第38話

 河童のあざ笑う絶叫ともいえる叫びが僕の鼓膜に響く。

 その響きには絶対的勝利を確信した者の余裕と、敗者へ対する思いなど欠片もない。

 冷静さを欠いたものは、どんな戦士であっても負けるしかない。

 サッカー、野球、バスケットボール、団体戦なら誰かが必ず熱くならないように冷静に状況をみてるやつがいるんだろうけど、武術などの個人じゃ、・・それは自分自身だけ。

 きっちり結果はおのずと自分に返って来る。

 見事、結果が僕に返って来たんだ。歯噛みしてもしょうがない。

 どちらかと言えば短気なのはよくわかる。しかし今回は、特にイズルの事が気になりすぎた。


 イズル・・


 揺れて流れる川面にイズルの顔が浮かぶ。

 それが川底にある石に反応して揺らいでは消えた。

 僕は感情任せに石を手に取り、別の濡れた石に投げつけた。

 投げつけられた石は見事に二つに割れた。


「ちっくしょう!!」

 言って、再び同じように川底から石を取り出し、同じように石を投げつける。

 それを何度も何度も繰り返す。

 感情が爆発してるんだ。

 くやしくて

 歯がゆくて

 自分に対して馬鹿馬鹿しくて


 いくつの石を投げつけたのだろう。僕は雨の中でぜぃぜぃ言いながら髪を雨に濡れたまま、河童を睨んだ。

 僕の顔を見た河童が言う。

「なぁんだ?オマェ」

 その時、僕は不意にスマホに文字を書いて放った。

「火の鳥っ」

 突然の僕の言葉に河童は身を屈めた。

 しかし、

 別に何も魔術は発動しなかった。

 僅かだが世界が明るくなっただけだった。それは小さな蛍の光のようだった。

「驚かすなっ!!」

 言って、河童が立ち上がる。

「スマホは駄目だって言ってるだろうが!!」

 濡れたシャツもジーンズも気にせず僕に向かって歩いて来る。歩きながら河童が便所サンダルを川岸に投げた。投げると立ち止まった。

 五メートルもない距離で僕と河童は対峙した。

「もう、ここらでジエンドだぜ。お前は殺した後、剥製にして俺が大事に神棚に飾ってやるからよ。神様としてな。だから安心しな」

 僕は河童の言葉を聞いて、すごく冷静になった。

 屈みこむと川底から僕は石を取った。それをゆっくりと指で優しくなぞって、付着している川藻を文字をなぞる様に払った。

「分かった。河童殿、お前の勝ちだ。僕は冷静さを欠いて、自ら墓穴を掘ったんだ。どうとでもするがいい」

 けっけっけと河童が嗤う。

「河童殿だって?」

 目を丸くして河童が僕を見た。

「最後はやけに言葉が丁寧じゃねぇか。最初からそう言えばよぉ、助けてやらねぇことは無いぜ」

「本当か?」

 僕は掴んだ石を川底へ落とし、再び別の石を拾った。

「ああ、仲間を裏切るんだな。今から奴等の元へもとへ戻り、背後から襲うんだ。俺と一緒にな」

 暫く僕は沈黙する。

「どうした?」

 僕は石を優しくなぞりながら、河童を見た。

「嫌だと言ったら」

 少し驚いた表情で河童が目を細める。

「お前ぇ・・一体。何をしてやがるんだ」

 僕は手に取った石の川藻を指でなぞるように取って、それを河童の足元に投げた。

 足元に落ちた石を拾うと河童が言った。

「こりゃ・・お前がさっき川底に投げて割った石じゃねぇか・・?」

 僕はまた別の石を拾った。

「そうさ。割った石だよ。何か気になるのかい?」

 僕はさっきと同じように石を優しくなぞっていく。

「冷静になるって。凄く大事だよね。僕さ、さっきまでイズルの事で頭が一杯だったんだ。だけど一瞬でチャンネルが変わったように冷静になったんだ。その変わったチャンネルでお前の言葉がひらめいたんだ。魔術を発動させるにはルーン鉱石に直接書くしかないんだと」

 河童が僕を凝視する。

「さっき、僕がルーン言語を叫んだら、割れた石が薄く反応したんだ。つまり、川には長い間、山の鉱石が雨水で流れていることがあるんだって確か東北のどこかのヒスイで聞いたことがってね・・」

 僕は握る石を河童に見せた。

 河童は見た筈だ、鉱石の真ん中に薄く蛍光色に輝く粒を。

「つまり、この川には沢山のルーン鉱石が眠る石があるんだよ」

 河童が握る岩を見た。

 そこにも僕が握る石と同じように薄く蛍光色の発光が見られた。

「こ、これは!!」

 驚愕する河童。

「おそらくあの太閤の腰掛石もルーン鉱石に違いない。何となくだけど、パンドーラの箱の重石か何だと思う。それに使われているはずだよ。そう考えれば、その石はこの近辺の山か川とかで採掘されたはずだ」

 握る石を川底に投げつけた。乱れた髪を気にすることなく、僕を指差す。

 憐れなほどシャツの方が震えている。

「じゃぁ、お前は・・そこで、、今まで何をしているんだぁっ!!」

「時間稼ぎさ」

「時間稼ぎだと・・ぉ!!」


 その時、音が聞こえて来た。

 それはゆっくりと僕と河童の側に段々と近づいてくる。

 耳を澄ます。


 どーどどどど・・

 ドドドドドドドドド


 それは段々と近づいてきた。

 

 僕には分かる。


 こいつは大量の川水、そう・・


「鉄砲水!!」

 河童が叫ぶ。しかし叫んで僕を見る。

「だから、どうだと言うんだ。河童が水で溺れ死ぬとでもいうのか???」

 僕は言った。

「そんなことは分からないよ。だってぼくだって初めて使ったんだ。こんな言葉が本当にルーン言語かどうかなんて」

「何っ?なんて書いたんだん?」

 僕は首を横に振る。

「こいつは賭けだった。最後は運に掛けたんだ・・でもこの状況を見れば当たりだった!!」

 言って僕は河岸へ急いで走り出した。河童の背後に大量の渦巻く川水を見たからだ。

「行かすか!!」

 河童が僕の後を追って身体を動こうとした。

 ――しかし、河童の身体は動かなかった。


「な、なんじゃ、これは!!」

 河童が叫んで足元を見た。みればそこに蛍光色に輝く川藻が見えた。

 それが河童の足を絡めて、動きを封じ込めていたのだ。

 もう背後には濁流が迫って来ていた。

「うぁわぁあああぁあああああああ」

 河童が絶叫する。

 その絶叫は最後まで聞こえなかった。濁流が河童を飲み込んで遥か遠くまで一瞬で運んで行ったからだ。

 僕は濁流が届かぬよう、河岸を走りながら濁流が届かなくなった場所で振り返った。見れば濁流がうねり、岩に跳ね返っているのが見える。

 静かな川は一瞬で荒れ狂う川になっていた。

 突然、膝の傷が痛んだ。

 僕は屈みこんで傷を手で押さえる。

 痛みが僕を戦闘から静かな現実へと戻す。

 雨が降っている。どこにでもある普通の雨の日。

 僕は立ち上がると足を引きずりながら歩き出す。

 遠くに正慶寺が雨に浮かんで見える。河童にひきずり出された川は正慶時から少し離れていたが、そんなに距離は離れてはいない。

 僕は痛みを忘れて走り出す。

 勝利に歓喜した興奮をぐっと押し込んで。


 ちらりと河童が濁流に流れて先を見た。


 ――うまくいった、上手くいったんだ。


 そこだけ、僕は微笑した。


 ――『河童の川流れ』

 

 本当にあるんだなぁ


 僕は走る。


 仲間の所へ、

 イズルを助ける為に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る