第35話
三上麗奈の声が僕の鼓膜を振動させ時、僕は何故か深い感動が同じように僕の鼓膜を震わせたように感じたんだ。
それが何故だったのか?
僕は分からないけど、恥ずかしいけど目頭が熱くなった。
絶望がそうさせたのかもしれないし、もしかしたらラーメン屋で彼女が去り際に言った言葉の中に残されたフェアに対する真摯な感動だったのかもしれない。
――「見事な戦いぶり、完敗ってとこね」
彼女は確かにそう言ったんだ。
僕は彼女の顔が見えるまで顔を上げていた。
「こだま君。あら、涙?それは驚き?感動?私、桜の木の精・・まぁエントと言っていいのかな。これで急遽参戦に来たわ」
彼女は桜の木の枝に寄りかかりながら僕等の側まで来るとゆっくりと猪熊に向き直って言った。
「猪熊さん、いや・・元ボスかな?悪いけど私あんまりアンフェアな戦いは嫌いなのよね。だからさ。こちらに味方させてもらうわ」
透き通る様な強い口調で彼女が言った。
「アンフェア?だと」
猪熊が笑う。
「どこがアンフェアだか。数的不利がってことか?」
「そうね。やっぱさ。戦いってぎりぎりの戦いじゃない?数的有利で勝ってもさ、目覚めが悪いだけよ。違う?」
言って三上麗奈は木から飛び降りた。
膝をつき、長い緩やかなウェーブのかかった巻き髪を揺らしながらすっと立ち上がると、僕等の方を向き直り、ウインクして言った。
「休戦協定は状況が変わればこうした共同協定もあるってことよ。宜しくね、お二人さん」
僕ははにかみながら首を動かした。
三上麗奈が突然仲間になった。
昨日の敵が今日の味方になったんだ。
「三上」
鋭く、猪熊が言う。
「何が目的だ?君は私達に勝てると思っているのか?」
冷徹な視線が三上を見つめている。
「目的?」
「そうだ」
彼女が肩にかかる髪を手でかきあげながら言う。
「まぁ・・そうね。私としてはあなたの支持する神はまぁノ―サンキュウなのよ。認められない」
猪熊が眉を顰める。
「認められないだと?では、何故『真の地球』の加わった」
猪熊の質問に彼女が溜息をつく。そうねぇ・・言って猪熊を見る。
「・・まぁ・・単に興味があったということ。あなたが言うクトゥルフという神がどういう存在で・・どんな影響をこの世界に与えるかという。まぁドルイド本来の知に対する興味だけが加わった理由」
言って肩にかかる髪を再びかきあげ、小さく笑う。しかし直ぐに強い口調で言った。
「でもね。あなたのその神はちょっと危険。今まで存在していた神とは全然異質で違う。他の神は他者を許容するところがあるけれど、あなたのそれは全く皆無」
「ほほぅ。言うね」
彼女が「そうよ」と言って猪熊を指差す。
「あなたが『十三の書』を求めることがクトゥルフとその眷属たちが棲む世界の再現になのであれば力を貸す必要は無いかな。私もね、長い間あなたのように再生を繰り返しながら生きて生きたけど、どちらかというと多様性を理解し様々な選択を悩みながら、相互に生きる世界の方が性に合うのよ。だから地球はミレニアムロックで解除された危険な星に戻るのではなく・・」
猪熊を指す指をゆっくり下ろして僕と松本を見ると彼女の瞳が輝いた。
「人類がその時の問題を解決しながら、全ての種が生きていけるようベストを尽くせる惑星でいいのよ」
松本が顔を上げる。
「三上さん・・」
そう言って、横に並ぶ。
「だから、こっちに手を貸すことに決めたの」
彼女が猪熊に言った。
「クトゥルフと地球の神、利休と秀吉、ミノタウロスとエント、最後は河童と人間」
聞いてから、はははと猪熊が笑った。
「君が残るぞ。それならば数的に私達が不利じゃないか」
「そうね」
彼女が笑う。
「でもミノタウロスは二人分の力があるじゃない?だったら私とエント二人で一人ね」
はははと猪熊が再び笑った。
「まぁ、良いだろう。どちらにしても私達が勝つのだから?」
「そう?じゃぁ始めましょうよ」
彼女が河童を見る。
「そこのロン毛君。指笛鳴らしなさい。それが最終ラウンドのゴングよ」
河童がちらりと猪熊を見る。
小さく猪熊が頷くと、河童が唇に指を当てた。
降り注ぐ雨の中、河童の指笛な高い音が響いた。
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