注ぐ。

「私はあまり戦いというものを好みません。何事も話し合うことを大事にしています」

 コポコポと湯が音を立てて茶碗に注がれていく。

「まずはいかがですか?ミレニアムロックの件、ここでお忘れになっていただくことは?」

 立ち上がる湯気に眼鏡が曇る。

「いかがです?」

 落ち着いた声音。

「駄目ですね。それは」

 凛とした松本の声が方丈に響く。

「駄目ですか?」

「ええ、無論」

 松本が微笑する。

「と、なると互いに死力を尽くした決戦ということですか」

 強い緊張が方丈に走る。

「ま、それならば仕方がないですが・・」

 猪熊が和服の内側から取り出した布で眼鏡を拭くと僕に向き直る。

「こだま君、君は僕と松本さんどちらに正義があると思いまっすか?」



 正義??


 困惑する。


 そー言えば

 そんなこと何も考えずに居た。


 なし尽くしに松本の側にいて行動していたもんな。


 僕の心の動揺を読んだのか、猪熊が僕を見て言った。

「一度ここで我らが知る全てを明らかにしましょう。それでこだま君には公平な判断を頂きたいのですが?いかが?」


 僕は松本を見る。 

 松本はじっと猪熊の顔を見てから言った。


「いいでしょう」



 

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