第36話
雨音に交じる指笛の音。降り注ぐ雨粒を切り裂いてそれは僕達の耳に届く。
不思議だが先程のミノタウロスの動きを見たせいか、見たことが無い者に対する恐怖は無かった。
むしろ落ち着いている。
斜め野郎・・いや三上、彼女が突然現れたことで空気の流れが変わったと言っていい。
ボクシングで言うと挑戦者がいきなり一ラウンド立ち上がりでチャンピオンから強烈なストレートを浴びていきなりダウン。しかしゴングが救い、再びチャンピオンと構え直したところという感じか。
――一発いただいたおかげで冷静に慣れた挑戦者。
優秀なセコンドが一人ついたという感じだ。
しかしチャンピオンの実力はまだ図れない。予測不能だ。
「おい、サングラスの彼氏野郎」
河童が僕を指差す。
「何だ?」
僕は向き直る。
「お前は俺とサシでやろうじゃないか」
「サシだと?」
ヒヒ、と河童が嗤う。
いやな嗤いだ。
心から僕は思った。
サシか・・?
僕は松本を見る。
松本の眼差しが回答を保留させる。
だよな・・
僕が使える魔術なんて
かまいたち
ドッペルゲンガー
運は天にあり
心頭滅却すれば火もまた涼し
火の鳥
それぐらいしかない。
そんなちっぽけな魔術だけでこんな相手に戦えるだろうか。
まぁ肉弾戦ともなれば何とかこのひょろろい河童には勝てそうな気がするが。
果たしてなぁ・・
となると結論は、簡単。
「嫌だね。僕は個人戦、嫌いなんだよ。まぁ団体戦向きなんで」
けっけっけと嗤う。
「何が可笑しいんだ?」
「臆病者め。そんな弱いハートであのサングラス女を助けられると思うのか?」
「何だと!!」
松本が手を伸ばし、僕を制する。
「落ち着いて松本君」
手に制されるように後ろに下がる。
「おい、見ろ。サングラスの男」
僕は振り返る。
見れば河童の手に何かが握られている。
何だ?あれは・・
よくよく見ればそれは人形だった。その人形は大きなサングラスをしている。それだけでない。太ももに太い棒が突き刺さっていた。
――あれは??
「おい、それは何だ?」
けっけっけと嗤う河童が、赤い唇を動かす。
「よーく見ろ。これが何か分かるか?そう・・こいつはなぁ、あのサングラス女に見立てたパペットだ。見ろよ、この足。ここに何が突き刺さっているか分かるか?」
河童がツンツンと突く。
おまぇ・・まっさか・・!!
「そう、俺だよ。俺がやったのさ。お前から漂うあの女の匂いをここに封じ込めて、念込めた人形作ったのよぉ。ほーら、ほーら。見ろ見ろ!!この足、もうすぐ引きちぎられるぞ!!」
こ、こいつ!!
思うよりも早く、僕は河童に向かって駆け出した。
「この野郎うぅううう!!」
「こだま君。落ち着いて、これは罠だ!!」
僕は夢中で逃げる様に走る河童を追った。
「こっちだ。こっちだぞ」
俊敏に逃げる河童。
僕は唯ひたすら奴を追った。
それが奴の罠だと知らず。
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