第21話
国道を折れて小さな農道のような道を進めば桜の大木が見えた。その桜の木を囲むような長い白壁の寺院。
――正慶寺
門には太い筆で正慶寺と書かれた門札が掲げられている。
門を潜れば白砂利の庭に桜の木が見えた。
降り続けた雨に濡れた桜の大木。
春になれば満開の桜が田園の中に映えて、風に運ばれて川面に花弁が舞い散る姿は美しいだろうな。
ーー兎にも角にも僕等は来たんだ。
ゴールに。
砂利を踏みしめながら僕等は桜の木の側に行く。
大木を囲む様に小さな石が置かれているが、その中に人が腰かけ出来そうな大きな石があった。
いや石というよりは岩に近かった。
立札がある。
――太閤秀吉腰掛け石
僕はそれを見て、松本を振り返る。
「ここなんだね。ハンドルがある場所」
声をかけた松本が僕の方を見て頷く。
「ですね・・」
それからじっと腰掛け石を見つめる。見つめ方が少し熱っぽく見えた。
感慨深そうだな。
まぁそんなもんか
その時不意に声がした。
「皆さん、よくぞお越しに」
振り返るとそこに和傘を差している男。着流しのような和服に髪を綺麗に分けている。
細い黒縁の眼鏡の奥から僕らを見て、僅かに微笑した。
その姿を見て別に驚かない。
男について事前に情報があるから。
そう、立っている男は猪熊。
ゲームで言えば、ラスボスってやつだ。
初めて会った時はスーツが似合いそうな銀行員に見えたが、和服姿もそれなりに似合っている。
茶道の何々流の師範とか言っても遜色はない。
互いにしばし無言。
桜の大木の下で、和傘を打つ雨音とレインコートを叩く雨音が激しく鳴る。
「やぁこだま君、よく無事にここまで着きましたね」
微笑を崩さす猪熊が言う。
無事・・?
確かに
でも色んな体験をしたけどな
「ま、それは後ろに居る松本さんのおかげですかね」
松本に声をかける。
松本が目を細めて、猪熊を見る。
「あなたが猪熊さんですか?以前はお電話で、どうもです」
軽く会釈する。
猪熊も挨拶を交わす。
頭を上げて松本が言う。
「しかしながら、どうも僕はあなたを知らないようです。困ったことですが・・」
猪熊が手を軽く振った。
「いやいや・・まぁそれは互いに分からぬことがあるのですよ。そう、やっぱり互いに忘れてしまうこともありますから」
そう言って視線を桜の大木に向けた。
「色々とね・・」
感慨じみた声音で猪熊が呟いた。
しかし、直ぐに僕等に向き直ると言った。
「この奥に茶室があります。そこでお茶でもどうですか?狭い茶室です。秀吉のような金地貼りの茶室と言う派手さはありませんが、利休のような侘び寂びの世界へどうぞお越し下さい」
そう言って僕等に背を向けて、降りしきる雨の中、和傘を指しながら歩き出した。
悠々と落ち着いて歩くその背にはラスボスらしい沈着さと貫禄が漂っている。
僕はその背を追うように歩き出した。
流石というか
大胆というか
なんか見事やな。
松本を振り返る。
見ればどこか深く感じ入って探る様な視線を向けている。
しかし、不思議なことにそれはどこか懐かしものを見たような優しい眼差しにも見えた。
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