第51話

 日本刀の重量感のある感触が僕の胸に伝わる。脳震盪を起こしそうな衝撃が骨の隅々まで伝わり、僕はその場にゆっくりと倒れて行く。

 

 ――イズル・・

 彼女の微笑む笑顔が浮かんだ。

 

 ああ・・

 

 一瞬の油断が、敵に付け入る隙を作ったんだ。


 しまった・・


 そう思いながら僕は切られた所に手をやることなく、地面に大の字に倒れた。

 切られた胸部の上にいつもでも重い感触が残っている。

 

 油断大敵


 油断禁物

 

 言葉が浮かんでは僕の瞼がうっすらと閉じていく。

 瞼が閉じられれば黄泉の国へ向かうのだ。



 はは


 地獄でまた悪魔王に会えるかも・・


 僕はそのまま瞼を閉じた。やがて意識が無くなり魂が解き放たれた肉体だけが、ここに残るのだろう。


 終わった。



 戦いは。


 一瞬の油断を残して・・・




 僕は瞼を閉じた。



「こだま君!!」

 松本の声が消えゆく意識の中で肉体の中で響く。

「こだま君!!起きなさい!!」

 再び松本の声が響く。


 どういうことだろう?


 僕は中々意識が消えて行かないことに、不思議に苛立ちを感じた。

 生きることをあきらめた僕の意思が苛立っているんだ。


 生きることをあきらめてはいけないということか?


 僕はゆっくりと手を動かした。動かしながら斬られた胸部を押さえた。

 そこにははっきりと何か重いものがあった。

 ん??


 ん???


 僕は手を動かしそれを触る。何かそれは重いものだった。指を動かすとそれがリュックだと分かった。


 あれ・・これはリュック。


 と、言うことは


 僕は顔を上げる。腹ばいになった胸部の上にはリュックがあった。それにこの重みは・・


「魔術書!!」

 

 僕は起き上がる。驚いて落ちそうになるリュックを急いで手に掴む。

「こ、これは?」

 周りを見回せば松本の肩に手をのせてあるく三上の姿が見えた。

「いや、間に合いましたね。投げ出されてリュックを刀が振り下ろされる直前に投げたんです。見事に利休の刀とのクッションになりましたね」

 僕は言われてからリュックを見た。外側の繊維は刀に切られていたが、中にあった魔術書は傷一無かった。

 つまり、魔術書が致命傷になるのを防ぎ、僕の命を救ったのだと分かった。

「じゃぁ・・猪熊は?」

 言って振り返る。

 そこに折れた刀を呆然と見つめる猪熊が居た。

 不意を狙った最後の渾身の一撃が届かなかった彼は、唯雨に濡れて呆然となりながらうなだれていた。

「松本さん、猪熊さん!!」

 僕は二人の側に駆け寄る。

「どうやってあの瀕死の重傷から回復を」

 松本が三上を見る。

「こだま君、どうやら三上さんのあの桜の木の精に助けられました」

「どういう事?」

 三上の顔を見る。回復しているとはいえ、まだ顔は青い。それを見て松本が言った。

「木の精、エントがミノタウロスを倒した時、沢山の新しい再生エネルギーが木の根を伝っていたんです。僕らが倒れた後、その木の根がゆっくり僕等の足元に伸びてきて、僅かに生命エネルギーを注入してくれたんですよ」

「木の根から・・?」

 

 僕はミノタウロスとの戦いは知らない。


 そうか、としか頷くしかない。


「まぁそのことは、こだま君は知らないことですからいいのですよ。でも我々はそのおかげで僅かに生命力を回復し、いまここにいると言う訳です」

 三上が小さく息を吐いて言った。

「どうもあの桜には別の強い意思があるようね・・・、秀吉さんに対する誰かの思いが・・だから必死に木の根を伸ばして、助けてくれたのだと思うよ」

 そこまで一気に言うと、崩れそうになったがそれを松本が支える。

「さぁ・・しっかり三上さん。いよいよ最後です」


 その言葉に僕は振り返り猪熊を見た。

 彼は降りしきる雨の中、唯、呆然としていた。

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